3話 サキュバスの悩み
アーヴィンはベッドに座るクロエの肩に先程のガウンをかけると横に転がり、クロエの話を真剣な眼差しで聞いていた。
「私…落ちこぼれサキュバスって呼ばれているんです」
クロエの両親は魔力の高い純潔のサキュバスとインキュバスで大恋愛の末結婚し二人で会社を立ち上げた。会社は軌道に乗り今では家族皆で会社の経営に携わっているという。
兄は経営全般を、姉はモデル兼販売員として。クロエも嫁ぐ前は販売を手伝っていたそうだ。
サキュバスは年ごろになるとその魔力を開花させる。たとえばクロエの姉は椅子に座っているだけでもフェロモンで男を誘惑し虜にしてしまうと言う。兄も女性に対しては同じように。
家族の皆は大きな魔力の持ち主で、むやみやたらに異性を襲うなんてことは今のご時世ありえないことだが、人柄と魅惑の能力のお陰もあってか人々に愛されているという。
クロエは美しく成長し母親にも姉にも劣らない容姿となったが年頃になっても魔力が開花しなかった。姉がどうにか妹の魔力を開花させようとクロエの体をまさぐってみるが先程のアーヴィンの時と同じようにくすぐったくて悶えてしまっていたという。
美しい末娘に魅惑の能力が備わらず魔力が開花しない事から、まわりのサキュバス仲間からは"末娘は落ちこぼれだ"と噂されてしまっているらしい。
家族は優しく「気にしないでと」なぐさめてくれるがクロエはずっと気にしてあまり表に出ることもせず黙々と販売の仕事を手伝っていたそうだ。そんな日々を過ごしていたら突然アーヴィンから結婚の申し出があり、今に至っている。
「落ちこぼれの私をお嫁さんにしてくれるって聞いた時は何故?ってびっくりしました。でも、お相手がアーヴィン様だと聞いて…嬉しかったです」
顔を赤らめそう話してくれるクロエに何故嬉しかったのか聞いてみた。アーヴィンはクロエよりも年上で女性の噂もあった。そんな男に求婚されて嬉しかっただなんて正直信じられなかった。
「私のお気に入りの本が…きっかけなんですけど」
クロエが気に入って愛読書にしている恋愛小説があるという。それは孤独な一匹狼のヴァンパイアが一人の女性に恋をし愛し合い、暖かい心を取り戻すストーリーだそうだ。主人公のヴァンパイアは表面上残酷なヴァンパイアを取り繕っているが本当は誰よりも人が好きで孤独を嫌っており、愛する女性に出会うことで少しずつ自分に素直になっていく様が大好きでヴァンパイアに…アーヴィンに興味が湧いたという。
「実際の俺に会ってがっかりしなかったか?」
「がっかりだなんて、とんでもない!アーヴィン様はこの屋敷に来て不安にしていた私に優しくしてくださいました。私、サキュバスとしての魔力は落ちこぼれだけれど人の目を見ればその人の本性が分かるんです。アーヴィン様は優しくて暖かくて…私の事を愛おしく見つめてくださってるでしょう?…勘違いでしょうか?」
先程のように激しい口づけをしていないのにクロエの顔は真っ赤に染まり切なそうな顔をする。アーヴィンはクロエの髪の毛を手ですくって静かに笑った。
「そうか、俺がクロエを愛おしいと思ってる事はバレてたか。俺にはいい噂がないだろう?信じてもらえるか分からないが、クロエを思う気持ちは初めてなんだ。こんなにも可愛くて愛おしい…俺以外の男には触れてほしくない」
そのまま髪の毛にキスをしクロエを見上げると頬には涙が伝っていた。何か悲しませるような事を言ってしまったか!?と思うとクロエがアーヴィンに覆い被さってきた。
「嬉しいです!信じてますアーヴィン様っ」
アーヴィンの胸に顔を埋めて泣きじゃくる。「こんな私を」と何度も言うけれどアーヴィンからしたら「こんな俺を」である。
「私、もっとアーヴィン様を好きになってしまいました!」
そう言うと今度はクロエのほうからアーヴィンに口づけをした。さっきとは違い情熱的に、貪るようにアーヴィンを求める。互いに息を弾ませながら唇を離すと「キスは気持ちよくて気に入っちゃいました」と小悪魔のような笑みを浮かべると再びパタリとアーヴィンの胸に顔を埋めた。
「…生殺しだな」
どうやらハロルドの聞いた噂話は随分と誇張されたものであった。きっとハロルドの耳に入るまでに数か月は一人歩きしていたのだろう。"落ちこぼれサキュバスがいる"が少しずつ変化していき最終的に"上等なサキュバスがいる"に変わってしまったのだろう。無理もない、普通サキュバスと聞けば皆美女で夜伽も手練れている…と思い込んでる男だらけだ。アーヴィンも含めて。
アーヴィンはクロエを強く抱き締めながら早くサキュバスとしての魔力を開花させなければ自分が欲求不満で死ぬ!!と真剣に考えていた。
・・・
「例えば、私の血液を吸ってみるのはどうですか?」
二人してベッドに横になりサキュバスとしての魔力を開花させるにはどうしたら良いものかと話していた。クロエの姉は前触れもなく突然魔力が開花したらしい。参考にはなりそうにないと頭を捻っているとクロエが突拍子もない提案をしてきた。
「血液を?どうしてだ?」
「小説では主人公に吸血された恋人が恍惚の表情を浮かべて我を忘れるって書かれたところがあるんです」
アーヴィンが過去に飲んだのは販売されている血液で女性の首筋から直接吸血したことはないので本当にそんな事が起こるのかは疑問だ。それにクロエが貧血になっては心配なのと吸血はあまり好まないということで却下されてしまった。
「アーヴィン様はどんなときに血液が欲しくなるんですか?」
「昔飲んだのは昼間に魔力を使った後だったな。血液を摂取すると体の疲れがあっという間に回復するんだ」
ワインでも血液より量は相当必要だが同じ効力があると分かってからは飲んでいない、とも付け加えた。一度吸血されるのを体験してみたかったと残念そうにしているが自ら吸血されたいなんて言い出す女性はそういない。クロエの大胆さに驚いた。
「仕方無いがクロエの魔力が開花するまでは我慢するよ」
「アーヴィン様…浮気しちゃダメですよ?」
「するわけ無いだろう?こんなに可愛いクロエがいるんだから」
クロエは喜び満足そうに微笑むと無垢な瞳でアーヴィンに抱きつき口づけをした。
隙をみてアーヴィンは手をクロエの下着に手を滑り込ませるが、また肩を震わせ笑いを堪えている。
どうしたらいいものかと手を離してから再びクロエを抱き締め今度はアーヴィンから舌をからめる。
(しばらくはこれで我慢だ…。)
・・・
メイド長のアリスは不思議に思っていた。アーヴィンがクロエと結婚したことで毎日のように女性を追い出すという仕事が無くなったのは結構なことだが、寝室の掃除をしているとあまり乱れていないベッドが気になった。もしかして…いや、まさかそんな…と考えるが結婚した主人のプライベートにそこまで踏み込んではいけないと考えるのをやめた。
「アリスさん、アーヴィン様とクロエ様の洗濯物よ。お部屋まで宜しくね」
洗濯係から綺麗になった洗濯物を預り部屋にしまいこむのもアリスの仕事だ。仕事中のアーヴィンの部屋へノックをして入るとクロエも同じ部屋で読書をしていた。仲が良いのはよろしいことだ。洗濯物をしまい部屋から出た。続いてクロエの部屋に入りクローゼットを開け洗濯物をしまう。
「…あらら」
はらりと洗濯物が落ちてしまった。拾い上げてみるとアリスも恥じらうほどの細い紐とレースでできた何とも大胆な下着だった。今どきの若い女性はこんなハレンチな下着を身に着けるのかと驚いた。
まぁ、これなら心配ありませんね…。そう心の中でつぶやいてクロエの部屋を後にした。