ハツキ島撤退作戦
ハツキ島北西部にある砂丘地帯を、18機の統合軍二脚人型装甲騎兵〈I―M16〉が砂塵を巻き上げながら編隊を成して走る。
『〈ボルモンド〉捕捉。2個小隊規模――更に増加、1個中隊確認』
後方を走っていた機体が索敵情報を報告する。
〈ボルモンド〉は宙族の主力となる〈I-M16〉と同様の7メートル級二脚人型装甲騎兵である。市街地迷彩を施された、最新の機体らしいグロテスクなまでに曲面を利用した流線型のボディと、頭部に浮かぶ『一つ目』と呼ばれるメインカメラが特徴の機体だ。
統合軍にとっては残念なことに、この機体は統合軍の主力である〈I-M16〉より機動力と火力で勝っていた。
『こちらレイン4。4時方向に敵機捕捉。〈ボルモンド〉1個小隊』
これで確認された宙族機は1個中隊と2個小隊。機体数にして27機。スペックでも優位なのに、更に数でも優位に立たれた。
遮蔽物の少ない見通しの良い砂丘地帯では、数の多い方が絶対的に有利だ。
その上砂丘地帯に展開した統合軍装甲騎兵中隊は、訓練のためにハツキ島に訪れたトトミ中央大陸の部隊で有り、実戦向けの装備は十分とは言えない状況だった。
『更に1小隊捕捉。先行する小隊が接近』
宙族側の数での優位が確定し、機体の展開も完了しつつある。宙族が攻勢に移るのは当然であった。
『左翼部隊迎撃用意』
中隊長の指示で左翼に展開していた〈I-M16〉が右腕部に装備している主武装を射撃状態にする。
左翼後方を走るトーコ・レインウェル軍曹も、主武装である60ミリ速射榴弾砲を構える。
トーコは実戦に参加するのは初めてだったが、トトミ中央大陸所属の他の兵達も大概はそうだ。震える手で主武装のトリガーに指をかけ、攻撃指示を待つ。
宙族の〈ボルモンド〉1小隊が接近、射程で優れる対装甲騎兵重砲を装備していた敵小隊は攻撃を開始する。
『回避せよ!』
中隊長の指示が飛ぶ。
トーコは左足を踏み込んで急ブレーキをかけつつ、姿勢を低くし回避を試みる。メインモニタに弾道の予測線が表示され、それを頼りにスラスターを制動。飛来した90ミリ徹甲弾が装甲騎兵頭部ぎりぎりをかすめた。
『反撃開始!』
砂丘に突き刺さった徹甲弾が炸裂すると同時に攻撃指示が出る。
回避姿勢から立て直す余裕は無く、右足を砂丘に突き立てると同時に主武装を最も近くにいた〈ボルモンド〉へ向ける。
この武装ではボルモンドの正面装甲の貫通は不可能。トーコは敵機の足下を狙うが、回避機動の予測もままならず、簡易照準で適当に当たりをつけてトリガーを引く。
速射榴弾砲が火を噴き爆音と共に対装甲榴弾が3発放たれた。〈ボルモンド〉は回避機動をとるが、放った3発のうち1発が左足首を捉える。
榴弾が炸裂。被弾した〈ボルモンド〉は右足のみで急速後退をかけてトーコ機から距離をとった。機体は健在だが機動力を奪い戦線から離脱させた。苦し紛れの反撃としては上出来だ。
しかし喜んでばかりもいられない。後退した機体と入れ替わるように新たな機体が接近し、主砲同軸機銃がトーコ機に向けて放たれる。
14.5ミリ機銃がトーコの乗る〈I-M16〉の胸部装甲を叩く。機銃弾如き問題ないが、完璧に捉えられている。装填が終わり次第90ミリ徹甲弾が飛んでくる。
敵機の主砲を余所に向けさせるため、対装甲誘導弾を射出。敵機は左手に装備した機関砲で誘導弾を撃ち落とし、右手の主砲は決して逸らさない。
苦し紛れに機体を急速後退させ砂塵を巻き上げる。その瞬間に敵機主砲が光り、90ミリ徹甲弾が放たれた。
砂丘のもろい足下に掬われてトーコの〈I-M16〉は姿勢を崩す。だが、姿勢が崩れたことで正確に機体中心を狙って放たれた徹甲弾は狙いを外し、右腕部主武装に命中。
強烈な衝撃に安全装置が作動し、機体から主武装が強勢脱離される。その甲斐あってか機体の損傷は軽微。
『レイン4、主武装損失、機体損害軽微』
唇を噛みながらも損害報告をする。
『了解、後退せよ』
小隊長から後退指示が出され、トーコは機体を緩やかに後退させた。
まだ統合軍の機体に損失は出ていない。同様に、敵機も全て健在だ。
数的優位を保ちながらも宙族装甲騎兵部隊は突撃をかけるわけで無く、じわりじわりと統合軍装甲騎兵部隊を包囲しつつあった。
このままではじり貧だ。数で負けている時点で真っ当な勝利などあり得ない。
トーコは機体の状態を再度確認。
右腕部主武装を失ってはいるが、右腕の動作は問題ない。
対装甲誘導弾の残弾もある。それに、対装甲振動ブレードが残っている。接近戦に持ち込みさえすれば〈ボルモンド〉も撃破可能だ。
『隊長、突撃指示を下さい。囮になって敵の注意を引きます』
『許可できない。レイン4、後退せよ』
小隊長は断固として許可できないと、語気を強めて命じた。
されどトーコも言い返す。
『このままでは部隊は全滅です。どうせ死ぬのなら、1機でも多く道連れにします』
『早まるな。後退し少し待て』
小隊長の重ねての命令にトーコは従わざるを得なかった。軍人は命令に従うのが仕事だ。
小隊長は中隊長の指示を仰いでいるようだった。彼もまた軍人である。自身の裁量を超えた判断をするのには上官の許可が必要だ。
『レイン4、中隊長の許可が出た』
思わぬ言葉に、望み薄だと感じていたトーコは驚く。
宙族の先遣隊如きなら、突撃すれば1機くらい道連れに出来る自信はあった。それに、もしかしたらその行動によって統合軍部隊が無事に撤退できるきっかけになるかもしれない。
『レイン4はこれより全速をもって退却し、ハツキ島北西部第2埠頭へ向かえ。18:00に避難船が出る。何としてでも間に合わせろ』
『待って下さい! 突撃指示は!』
突然の退却命令にトーコは思わず声を荒げた。
『命令は変わらない。今すぐ退却せよ』
『どうして私だけ退却なのですか、理由を教えて下さい!』
『命令に理由など無い。軍人なら分かっているはずだ。今すぐ退却せよ』
小隊長は「退却せよ」の一点張りでトーコの意見など聞く耳を持たなかった。
トーコは悔しさのあまり歯を噛みしめる。何故、自分だけ退却を命じられるのか?
新米だから? 女だから? 恐らく両方だ。この場において、主武装を失ったとは言え味方の機体が1機減ることには損失しか無いはずだ。
『レインウェル軍曹、退却せよ』
今度は中隊長が直接トーコへと通信を繋ぐ。
『退却し、統合軍に我らの戦果を報告せよ』
『戦果? どの戦果ですか?』
今まさに殲滅されかかっている部隊に何の戦果があるのかと問うと、中隊長は答える。
『我らトトミ星第1装甲騎兵中隊は、勇敢に戦い、宙族の侵攻を遅滞させたものの、全滅したと、現地司令官に報告してくれ』
『玉砕するおつもりでしたら、自分も共に――』
『誰かが報告しなければいけない。命令だ、レインウェル軍曹。退却せよ。完全に包囲されてからでは手遅れになる。今すぐ行け!』
最後の怒鳴るような声に押され、トーコは機体を転回させて、まだ包囲されていない南西方向へ向けて全速力で走らせた。
『レイン4退却します。――ご武運を』
トーコは自分の未熟故に1人退却させられた悔しさに拳を握りしめながらも、命令に従い全速力で退却した。
生き残って何になる? このまま宙族が侵攻を続ければ統合人類政府はお仕舞いだ。既にいくつもの星系が落とされ、避難民が殺到した星系では食糧難が発生している。
どうせ生き残っても、戦争に負けたら死ぬしか無い。だったら戦って死んでやる。それの何がいけないというのか。どうして自分だけ、生き残らなければならないのか――
悔し涙で視界が歪むが、それでも機体を目的地へ向けて真っ直ぐ走らせる。
軍人の仕事は命令に従うことだ。それが多少理不尽であろうとも、軍人である以上は従わなくてはならない。
どれほど逃げただろうか。まだ残った部隊は生き残っているだろうか。
そんな風に考えたとき、機体のレーダーが敵機を捉えた。
後方、3800メートル、〈ボルモンド〉2機。
どうする。逃げ切れるか――
トーコは頭を回転させ、これからどうすべきか思案する。
命令を守るためなら、戦わず逃げるべきだ。
しかし真っ直ぐ敵機を引き連れて行ってしまったら、18:00に出航する避難船が〈ボルモンド〉に襲われることになる。
埠頭の防衛能力はどれくらいあるのだろうか? 装甲騎兵の配備は?
確認しようにも、訓練のためにハツキ島に訪れていたトトミ中央大陸所属のトーコにはハツキ島司令部の連絡先など分からない。オープンチャンネルは通信を傍受される可能性がある。
情報が足りない。しかし結論は、直ぐに出さなくてはいけない。
メインモニターが警告を発する。――敵機が発砲。
左足に力を入れ、右側へ横っ飛びで緊急回避。砂丘に突き刺さった榴弾が爆発し、砂塵を巻き上げる。
――榴弾?
続いてもう1機も発砲。今度は急加速しながら左方向へ滑り込むように回避。またしても榴弾が炸裂した。
――どうして榴弾なんて……
既に徹甲弾の貫通可能距離のはずだった。しかし相手は市街地迷彩を施している。もしかしたら、対〈R3〉戦闘を想定した装備で徹甲弾が積まれていなかったか、撃ちきったのかも知れない。
反撃も出来ず逃げようとしたトーコだが、急速前進をかけようとした右脚部が砂に引き込まれるように後ろへと沈んだ。
「何――流砂!?」
榴弾によって出来た大穴が周りの砂を引き込み流砂が発生していた。
15トン近い重量の〈I-M16〉は流砂に引きずり混まれる。慌てて機体左足を崩れていない砂地に突き立てるとアンカースパイクを作動。打ち込まれた砂地が崩れる前に右足を引きずり上げ、アンカースパイク解除と同時に飛び上がる。同時に警告。――誘導弾接近。
――戦い慣れてる。
先遣部隊だからと侮っていた。敵は、これまでいくつもの統合軍星系を陥落させた宙族だ。
スラスターで空中制動をかけ、左手を後方へ向ける。巻き上がった砂塵で誘導弾は目視できない。照準はオートに任せ、3発ずつ3回射撃。着地と同時に煙幕散布。
空中で爆発する誘導弾。レーダーから誘導弾は消え去った。
しかしトーコに逃げるという選択肢はなくなった。既に十分距離を詰められている。そして、機動力では〈I-M16〉より〈ボルモンド〉の方が上だ。
2対1で勝てるか――。答えは分かりきっていた。勝てるわけが無い。それでも、戦う以外の選択肢は無い。
レーダーが捉えた接近中の〈ボルモンド〉へ向けて、残っていた対装甲誘導弾を全弾発射。同時に機関砲の弾種変更。榴弾を敵機の足下にばらまき砂塵を発生させる。
煙幕から飛び出ると、敵の主砲が光る。
爆音と共に放たれたのは徹甲弾。距離を十分詰められたので仕留めに来た。
距離が近すぎて弾道予測を確認している余裕など無い。トーコは機体をがむしゃらに急制動させて、弾が当たらないことを祈るしか無かった。
徹甲弾が〈I-M16〉の脇腹をかすめた。損害評価が即座に表示される。損害は軽微。動作に問題なし。
近くにいる〈ボルモンド〉との距離は400メートルをきっていた。
トーコは撃ちきった対装甲誘導弾の発射装置を切り離す。そして腰に装備していた対〈R3〉爆雷を投射。
装甲騎兵相手には無力だが、レーダーの撹乱と目くらまし程度には使える。
〈ボルモンド〉寸前で滞空した爆雷が高速回転しながら炸裂し、周辺に金属杭をばらまく。
金属片によって巻き上げられた砂塵へと、トーコは真っ直ぐに突っ込んだ。
右手で対装甲振動ブレードを引き抜き、構える。
自身の放った爆雷がまき散らした金属杭が機体に当り甲高い金属音を立てた。砂塵によって目視は出来ず、爆雷のせいでレーダーも効かない。
でもそれは相手も同じだ。
構わずに機体を全速力で前へ進める。
刹那、砂塵の切れ間に〈ボルモンド〉の姿が浮かび上がる。
敵もレーザーブレードを構えている。
射程はレーザーブレードの方が上だ。
一閃、青白い光を伴いレーザーブレードが横薙ぎに払われる。
〈I-M16〉の姿勢を低くし、地面すれすれを滑るように移動。合わせるようにレーザーブレードが軌道を修正。トーコはそのレーザーブレードを〈I-M16〉の左腕部装甲で受け止める。
青白い光が装甲を切り裂くと同時に、爆発反応装甲が作動。損害甚大のため安全装置が作動し左腕部を強制脱離させる。
レーザーブレードを無力化された〈ボルモンド〉は急速後退をかけるが、一瞬の隙を逃さずトーコは対装甲振動ブレードを突き出した。
超高速で振動し光を放つブレードは、〈ボルモンド〉の左胸を貫いた。
――浅いっ!
ブレードを更に押し込もうとするが〈ボルモンド〉の爆発反応装甲が作動。トーコの〈I-M16〉は後方にはじき飛ばされる。
――右腕部損傷。砲弾接近。
メインモニタに警告が表示される。緊急回避を試みるより早く徹甲弾が〈I-M16〉の右脚部を貫いた。
着弾の衝撃で機体は吹き飛ばされ、左足で着地するも、既に損害は限界を超えていた。踏みとどまることも、立つことも出来ず、大破した〈I-M16〉は砂丘を転がる。
トーコは脱出レバーを引いて、コクピットから射出される。
「ああああああああああああっ!!!」
装甲騎兵搭乗用の汎用〈R3〉に搭載されていた個人防衛火器を引き抜き、〈ボルモンド〉の黄色く輝くその一つ目に向けて撃ちまくった。
だが着地すると同時に〈ボルモンド〉の機関砲が放たれ、炸裂した榴弾の破片が〈R3〉の装甲に突き刺さる。
装甲騎兵の搭乗を補助するための汎用〈R3〉の装甲はもろく、いくつかが貫通。トーコは右腕に走った痛みを堪えながら榴弾の衝撃をいなすために砂丘を転がる。
なんとかやり過ごしたトーコは個人防衛火器を構え直す。その眼前。砂塵に覆われた全高7メートルの巨人が2体、トーコを見下ろしていた。
勝機など最初からあるはずもなかった。
でもこれでよかったのだ。〈I-M16〉1機で、〈ボルモンド〉2機を引きつけることに成功したのだから。戦って死ぬ覚悟なんて、とうの昔に出来ていた。
〈ボルモンド〉のスピーカーから降伏勧告が発せられる。
――クソったれだ。
トーコは個人用防衛火器を〈ボルモンド〉へ向けて、1弾倉撃ちきる。
予備弾倉を取り出そうとすると〈ボルモンド〉の機関砲が向けられた。
戦って死ぬ覚悟なんて、とうの昔に――出来ていたはずだったのに。
取り出した予備弾倉を取り落とす。体が震えて言うことをきかない。震える手を握りしめるも止まらない。――違う。地面が、揺れてる――
突如、砂塵を巻き上げ、地面から何かが飛び出して来た。
トーコは砂の波に襲われてその場に俯せに伏せた。
機関砲の発砲音。更に90ミリ砲の砲口が轟いた。
巻き上がった砂のせいで何も見えない。ただ、金属がメキメキと拉げる気色悪い音だけが聞こえる。
砂塵が晴れてきた。
同時に見えてきた光景にトーコは目を疑った。
〈ボルモンド〉に、全長4メートル近い巨大な砂中甲殻類が、群れをなして襲いかかっている。砂中甲殻類はとりついた〈ボルモンド〉に食らいつき、ちぎれ飛んだパーツを食べる。
もう1体の〈ボルモンド〉が砂中甲殻類を引きはがそうと機関砲を撃つが、堅い甲羅は機関砲をものともせず、かといって90ミリ砲を味方へ向けて撃つわけにもいかず、レーザーブレードを抜いて砂中甲殻類へと斬りかかった。
レーザーブレードでなで切りにされた砂中甲殻類が青色の血を流し高周波の奇声をあげる。途端、更に地中から砂中甲殻類が大量に飛び出し、もう1体の〈ボルモンド〉にも襲いかかった。
砂中甲殻類は鋭利な歯で〈ボルモンド〉をばらばらに解体して平らげていく。
大破した〈ボルモンド〉からパイロットが脱出すると飛び上がったそれに向かって、砂中甲殻類が飛びつき、噛みついた。
地面に落ちたパイロットは悲鳴を上げながら個人防衛火器を乱射するが、お構いなしに砂中甲殻類はパイロットを装備している汎用〈R3〉ごと平らげた。
残っていた〈ボルモンド〉も長くは持たず、パイロットは脱出を試みたが既にコクピットの大半を食い散らかされ脱出装置が作動せず、個人防衛火器で応戦するものの頭から砂中甲殻類に食べられてしまった。
砂中甲殻類の群れは〈ボルモンド〉2機を平らげたにも関わらず今だ食欲が満たされなかったようで、トーコの乗っていた〈I-M16〉の残骸までも平らげる。
そして、1匹の砂中甲殻類が地面に伝わる振動を触角で感じ取り、トーコの存在に気がついた。
真っ直ぐにトーコの元へと歩み寄った砂中甲殻類は、トーコの目前で止まると千を超える複眼でまじまじと見つめた。
トーコは思わず個人防衛火器に弾倉を装填したが、装填音を聞いた砂中甲殻類は個人防衛火器に噛みつき、それを粉々に砕いて食べてしまった。
「……や、やだ――」
こんな所で、虫に食べられて死ぬのか――
今度こそ、トーコは恐怖で動けなかった。
砂中甲殻類は飛び上がると、トーコへ向けて襲いかかる――
両手で顔をかばい、目を瞑ったトーコ。痛みは無かった。
痛覚は、まだたぶんある。薄ら目を開けて汎用〈R3〉のメインコンソールを確認。心拍数が上がっているが、バイタル、各部パーツ異常なし。
耳には、砂中甲殻類の奇声が入ってくる。
顔を覆っていた両手をどかし、周囲を見渡す。
飛び上がった砂中甲殻類は、奇声を上げて次々に地面へと飛び込んでいく。巻き上がった砂を吸い込まないように、トーコは酸素マスクを装着する。
――でも、どうして?
全ての砂中甲殻類が地面の中へと姿を消すと、辺りは急に静かになった。
〈R3〉の状態を確認。通常稼働中。装備はハンドアクスと拳銃のみだが、2日分の水と非常食が積んである。それになんとか18:00までに埠頭まで辿り着けば本来の目的も達成できる。
「私、美味しくなさそうだったのかな……」
自分でも馬鹿なことを言っていることが分かっていたが、それでも1人砂丘に残された不安から、何か喋らずにはいられなかった。
ともかく、今は任務中だ。生き残った以上使命を果たさなければ――
立ち上がり、一歩踏み込む。
その瞬間、地面についた足が砂に吸い込まれた。
「流砂!?」
先ほどは装甲騎兵で。今度は〈R3〉で流砂に足を取られた。
思わず反対の足を踏み出すが、そこも流砂によって陥没。地中へと吸い寄せられる。
視界内にある小さな砂丘へ向けてワイヤー射出するも、砂は崩れ去りワイヤーは固定されない。そうこうしている間にも流砂は規模を大きくして、周囲一帯が渦を巻くように砂が流れ始めた。
自然現象では無い。
あの砂中甲殻類達だ。砂の中に潜って、流砂を引き起こしている。
――ああ、そうか。私は巣穴まで持って帰って食べるのか……。
子供の餌にするのか保存食にするのか。どちらかは分からない。
でも、もうトーコに為す術はなかった。酸素マスクが外れないよう強く噛むとその瞬間に顔まで砂に埋まり、地中深くへと引きずり込まれていった。
◇ ◇ ◇
――バイタル正常。全パーツ異常なし。
目が覚めると、〈R3〉がバイタルチェックの結果を報告する。
――ここは、何処?
自分が仰向けに倒れていることは分かった。あの砂中甲殻類達の巣だろうか?
多少危険は伴うが、〈R3〉のサーチライトを点灯。
天井があった。石を積んで造られた、明らかに人工物だが所々から砂が金色の糸のように流れ落ちている。自分もそのうちのどこかから落ちたのだろうか。
周囲に生命反応無し。
トーコは上体を起こすと、バックパックに積まれていた発炎筒に火をつけて投げた。
真っ赤な明かりに周囲が照らされる。
石壁に囲まれた、広い空間だった。高さは5メートルほどあるだろうか。幅は10メートル近くある。どう見ても人工建造物だった。
ひとまず差し迫った危険はなさそうなので、汎用〈R3〉の右腕部装甲を取り外し、先ほどの戦闘で受けた傷を確認する。
出血しているがかすり傷だ。あんなに痛かったのに。人間の感覚なんてものは当てにならないものだ。
トーコはバックパックから医療キットを取り出すと応急処置を済ませ、右腕部装甲を装着し直す。それから拳銃を引き抜くと、故障が無いことを確かめてから安全装置を解除する。
ここがどこだかは分からないが、脱出口を見つけないことには野垂れ死ぬだけだ。
周囲の壁を見渡す。1つ大きな扉があった。
金属製の、厳重な扉だ。軍の火薬庫に備え付けられているような代物だった。
扉に近づきそのハンドルを手にする。ロックされていて動かない。
扉の端へと移動するとコンソールを探す。案の定あった。
かぶっていた砂埃を払ってやると、見覚えのあるマークが現れた。
「枢軸軍の国籍章だ……」
ハツキ島、もといトトミ星は、元をたどれば連合軍側の所有星系だった。しかし前大戦の早い段階で枢軸軍に占領され、90年近く枢軸軍の占領下におかれた。戦争末期に連合軍がトトミ星を奪還するが、結局その後講和により、統合人類政府が成立した。
つまりここは、戦中に枢軸軍が建造した軍事施設だろう。
統合軍のデータベースに載っていないことから秘密裏に建造されたようだ。
となると問題になるのは、この扉のロックを解除する方法が分からないことである。旧枢軸軍のセキュリティシステムについて、トーコが知っていることは何1つ無いに等しい。
「そもそも電源は――生きてる」
国籍章の下にメインコンソールがあった。手をかざすと電源が繋がりディスプレイにスピーカーの絵が表示される。――音声認識だ。
「扉、開けて」
駄目元で指示を出す。
表示はしばらくロード中を示したが、その後電源が落ちて真っ暗になった。
――駄目だったか。そりゃそうだ。
最後の手段は余り使いたくなかったが、仕方なくトーコは拳銃を収めると、かわりにハンドアクスを取り出した。
と、トーコがハンドアクスを振り下ろすより早く、ガコンと音がしたかと思うとロックされていた扉が動き始める。
しばらく開けられていないらしい扉は怪しい音を立てながらも、ロックが解除され、徐々に徐々に開いていった。
「開くんだ……。酷いセキュリティだ。それとも罠かな……?」
罠だとしても、じっとしているわけにもいかない。
トーコは今日だけで2回は死んでもおかしくない状況に陥っている。今更、旧枢軸軍のトラップを恐れることも無かった。
ハンドアクスを仕舞い、拳銃を取り出すと構えたまま扉の中へと突入する。
扉の先は石造りの長い廊下だった。
空調装置も動いているらしい。風の流れを感じる。酸素濃度も問題なし。
廊下の先は長く、向こう側が見えない。
いったい何の施設だったのか謎だが、もしかしたら旧枢軸軍の兵器が何か残っているかも知れない。宇宙船、とまでは言わない。低空飛行のフライヤーでもあればトトミ中央大陸まで移動できる。しかし、先は長そうだ。
トーコは酸素マスクを外すと、水筒の水を一口飲み込んだ。
「よし、行こう」
◇ ◇ ◇
どれほどの時間歩いただろうか。
途中、仮眠をとりながらも歩き続けるトーコ。〈R3〉の時計を見ると、既に地下施設に入ってから丸1日経過していた。
廊下の傍らに扉がある。ロックはかかっているが大したことのない扉だ。ハンドアクスで2回ほど叩くと、ロックが壊れる。立て付けが悪くなっているが〈R3〉で蹴りつければ嫌でも開く。
この種類の扉はこれまでどれだけ開けてきたか分からない。
20平方メートルほどの部屋。研究施設だったのだろう。重厚な金属製の机と、しっかり固定された薬品棚。それに、よく分からない円筒状の巨大な保存容器。下手すれば人間が丸々収まりそうなサイズだ。
しかしこれまで調べてきた部屋と同様、棚や容器があっても中身が無い。
研究施設を造ろうとしたが、運用開始前に連合軍が来たため放棄したのだろうか。そう考えると最初の扉のセキュリティがまるで機能していなかったのも頷ける。隠すべき機密情報がないのだから、厳重なロックをかけるまでも無い。
どうやらこの研究施設ははずれらしい。
もう少し何かあるかと期待していたが、あるのは空っぽの地下施設だけ。
問題は出口があるかどうかと、その出口が何処に繋がっているか。
水と食料は2日分だ。1日無理するとしても持って3日。
部屋から出て、再び廊下を歩く。
少し歩くと、サーチライトが照らした先に壁が見えた。行き止まり? いや、曲がり角だ。
角を直角に曲がると、その先も廊下だ。その廊下の先に、見覚えのある、重厚な扉がある。
入り口と同じ、金属製の扉。
ここが一番奥だろうか? 出口と繋がっていることを期待して、トーコは早足で歩く。
扉のハンドルに手をかけるが回らない。分かってた。コンソールを見つけ手をかざして起動する。現れるスピーカーの絵。サーチライトを消して、ゆっくりと、声を発した。
「扉、開けて」
声を発してからしばらくすると、ロックが解除され気色悪い音を立てながら扉が開き始める。
念のため拳銃を構え、扉が開ききってから中へと入る。
室内は真っ暗だった。
サーチライトをつける。
これまで見てきた部屋より大きい。天井も10メートルはあった。
サーチライトの照らした先に、何か巨大な機械のような物体が見えた。
「何だろ」
サーチライトを動かすが全体像が分からない。
バックパックから発炎筒を取り出して、着火させてその物体の近くへ転がした。
鮮やかな、真っ赤な炎に照らされて、鉛色の巨大な機械の姿が露わになった。
「――装甲騎兵だ」
座った姿勢の、恐らく7メートル級2脚人型装甲騎兵。
真っ赤な二つ目をしていたが、ボディの形状は〈ボルモンド〉に近い。
しかし〈ボルモンド〉の人造物らしい気色悪いまでの曲面では無く、生物らしいなだらかなラインを描くボディ。足回りと両腕はほっそりとしているのに、上体には異様なまでに巨大なコアユニットを背負い、それに対しても過剰な冷却装置と放熱板が取り付けられていた。
「こんな機体、見たことない……」
統合軍の機体でも、宙族の機体でも無い。もしかしたら枢軸軍のものだろうか。しかし、前大戦では地上は主戦場では無く、装甲騎兵という兵器は存在していなかった。存在していたとすれば今の装甲騎兵の元となった宙間決戦兵器だが、宇宙空間で戦闘するのには7メートル級の全高は小さすぎる。
ともかく装甲騎兵が生きているかどうか確かめようとトーコが一歩近づくと、途端に辺りが明るくなった。
突然つけられた照明によって室内が青白く照らされる。
トーコは拳銃を構え、〈R3〉に生体反応をサーチさせる。
――生体反応有り
装甲騎兵の足下へと拳銃を向ける。
そこから金髪の少女がひょっこり姿を現した。
金髪碧眼。と言えば聞こえが良いが、金髪は短く整えられ、青い瞳はどこか気だるげで眠そうですらあった。歳のころは初等部程度だろうか。カーキ色の衣類の上に、白衣を身につけている。
現れたその少女に、トーコは一瞬何と声をかけるべきか戸惑った。
トーコが口を開くより早く、少女が傍らの装甲騎兵を示して尋ねる。
「乗るかい?」
トーコは拳銃を向けたまま、質問には答えず命令した。
「動かないで。ゆっくり手を上げて」
「なんだ乗らないのか。冷やかしなら帰ってくれ」
少女もトーコの命令には応じず、手をひらひらと振って、拳銃を向けられているのにもかかわらず背を向けた。
トーコはその少女を引き留める。
「待って。――乗ると言ったら、乗せてくれるの?」
振り向いた少女は、半分閉じかけた瞳でにやりと笑って答えた。
「もちろん。そのための機体だ」




