出立 ハイゼ・ブルーネ基地へ
太陽が緩やかに遠くの山の合間に沈む頃、ハイゼ・ミーア基地衛生部の駐車場に停められた大型トレーラーの元に、統合軍の装甲輸送車両が到着する。
ツバキ小隊が総司令官直轄であるのを良いことに、タマキが無理矢理申請を通した結果手に入った車両だ。正確には貸与されているに過ぎないが、総司令官直々に承認印を押している大義名分がある以上、おいそれと取り上げるような真似は出来ない。タマキは我ながら上手いことやったとほくそ笑み、隊員達に荷物の積み替えを命じる。
「このトレーラー置いていきますの? 積み荷にわたくしの私物が含まれているのですけど」
カリラは荷室に積まれた〈R3〉を示す。カリラが個人コレクションしている、曰く付きの〈R3〉だ。
「それについてですが、機体情報を調べさせて貰いました。誰が見ても実際に運用するのには難がある機体です。持って行くことは許可できません」
「それはそうかも知れませんけれど、わたくしにとっては大切なコレクションですわ。ここに置いておいて誰かに壊されないか心配で仕方がありません」
なおも食い下がるカリラだったが、その頭をイスラが軽くぽんぽんと叩く。
「まあ落ち着けって。このトレーラーもツバキ小隊の大切な備品だ。当然、しっかり管理して貰えるんだろう?」
イスラの問いに、タマキは首を縦に振った。
「無論です。既に衛生部のスーゾ・レーヴィ中尉に責任を持って保管すると約束させました」
「あの適当中尉ですか……? 尚のこと不安ですわ」
「だーれが適当ですか」
突然後ろから声をかけられたカリラは飛び上がった。
「い、いえ、適当というのは褒め言葉であってですね……」
いつの間にか背後に立っていたスーゾへ弁明するカリラだが、当のスーゾはさぞかし面白そうに琥珀色の瞳を輝かせていた。
「適当なのは認めるけどね。トレーラーのことは任せてよ。ニシ少尉直々の頼みだし。その大型トレーラー引っ張ってハイゼ・ブルーネ行くのは無謀でしょ」
スーゾの言葉に、カリラは「そうなの?」とタマキの方へ視線を向ける。
「コレン補給基地からハイゼ・ブルーネ基地までは山道ですから、トレーラーが通行できる保証はありません」
「言われてみればその通りですけれど……。中尉、わたくしのコレクションをどうかお願いしますわ」
「任せておきなさいって」
カリラに懇願されると、スーゾは良い笑顔で胸を張って答えた。
「悪いわね。変なこと頼んでしまって」
トレーラーを押しつける形になったタマキがスーゾへと謝罪する。兄がシオネ港にいるせいで他に頼れる人が居なかったのだ。
「気にしないでいいよ。置いておくだけだし」
「そう。ならついでに、もう1つお願いしたいことがあるのだけど」
「いいかしら?」とタマキが首をかしげると、スーゾは「きくだけききましょう」と頷いた。
「余ってる〈R3〉貸して貰えない? 偵察機か突撃機」
タマキの頼みにスーゾは即座に首を横に振る。
「無理無理。統合軍だって〈R3〉の調達に苦労してる状態だよ。余ってる機体なんて無いって。私のグロリアすら持って行かれるくらいだし」
「グロリア? あなたそんな良い機体持ってたの!? 3? それとも……」
「4だよ4。〈ヘッダーン4・グロリア〉。見た目がかっこよかったから中尉に昇進したとき配備して貰ったんだけどさ。衛生部にそんな良い機体もったいないって」
「それは、そうでしょうね……」
〈ヘッダーン4・グロリア〉は〈ヘッダーン4・アサルト〉をベースにしながらもコアユニット出力を上げ積載量と火器運用能力、防御能力を強化した、突撃機と重装機の中間を埋める役割を担うため最近創出された中装機という区分の機体である。
突撃機と同じ装着装置を使い回せることから重装機より運用しやすく、そこそこの機動力を持ちながら重装機に対応できる火器を積めることもあり、前線において非常に重宝されている。
しかも〈ヘッダーン4・グロリア〉は最新鋭機だ。そんな機体を後方職務の衛生部中尉が所有していたら前線に引き抜きたくなるのは当然のことだし、引き渡さざるを得ないのも仕方の無いことだろう。
「そういう訳だから余ってる機体はないよ。衛生部職員向けの旧型機すら足りてないような状況で、上の人は大変みたいだね」
人ごとのように言ってのけるが、恐らくいつかそのしわ寄せが中尉であるスーゾの元にも降り注ぐことになるだろうと、タマキは分かっていながらも言わないでおいた。
「残念だけど、無いのなら仕方ないわね。一応貸与申請は通っているから、向こうで良い機体が貰えることに期待するわ」
「まー、ハイゼ・ブルーネとはいえ最前線だから、そんなにいい機体は余ってなさそうだけどね」
「分かっててもそういうこと言わないで」
前線よりやや後方のハイゼ・ミーアですらこの有様なのだから、一応最前線のハイゼ・ブルーネに真っ当な機体が残っているとは考えづらかった。
それでもタマキが機種名を指定しなかったのは、指定したらしたで貸与されるまで長いこと待たされそうだったのと、現状のツバキ小隊の保有機体を考えたら旧式機体でも無いよりマシだからである。
「積み込み終わりましたー」
〈ヘッダーン1・アサルト〉を装備して積み込み作業を行っていたナツコがタマキの元に報告に訪れた。
「了解です。カリラさん運転をお願いします。ツバキ小隊、装甲輸送車両に乗り込んで下さい。ナツコさん、機関銃を装備して警戒に当たって下さい」
「はい! 任されました!」
隊員達は装甲輸送車両に乗り込み、出立準備を整える。
指揮官席へ向かおうとしたタマキは、見送るつもりらしくその場に残っていたスーゾに声をかけた。
「あなた、自分の仕事は大丈夫なの?」
「あー、そういうのは気にしなくて大丈夫。上手いことやってきたから」
「また抜け出して来たでしょ」
「だから、そういうの上手くやったから大丈夫だって。それより夜の山道で事故したりしないようにね」
「そうね。気をつけさせる」
「ハイゼ・ブルーネは寒いから風邪引かないようにね」
「分かってる。あなたじゃないんだから」
「それから……。あ、暇ならこっちに通信繋いでくれて構わないからね」
「考えとく」
「そんなところかな。お互い頑張ろうね」
「ええ、そうね。生きてまた会いましょう」
「そうだね。次はボーデン基地あたりかなあ」
「縁起でも無いこと言わないで」
ボーデン基地はハイゼ・ミーアより遙か西側。トトミ大半島の西の端にある統合軍基地だ。相当酷い負け方をしない限りはそんな所で再開する運びにはならない。
ただ、宙族――もといズナン帝国軍と統合軍の戦力比からすれば、あり得ない話ではなかった。それどころかボーデン基地が持ちこたえられるかも怪しい。
「そうだった。じゃ、お互い頑張ろうね」
「それはさっき聞いたわ。きりが無いから行くわよ」
タマキはきびすを返し、隊員達の待つ装甲輸送車両へと向かった。
「冷たいなあタマは」
タマキが指揮官席に乗り込むと装甲輸送車両のコアユニットが始動し、衛生部職員の誘導に従ってゆっくりと動き出す。
スーゾが車両に向けて手を振ると、タマキは通信機を手にとった。
『衛生部のレーヴィ中尉が見送りに来ています。余裕のある隊員は応答してあげて下さい。命令では無いので、任意で結構』
タマキの指示が飛ぶやいなや、警戒に当たっていたナツコがスーゾへ向けて大きく手を振った。
「スーゾさん、お世話になりました! お元気でー!」
警戒塔に上がってきたサネルマも手を振り、兵員室に居た隊員達も後部ハッチを開いてスーゾに別れを告げた。
「今度はタマちゃんの昔話をゆっくりきかせてくれ」
「もちろん! 楽しみに待ってて-!」
イスラが声を上げるとスーゾも返答する。
その言葉に、運転席に座っていたカリラが微笑む。
「ですって。楽しみですわね」
「カリラさんは黙って運転に集中。全く、勝手に後部ハッチ開けて」
「隊長が応答するよう指示したからですわ」
カリラが言い返すと、タマキは不満そうに1つため息を吐き出して、指揮官席のハッチを開けた。
指揮官席から顔を出したタマキはスーゾへ向かって敬礼する。
「スーゾ、お互い頑張りましょう。悪ふざけも大概にするのよ」
「分かってる。タマももう隊長なんだから、あんまり馬鹿なことしないようにね」
スーゾが敬礼を返す。
タマキは「あなただけには言われたくない」と小さく声にしたが、装甲輸送車両のコアユニット作動音にかき消された。
指揮官席に戻りハッチを閉じたタマキは、再び通信機を掴む。
『駐車場を出ます。見送りはこれまで。直ぐに後部ハッチを閉めて下さい』
兵員室のイスラは名残惜しみながらも後部ハッチを閉めた。
警戒塔に登っていたナツコは、装甲輸送車両に向かって敬礼するスーゾに返礼する。
「真っ直ぐコレン補給基地へ。そこで1度補給して、ハイゼ・ブルーネへ向かいます。運転の交代が必要なら言って下さい」
「かしこまりましたわ」
タマキの命令にカリラは答えて、駐車場を出た装甲輸送車両は速度を上げて主要道へと入った。
◇ ◇ ◇
警戒塔に上がっていたナツコは、装甲輸送車両が主要道を巡航速度で走り始めると、同じように武装して警戒塔に上がっていたサネルマに話しかけた。
「これからハイゼ・ブルーネって基地に移動するんですよね。ハイゼ・ミーアとハイゼ・ブルーネって似てますよね」
「あー、そうそう。トトミは人類が結構後になってから入植した星系だからね。後期入植の星系は、大体都市開発をいくつかの区に分割して行ったんだよ。要するに、この辺り一帯はハイゼ県の都市開発区域ってこと」
「へえ。そういう意味だったんですね」
「まあ実際はトトミは支配権が独立勢力から連合軍、枢軸軍、連合軍、統合人類政府って移り変わった経緯があるから、都市とか基地の命名規則もばらばらだったりするんだけどね。シオネ港とかは枢軸軍時代に造られた港だから、ハイゼ県の開発領域なのにハイゼってついてないでしょ」
「な、なるほど。つまり……いろいろあるってことですね!」
「ざっくり言っちゃうとそうだね」
サネルマの解説を聞いて全てを理解するのは無理だと直感で感じ取ったナツコは、とりあえずいろいろあるというところまで理解して後のことは諦めた。
「サネルマさんはハイゼ・ブルーネってどんな所か知ってます?」
話題を切り替えて問いかけると、サネルマは首を捻る。
「うーん。実際に行ったことはないけど、地理的にはシオネ港の北西、沿岸部になるね。シオネ港より北側は海岸線が断崖絶壁で港が作れないんだよ。それと、冬には海が凍るらしい」
「凍るって、海がですか!?」
温帯に属するハツキ島出身者のナツコには想像できない状況だった。ハツキ島は冬でもある程度の気温が保たれ、真冬の野外でも水が凍るようなことすら希である。
「写真でしか見たこと無いですけどね。もうすぐ冬本番になるから、もしかしたら見られるかも知れないですねー」
「それは、見たいような、見たくないような」
少なくとも絶対寒いだろうと確信したナツコは、考えただけで体が震えた。
「で、でも、ハツキ島を取り戻すためにも、ハイゼ・ブルーネで宙族を食い止めないとですよね!」
意気込んだナツコだが、サネルマの反応は穏やかで、困ったように「うーん」とうなり声を発する。
「あ、あれ? 違いました……?」
「うーん、それなんだけどさ。言ったとおり、シオネ港より北は海岸線が全部断崖絶壁だから、宙族さんも攻めてこないんじゃないかなって」
「あれ、確かに言われてみれば。……となると、私たちはハイゼ・ブルーネで何をするんですかね……?」
「それは隊長さんに聞いてみないと分からないなあ」
「そうですよね……。なんだか先行きが怪しくなってきました」
「ま、今は警戒しっかりしましょう。味方基地の近くだから必要無いとは思うけど、多分隊長さんなりの気遣いだと思うよ。現地でいきなり警戒しろって言われても困っちゃうからね。今のうちに、警戒の仕方を学んでおきましょう」
「それもそうですね! ではサネルマ副隊長! ご教授お願いします!」
ナツコは敬礼して、サネルマに教えを請う。請われたサネルマもいい気になって、えへんと胸を張って応じた。
「うむよろしいナツコ一等兵。警戒の極意を教えて進ぜよう」




