235.契約
ギリギリではあったが、5枚のプリクラ全てに落書きを終えることができた。
今回は盛るのは控えめ。その分恋人っぽさを演出した。
「皆に見せてもいいよね?」
「俺も見せるつもりだ」
「にひひー♪ 皆どんな反応するかなー♪」
これもまた、雫が隠していた顔の一つ。お茶目なイタズラっ娘の笑顔。
仮面をかぶってただけで、元々の感情は豊かな方だ。
それが表面に出れば、色々な表情を見せてくれるのは自然なこと。
……本当に可愛いな。今日は何回そう思わせてくれるんだろうか。
「それじゃどれで遊ぼっか? 協力プレイできるのないかな?」
「えーっと、雫って音ゲー好き?」
「うん。でもそんなに上手くはないよ。広く浅くって感じ」
「んじゃコレはどうだ?」
ギターとドラムを模した、セッション対応の音楽ゲーム。
二人プレイができるのは他にもあるが、対戦要素が薄めで、
どちらかと言えば協力要素が強いのはこれだろう。
「いいね。ボク、ドラムの方が得意だから譲ってくれない?」
「むしろありがたい。俺、かなりギターの方に偏ってるから」
俺以外の男子連中が基本的にドラム専の為、自然と俺はそうなった。
一人で来た時にたまにやる程度だから、かぶらなかったのはラッキー。
「よーし、それじゃやるよー!」
「宜しく頼む」
ギター型のコントローラーを肩にかけ、準備完了。
それじゃ思いっきり楽しむとするか!
(分かってはいたけども!)
演奏している曲は同じ。しかし設定レベルが段違い。
真ん中のレベルを選んだ俺に対し、雫は迷うことなくMAXを選択。
にもかかわらず、精度で圧倒的に負けている。
「……何が広く浅くだって?」
「この辺になるとボクは繋げないからね。
ネットだと当たり前にフルコンしてる人いっぱいいるもん」
「それは人間をやめた方々だから。そして雫もやめかけてはいる」
「シューティング以外はそうでもないと思うんだけどな」
「……逆に言うと」
「昔は若干、いやほんのちょっとだけやめた時期もあった」
(ゲームの才能まであるんだもんな……)
多分、いや間違いなく俺が同じレベルやったら訳も分からぬままに終わる。
俺は今まで自己評価が低かったが、雫も自分の実力を見誤ってる。
内訳は自虐が過ぎていたということと、基準がだいぶ上にあるということで、
全く違うものではあるんだが……妙なとこで似たもの同士なのかも。
「けど、やっぱり一人より二人の方が楽しい。
しかも相手は大好きな彼氏。最高に楽しいよ」
「それなら何より。俺も楽しい」
「怜二君と一緒だったら、多分何やっても楽しいと思う。
これからどんどんやっていこうね」
「おう!」
スペックの差はあれど、雫を好きだと思う気持ちだけは誰にも負けない。
気持ちだけでは足りないことも、少しずつどうにかしてきた。
それなら、純粋に楽しむことができたっていいだろ。
神様。どうやらアンタはそこまで俺のことを嫌いじゃなかったらしいな。
ま、嫌ってくれても構わねぇが。
「次の曲選ぼっか。……これとかどう?」
「これは……うん、難易度落とせば大丈夫」
「よし、それじゃ決定!」
隣に雫がいる限り、俺は絶対に屈しねぇよ。
一日中遊び倒し、辺りは真っ暗。
そろそろいい時間になってきたので、二人揃って家路につく。
「最高の初デート、ありがとう」
「どういたしまして。っていうか、俺こそありがとな。
手作り弁当まで作ってもらえるとか思わなかった」
「サプライズしたかったんだ。喜んでくれてなにより」
ここまでされておいて、何も返さない訳にはいかない。
……こいつを用意していたのは正解だったな。
「それじゃ、一緒に帰……」
「待った。俺からもあるから」
「……?」
不思議そうな顔をしている雫をよそに、鞄の中から包装された小箱を取り出す。
今日の為に用意した、俺の秘策。
「はい、これ」
「えっ……?」
「サプライズプレゼント、ってヤツ」
今日、ペアリングを買いに行った店で手に入れたもの。
用意しなければと思い、前日に入手した。
「開けて、いいの?」
「勿論」
「うん、分かった。……開けるね」
プレゼント用の包装を綺麗に剥がし、小さく折り畳んだ。
持てる限りのセンスを総動員して選んだ、俺なりのプレゼント。
「あっ……これ、もしかして」
雫の誕生日は12月だから、選択肢は三つ。
その中なら、この深い青色が一番似合うと思った。
「知ってたの?」
「海からちょっと、ね」
「そっか……嬉しい……」
細いチェーンで繋がれた、小さな宝石が一粒。
雫の誕生石を使ったアクセサリー……ラピスラズリのネックレス。
シンプルなデザインだから、どんな服にでも合う。
初デートのプレゼントなら、デートの時にいつもつけられるものがいい。
そう考えていたら、最適なアクセサリーがあった。
「着けてくれるか?」
「うん。……あっ、でも初めては怜二君につけられたい。
これ、ボクの首輪だもん」
「おまっ……!」
本当にこの娘は唐突に爆弾放り投げるな!?
人通りが少ない場所とはいえ、0ではないんだぞ!?
「ダメ、かな?」
あぁもうそんな顔して小首を傾げるな! 可愛いの過剰摂取で死にかねん!
んなことしなくたってそのセリフで一撃だから!
雫の頼みだったら死ぬ以外は全部OKだから!
「……後ろ向いてくれ」
「うん」
向かい合わせのままだと、緊張で手が震えてしまう。
こっちもこっちで綺麗なうなじが見えるから、緊張はするけども。
「ほら、つけた」
向き直って、ペンダントトップを軽くつまむ雫。
静かに微笑んだ後、俺の顔を見て。
「怜二君」
ゆっくりと、近づいて。
唇の距離を、0にした。
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カラオケで甘いラブソングを歌ってくれた。
ボクの手作り弁当を美味しそうに食べてくれた。
お揃いのペアリングを選んでくれた。
大好きなファンシーショップに連れて行ってくれた。
プリクラを撮るのと一緒にキスマークをつけてくれた。
音楽ゲームで一緒にセッションしてくれた。
これ以上ない程に、最高の初デートだった。
それなのに、最後にこんなのまで用意してただなんて。
(怜二君……好き……)
ボクは何で、迷ってたんだろう。
こんなに素敵な男の子から告白されたのに、ずっと保留してた。
『恋人』という関係がどういうものかが分からなかったのは事実だけど、
きっと、それより大きかったのは……怖かったんだろうな。
友達より先の関係に進むことで、今の幸せを失うことになりそうで。
そして、それはある意味事実だった。
(ボクの彼氏……)
友達じゃなくなったから、『友達』としての幸せは無くなった。
けど、『恋人』……怜二君の彼女になったら、もっとたくさんの幸せをくれた。
そもそも、ボクにたくさんの友達ができたのだって怜二君のおかげ。
『友達がいる』ことと、『大好きな彼氏がいる』という二つの幸せ。
その両方を……ボクの恋人は、怜二君は、与えてくれた。
(もっと、色々返せるかな……)
怜二君はボクのことを受け入れて、甘やかして、愛してくれる。
だから、ボクだけがわがまま言ってばかりもいられない。
元々、怜二君は自分の望みを口にすることが殆どなかった。
欲がないというより、自分が何かを求めるのは悪いと思っていて。
そして、それすらも察せられないようにしていた。
(愛してるよ、怜二君)
だから、ボクにも聞かせてよ。怜二君の望み。
ボクにぐらい、ボクぐらいの無茶苦茶なわがままを言ってよ。
そうしないと、ボクだけ幸せになっちゃう。
二人で幸せになった方が、ボクだって幸せなんだから……