233.乙女モードは止まらない
「ごちそうさまでした」
お互いに食べさせあう、長い昼食が終わった。
どれもこれも美味しかったし、何よりも。
「お母さんも言ってたけど、怜二君って美味しそうに食べるよね」
「実際に美味しかったし、雫の愛情を味覚でも感じられたからな」
「えへへ♪ 料理は愛情ですから♪」
最低限食える味であるということを前提として、愛情は大事。
そして最低限どころじゃなく美味しかった以上、この幸福感は当然。
「……っと、ところで聞きたいことがあるんだけどさ」
「何だ?」
「さっきの子のお母さん、プールの時も怜二君に迷惑かけたって言ってたよね?
一体何されたの?」
「あー……」
これ、言っていいんだろうか。
一応は男子もいたとはいえ、女子とプールに行ったことを話すことになる。
あの時はまだそういう関係じゃないと思って誘わなかったが……
「まぁ、大したことじゃない」
「へぇ……それじゃ、目が泳いでるのは何で?」
エスパー発揮されるまでもなく、目に出てしまっていた。
……このままだと怪しまれるだけだし、仕方ない。正直に話すか。
「プールには透と秀雅を誘ったんだけど、透が門倉と古川先輩も誘って。
で、あのガキが門倉の水着盗んで、その濡れ衣を着せられたんだよ」
どうなるだろうか。付き合う前のこととはいえ、いい気分はしないだろう。
だが、下手に嘘をついたところでバレるだろうし、選択肢はこれしかない。
この後の雫の反応によるが……どうなる?
「なるほど、大変だったね」
「あぁ。秀雅が現場見てくれてて助かったわ」
「東君、結構しっかりしてるしね。……ところで怜二君。
門倉さんと古川先輩も行ったということは……二人の水着姿、見たよね?」
「……そうなる」
……さて、ここからだ。一体どんな反応をするのだろうか。
嫉妬か、怒りか、失望か。いずれにしても正面から受け止めるし、受けるしかない。
覚悟は既に出来ている。
「怜二君」
「……はい」
「やっぱりボクも海に行く。そして怜二君に水着姿見てもらう」
「え!?」
予想したどれでもなく、『決意』!?
一番近いのは嫉妬かもしれないけど、思い切り方がおかしいだろ!?
「だって、ボクは怜二君の彼女だよ! それなら当然だよ!
怜二君って優しいから、二人のことも変な目で見てないと思うけどさ、
ボクのことぐらいそういう目で見てよ!」
「ちょっと待て! お前大変なこと言ってるぞ!?」
「他の人にだったら嫌だけど、怜二君にだったら見られたいもん!
それとももしかして、門倉さんや古川先輩みたいな身体の方が好き?」
「そういう訳じゃない! 俺は雫の身体が……あっ」
同じパターンでやらかした!
俺の馬鹿野郎! 学習機能ぐらいつけろよ!
「よかった。それならボクも水着になれば勝てるね」
「……言っとくけど、俺は雫のことが好きなんであって、
雫の身体だけが好きって訳じゃないからな?」
「でも、ボクの中には身体も含まれてるから、
ボクの身体も好きだよね?」
「……あぁ」
そりゃそうだ。最愛の彼女であるということは勿論、雫はスタイル抜群。
全体的にすらりとしているが、その中にも女の子らしい柔らかさがあり、
一部分に関しては母親である渚さんから非常に強く遺伝したのか、
恐らく食べたものの大部分がそこに行ってるんじゃないかというサイズ。
そして、俺はそんなわがままボディを……
「よし、今の内から水着探そうっと。怜二君の希望は?」
「水着の種類なんてそんなに分からんが……あんまり肌出てないヤツで」
「となるとタンキニかワンピースかな。うん、それなら大丈夫。
もしかして、ボクに気使ってくれた?」
「それも少しあるが、俺もあまり他人に見せたくないし」
「心配しなくても、怜二君以外に見せる気はないよ。
それと、怜二君用に布が少ないのも買うから安心して♪」
「買わんでいい!」
初めて雫の家に行った時の、風呂場でのハプニング。
布が少ないどころか、タオル一枚しかなかった姿。
そこまで見てしまったんだから、対抗心持つ必要なんてないっての。
昼食後、デパートのアクセサリーショップで指輪を探す。
同じものは無かったが、デザインが近いペアリングが見つかった。
「これいいな」
「うん、後はサイズだね」
付き合って初めて買う、お互いへのプレゼント。
婚約前の婚約指輪、という所だろうか。気の早い話ではあるが、
きちんと自立できた先にそういう物が存在している以上、
どうしても意識してしまう。
「それじゃこれを。……ふふっ、嬉しくて仕方ないや。顔が緩んじゃう」
「俺も」
あまり高価なものではないが、他のどんなものよりも輝いて見える。
勿論、『雫の笑顔を除いて』という前提の上でだが。
「初デートでペアリングつけられるなんて、夢みたい」
「俺も夢かと思ったんだが、意外なことに現実なんだよ」
昨日は寝る前にほっぺたを思いっきりつねった。
間違いなく痛かったし、この奇跡は現実の出来事。
醒めるななんて願いは、夢じゃないから必要ない。
一秒一秒、雫と同じ時を過ごしているということを感じればいい。
「さて、と。それじゃ交換しよっか」
「ん」
差し出された左手にそっと手を沿え、薬指にリングをはめる。
俺も手を差し出し、同じ指にリングが入っていく。
これで、新たな恋人の証が完成。
「なんか、照れちゃうね」
「思ったより恥ずいな」
無機質な金属でしかないのに、くすぐったい。
それだけ大切なものではあるんだけどさ。
「それじゃ、次はクリスタルに行こっか」
「了解。ふにゃるのは適度にな」
「砂漠に置いた氷に『溶けるな』って言うようなもんだよ?」
「OK。諦めた」
そうだろうなとは思っていた。こういう面もまもなく知られる。
それじゃ、独占できる内に楽しむか。できなくなってからも楽しむけど。
「ふわぁ……ふかふかぁ……」
自分の背丈よりも大きいぬいぐるみに抱きついてご満悦。
顔を埋めてるから表情は見えないが、えらいことになってるに違いない。
「雫ー。帰ってこーい」
「もうちょっとだけ……あと50時間」
「2日超」
何事にも無関心だと思ったら、可愛いものに目が無い普通の女の子。
なんならむしろ平均以上に好きかもしれない。
このまま雫を眺めているのもいいが……もう、それじゃ足りない。
「ほら、来い」
「あっ……」
そっと、両肩を掴む。
無抵抗状態になったところを軽く引き寄せれば、綺麗に離れて。
「ぬいぐるみ程柔らかくはないけど、こっちもな」
「……あったかい」
くるりと正面に向き直り、今度は俺を抱きしめてくれる。
いくらファンシーグッズが好きといっても、負ける訳にはいかない。
人間として、男として、そして雫の彼氏として。絶対に譲れない。
「背、伸びたよね。今どれぐらい?」
「身体測定の時は168だった。今は分からん」
「170は超えてるよね? 173センチぐらい?」
「多分その辺」
『食べる』『鍛える』『寝る』は成長の三要素。
それをしっかりと(昼食はアレだが)回していたら、視点が高くなった。
声変わりとかも遅めだったし、俺の成長期は全体的に後ろ倒しらしい。
「理想のカップルの身長差って15cmって聞くけど、怜二君は?」
「特にこだわりはないな」
「ボク丁度160センチなんだよね。うーん、惜しい」
「この場合は俺が頑張るしかないな」
「あ、でもあんまり高くなりすぎても困るな。背伸びキスできない」
「俺が屈めばいいだろ?」
「背伸びしたら丁度届いたって感じでキスするのは、女の子の憧れなので」
雫が夢想する事柄は、全体的に少女漫画チック。
そして、それを叶えてやるのが俺の務め。
「それじゃ、適度に伸びるように祈ってくれ」
「分かった。でもどうしよう、抱きつく時とかだとまた違うんだよね。
どれか一個しか満たせないのが悩ましい」
「俺は相手が雫なら、何だっていいけどな」
「怜二君。そう言えばボクが喜ぶと思ってる?」
「違った?」
「違わない。……ボクも、怜二君とイチャつけるなら何センチでもいいや」
理想の身長差は人やものによって色々だが、これだけは確か。
俺と雫の心の距離は、0cm以外にねぇよ。