162.自己サポート
うちのクラスの模擬店の客入りは上々。
かぶりの懸念があったが、コスプレを各自の持ち寄りにしたのはうちだけらしく、
思いがけなく差別化に成功していた。
「お待たせ致しました、パンケーキセットでございます。
ごゆっくりどうぞ」
「うむ、苦しゅうない♪」
来るのは全体的に3年生が多い。先輩風吹かせなくても給仕させられるからだろうか。
あと、意外と男女偏り無く来ている。こういうのって男ばっか来ると思ってた。
透とか陽司辺りはこの後のシフトだから、この時間には来ないと思ったんだが。
「はい、あーん♪ 美味しい?」
「うん、おいちぃ」
(キモっ)
俺が止めるべきだったかな、スペシャルシート。
幸い雫はちゃんと拒否したらしく、顔写真載せられていないが。
「お待たせ致しました、ソフトクリームです。ごゆっくりどうぞ」
「あ、これはどうも……ありがとうございます」
仕事ぶりは問題なし。3年生でさえ敬語になる辺り、流石は女神様。
こっちの面を発揮してるのを見るのは久しぶりだな。
学校以外で接する時間も結構多かったし、改めて見るとやっぱりオーラが違う。
(衣装からして既に、な)
俺含め、大体の奴は『着ただけコスプレ』そのものとしか言えないが、
雫の巫女姿は完全に本職のそれ。コスプレの範疇を思いっきり逸脱している。
知らない人が見たら、確実に神職の家系だと思われるだろう。
(……可愛いな、本当に)
ドキドキが止まらない。
仕事に打ち込もう。何か他のことをしないと頻脈で倒れそうだ。
「怜二ー! スペシャルシートの指名入ったぞ!」
「は!?」
おい待てサル!? 俺言ったよな、やるつもりないって!?
というか何で俺に指名入った!?
「俺はやるつもりないって言ったろ? だから写真も飾ってないし」
「それは聞いたし、写真も飾っていない。
だが……写真飾ってない奴は指名されないとは言ってないし、
写真飾ってない奴を指名してはいけないとも言ってないんだなこれが♪」
「この馬鹿野郎!」
解釈の仕方が完全に詐欺師のそれじゃねぇかこの猿野郎!
俺の衣装でスペシャルシートだと洒落にならねぇんだよ!
「ミスターコンのこともあるしさ。ほら、見てみ? カワイコちゃんのご指名だぜ?」
「あのなぁ……」
リボンの色を見るに1年生。何故か、やたらキラキラした目でこっちを見てる。
正直、断りづれぇ。雫の前でホストみたいなことはしたくないんだが。
いや、だったらハナからこの衣装選ぶべきじゃなかったとは分かるけども。
(でも、断るべきだよな)
何かを得る為には、何かを捨てる。そして、手を下すのは俺自身がやる。
俺に関わってることだし、これは基本中の基本の形だ。
「あっ、先輩!」
「ごめんな。俺、指名できねぇんだ。指名できるのは写真がある奴だけなんだよ」
「え、あちらにいらっしゃる先輩は……」
「ルール上はこうなってるんだ。悪いけど、分かってくれ」
「……はい、分かりました」
しゅんとしてる。心苦しいが、きちんとせねば。
それにしても、俺を指名するだなんて変わった後輩もいたもんだ。
特に関わった覚えはないんだが……
「サル。写真載ってない奴が指名受けたことはあるか?」
「今んところお前が初めてだな」
「じゃ、コレ以降は許可しないように。前例できるとなし崩しになるから」
「えー」
「えーじゃねぇよ。そもそも金は付いた奴に丸ごと入るんだろ?
お前に何の得があるってんだよ」
「何か注文してくれれば売り上げ上がるし、何より面白い!」
「……お前に多少なりとも道徳心があることを期待した俺が馬鹿だったよ」
ともあれ、これで雫がスペシャルシートに行く危険は無くなった。
ごめんな、後輩。
シフトの時間もまもなく終わる頃、考えることは一つ。
どこを回るかでもなければ、ミスターコンのことでもない。
(どうやって、雫を誘おうか)
この文化祭は、距離を詰めるチャンスだと考える。
華麗にエスコートなんて柄じゃないが、二人で楽しみたい。
ここは……正攻法で行くか。そろそろ、大丈夫なはず。
「水橋、上がったら一緒に回らねぇか?」
「うん、いいよ」
なるべく回りに人がいないタイミングで、そっと。
よし、上手く行っ……
「俺も入れてくれよー!」
……主人公というのは、得てしてタイミングがいいもの。
透がここで戻ってくるか。だが、さして問題ない。
「お前のシフト、この後だろ? さっさと着替えとけや」
「えー? ちょっとぐらいいいじゃーん」
「よくねぇよ。いい加減分かれ」
透のシフトは、俺と雫が上がった直後にある。
あいつは女子と近づくに当たって、毎回なし崩し的に行くが、
その一方でこういう細かいところに気を回さない。
だから、勝手にシフトを決めるのは容易だ。
「スペシャルシートの指名を受け付けるのも希望したんだよな?
シフトの時間帯にいない訳にはいかないだろ」
「でも、雫ってこういうの不慣れじゃん? 俺がエスコートして……」
「藤田君がいるから。神楽坂君はシフトに入って」
「何言ってんだよ。怜二より俺の方が……」
「無根拠な自信で出しゃばるのはやめろ。ほら、もう時間だからさっさと着替えて来い」
「……チッ」
露骨な舌打ちをして、教室を出て行く。
去り際に隣から聞こえた言葉を聞けたのは、俺だけであって欲しい。
「……回るなら、藤田君とがいいし」
主人公を難聴とするなら、脇役は地獄耳。
少なくとも俺は、はっきり聞き取れた。