163.文化祭デー……ト?
俺と雫のシフトが終わり、着替えに行こうとしたところで、サルから声が。
「ちょっとコレ持って校内回ってくれね? 軽くでいいからさ」
と、言われて渡されたのは、校内各所に貼ってあるうちの店のポスター。
何故今更と思ったが、「こういう店員いるってことをアピールしたい!」とのこと。
確かに、この時間帯は透や陽司、穂積とかはシフトに入ってるから、
俺はともかくとして、容姿レベルとしては雫が適当なんだろうけど。
「俺はいいけど、水橋は?」
「少しだけなら」
この階を回るぐらいなら、数分ぐらいだろ。
それじゃ、少しだけ巫女姿の雫と一緒に歩くか。
「2-1行こうぜ」
「えー? メイド見飽きたんだけど」
「あれ見てみ」
「話変わったわ」
予想通り、視線は雫に集中。そして聞こえるわ聞こえるわ店に行こうとする声。
俺は完全に付属品だな。最近妙に褒められるから勘違いしかけていたけど、
しっかりと意識を現実に引き戻してくれた。
「それ、歩くの大丈夫か?」
「うん」
足袋に草履と、足元まで完璧な巫女装束。
ホスト衣装なら革靴を履くべき所、いつも通りの上履きの俺とは大違い。
確か、ここまでやってるのは雫だけだった。他は衣装着ただけで、俺と同じく上履きのはず。
……このクオリティ期待して来店されると困るな。
「小腹空いたな。何か食う?」
「さっきのタピオカミルクティーがいいな。けど、衣装汚せないから」
「あー、そっか。真っ白だもんな」
ちょっとでも飛び跳ねたら大惨事だからな。
この神聖な雰囲気を保つためには、この衣装は僅かにも汚せない。
「巫女、やりたかったん?」
「うん。最初はメイド服にしようかなって思ってたんだけど、
お兄ちゃんに勧められた。私も気に入ったし」
海、ありがとう。個人的にコスプレはメイドより巫女の方が好きなんだ。
雫の凛とした佇まいを考えると、こっちの方が似合うし。
ただ、メイド服ならそれはそれで冷静かつ有能な従者という感じもするし、
何なら思いっきりネタ系でもちぐはぐさが面白可愛いことになるし、
何をどうしようが、魅力倍増という結果は変わらない。
それが、水橋雫という少女にコスプレを掛け合わせることによる相乗効果。
「足袋って初めて履いたけど、何か馴染むんだよね。
ぴったりする感じが気持ちいい」
「へぇ。五本指ソックスみたいな感じか?」
「そっちは履いたことないから分かんないや。普通の靴下しか持ってないから」
「そうか」
普通の……いや、アレは普通カテゴリなんかな。
雫の家に呼ばれた時に、猫柄のニーソックスがあったことが判明したんだが。
ニーソの時点であざといという声もあるらしいんだが、どうなんだろ。
もっとも、雫は何を着ても(履いても)可愛いから、些細な問題か。
「戻って着替えたら、タピオカだな」
「その前に八乙女さんのクラスに行きたい。前売り券買ったんだ」
「水橋も買ったのか。縁日セットだよな?」
「うん。色々食べられるし、割安だったから」
文化祭が例年通りやることが決まった日の翌日に、八乙女は来た。
「フランクフルトと焼きそばのセットです! 当日より50円安くなってます!」
ということで購入。昼飯にしろ軽食にしろ丁度いいだろうし。
どのみち寄る予定だったから、買わせてもらった。
それじゃ、ぼちぼち戻るか。
案の定、透はスペシャルシートにいた。
この時間帯に穂積がいないことは知っているが、いたとしても断らない気が。
……で、こういうことになる可能性もあると、考えが及んでなかったんかね。
「楽しいー♪」
「あぁ……そっすか……」
透の隣にいたのは、古川先輩以上に肉が付いているが、背は普通の3年生。
つまり非常にデ……恰幅のいい先輩。透は完全にげっそりしてる。
「陽司、お疲れ。ヤバい奴来たか?」
「今の所、そういった奴は来てないな」
「よかった。ま、本チャンは明日の一般公開だし、任せたぜ」
「おう、任された!」
ホスト役はイケメンが人気するというのは当然だが、客が誰かは分からない。
だが、ホストに何を求めるかとなった場合、一つは『擬似恋愛』。
つまり、基本的に恋愛に飢えている奴が客である場合が多く、
そう考えると……うん。
(主人公補正があれば、美少女が来まくると思ってたんかね)
主人公性がはがれつつある今、自然の摂理を覆せる程の補正はかからない。
シフト終わるまでは頑張れ。そして、雫のエスコート役は譲れねぇよ。
「いらっしゃいませー! あ、怜太先輩に水橋先輩!」
八乙女のクラスは焼き物系中心か。ホットプレートが何台もある。
客層は男子中心だな。体格からして運動部所属の体育会系の。
「売れ行きはどうだ?」
「おかげ様で大盛況です! 前売り券はお持ちですか!?」
「あぁ。頼んだぜ」
「かしこまりましたーっ! テイクオアテイクオフ!?」
「飛び立ってどうする。量が量だし、ここで食うよ」
「私も」
「かしこまりましたーっ! こちらの番号札を持ってお待ち下さい!」
『⑧(前売)』と書いてあるピンクの画用紙。
数字は捌けた前売り券の枚数か? 混んではいるが、人数そこまでではないし。
「なぁ水橋、コスプレってどこで買ったんだ?」
「ネットで。草履は家にあったし、足袋は何故かタンスの奥にあったんだ。
注文してからあんなことが起きて、どうしようかと思ったけど」
文化祭が潰れていたら、雫の巫女姿を見ることも無かった。
こういう機会以外で着ることはないだろうし、本当によかったな。
「藤田君のは?」
「翔から貰ったから分かんねぇけど、ガチのスーツってことはないと思う。
ヅラはどう見てもパーティー仕様だし」
「結構似合ってたよね。染める?」
「そんな気は毛頭ない」
「毛だけに?」
「……あ」
「狙った?」
「いや偶然」
「ふふっ♪」
雫の笑顔を見て、ふと数ヶ月前のことを思い出す。
初めて購買に行った時の、異常な避けられ様。状況を本当の意味で知った日のこと。
今は、こうして文化祭の模擬店に来ても避けられたりはしない。
一年生も入ってきたし、妙な噂による神格化も、それなりに薄まってきたのかもしれない。
「番号札ピンクの8番と9番でお待ちのお客様ー!」
「はい」
「お待たせ致しました! 縁日セットです!」
「サンキュ」
結構なサイズのフランクフルトと、思ったより多めの焼きそば。
具材もそこそこ入ってるし、普通に昼食になりそう。
「そうそう、先輩方が文化祭を元通りにしてくれたと聞きました!
クラスの皆も感謝しています! 勿論、わたしも!」
「水橋がいい仕事してくれたからな」
「藤田君が頑張ったからね」
「それならお二人に感謝するべきですね! ありがとうございます!」
綺麗な90度お辞儀。いつも無茶苦茶だが、こいつが礼を失したことはない。
だから大体のことは大目に見ようと思えるし、何かやらかしても憎めない。
「あと、水橋先輩。いつも練習にお付き合いして下さってありがとうございます!
新人戦は期待して下さいね!」
「八乙女さんは頑張ってるから、いい結果が出ると思う」
「はい! ありがとうございます!」
(……もしかして)
夏休みの朝練に参加したことで、雫は八乙女との繋がりもできたんだよな。
このことが、雫が腫れ物扱いされなくなった理由の一つに関係しているのかも。
こいつは雫に対する先入観はない。仮にクラスで雫のことを話すとすれば、
その内容は練習に付き合っている時の雫をありのままに話す、ただそれだけ。
加えて人を肯定的にしか見ないから、悪評を流すということはない。
実際、八乙女が嫌がることを雫がするなんてありえないし。
(だとすれば、八乙女には感謝しないとな)
新年度から半年で、雫の置かれている状況はかなり好転した。
この文化祭も、しっかり楽しませないとな。




