156.誰だお前!?
翌日の放課後、生徒会室。
俺と雫にサル、そして会長で手分けして、話し合いに参加してもらう為の召集をかけた。
俺はボイコット賛成派のトップを任されたので、八乙女経由で呼び出した。
幸い、門倉みたいに頭の固いタイプではないらしく、話す余地があるならということで、
簡単に呼び出すことが出来た。
雫は上田先生、会長は門倉と副会長である陽司のアニキさんを呼ぶことに成功。
最難関の山内先生はサルに任せた。
「文化祭の件は伏せる。話し合いの場だけ教えてくれ。
山内なら、100%呼べる方法がある」
その方法は、喧嘩が起きていると伝えること。
(かなり酷く凝り固まっているとはいえ)正義感のある教師なので、すぐ現場に来る。
文化祭の話し合いということでは来そうになかったし、マークを考えるとサルが適任。
本当に、助けられた。
「では、臨時生徒会を始めさせて頂きます。議題は、文化祭についてです」
ここにいるのは8人。深沢会長、茅原副会長、ボイコット賛成派のトップの1年生、堂島、
山内先生、上田先生、門倉、そして俺と雫。
当初、俺は居たところで見守ることしかできないと思ったが、
会長から「君達も話し合いに参加して欲しい。麻美君を落ち着かせてはくれないだろうか」と言われ、
結果的に話し合いに参加することとなった。
「だから文化研究発表会でいいって言ってんだろボケ!」
「山内先生、粗暴な言葉遣いは控えるべきですよ。そして、その話し合いをこれからするんです」
早速、会長に食ってかかる山内先生を、上田先生がたしなめた。
話し合いをスムーズに進行させるには、山内先生をいかにして黙らせるかが重要だな。
ただ、その一方できっちり吐かせる必要もあるが。
「ここで皆さんに、聞いて頂きたいものがあります。健一君、例のものを」
「はい、かしこまりました」
俺は副会長のことを、陽司のアニキとしか知らなかったが、ひょんなことから新事実を知った。
八乙女が言っていた、陸上部で唯一やる気のあった先輩、『健一先輩』とは副会長のこと。
陽司と同じ血を受け継いでるなら、悪い人ではないと思っていたが、それどころじゃない。
あの腐りかけてる陸上部でやる気を持って活動してたって、相当だろ。
曰く、「八乙女は大成するよ。陸上の才能も、努力の才能もある」とのこと。
直接伝えるのは小恥ずかしいからしていないそうだが、伝えたら大喜びするだろうな。
「今から流すのは、ある人物の音声です」
ここで身構える。席も事前に相談して決めた。
しっかりと距離は取っているし、雫と門倉の間には俺、上田先生、副会長がいる。
このポジションなら、問題ない。
『失礼します。2年1組の水橋雫です。山内先生に用があって参りました』
『どうぞ』
『失礼します』
『おう、用って何だ?』
『文化祭の件でお話が。ボイコット運動が起きていることはご存知ですか?』
『あーアレ? ったく、面倒なもんだよな。ま、やらんならやらんでいいけど』
『……え? 先生は、文化祭がボイコットされてもいいんですか?』
『いらねーよあんな下んねぇもん。ガキのお遊びに付き合わされる身にもなれ』
『お遊びということはないと思いますよ。大切な思い出作りです』
『うるせーな、いらねーんだよ文化祭なんて。ほら帰った帰……』
「それ止めろ!」
長机を蹴飛ばしながら、会長に向かって一気に突っ込む山内先生。
それを副会長、上田先生、堂島の3人がかりで取り押さえる。
「離せコラ! 水橋、テメェやりやがったな!」
会長に向かうのが難しいと判断するや否や、怒りの矛先を雫に変えた。
だが、こっちには俺がいる。
「ざけんなカス。お前のせいで何起こってると思ってんだカスが」
「あんだと!?」
流石に喧嘩で山内先生に勝つのは難しい。だが、わざと暴言を吐いて囮になることはできる。
目的は山内先生に勝つことではなく、雫に危害が加えられないことだ。
「このクソ野郎が!」
「っ!」
伊達に不良生徒を暴力で更生させてねぇな。まともに喰らったらヤバイ速度だ。
だが、怒りに任せてるから単調だ。避けることに集中してれば、さして難しくない。
別に殴り返す必要はないんだ。正直、殴りたいぐらいムカついてはいるが。
「ちっ、ちょこまかしやがって!」
「いい加減にしろ!」
「もう諦めろよ!」
「あなたはまた暴力に頼るつもりですか!」
また堂島と上田先生に取り押さえられたが、未だに暴れてる。
言葉は届きそうにねぇし、こっちから殴るっていうのもまずい。
これはどうするかね。
「……山内先生。もう、やめましょう」
(えっ……?)
ずっと沈黙を守ってきた、門倉が声を出した。
内容は、いつもの嫌味でもなければ、ここ最近の支離滅裂な暴言でもない。
とても落ち着いた、進言。
「あぁん!?」
「私も、文化祭は文化への造詣を深める為の行事だと思っていたから、賛同しました。
でも、例えお遊びになってしまったとしても、文化祭自体が無くなるのは嫌です。
……模擬店、認めましょう?」
ここに来て、考えを翻すとは。
どういう心境の変化か分からんが、今はその原因を探る時じゃない。
驚きのせいか、山内先生の動きも止まった。ありがたく、乗らせてもらう。
「堂島。模擬店ができるようになったら、ボイコットは撤回するか?」
「え? そりゃまぁ、俺としては面白くなくなったのが原因ですし、
理由もなくボイコットなんてしないッスよ」
「私も例年通りにやるつもりだ。慣行を打ち破ることはしてきたが、それは必要があったから。
何の理もなく、模擬店を廃止し、文化研究発表会にするつもりはない」
「同じく。ところで会長、これ誰が発端なん? 模擬店なしの文化発表会って」
「お、お前ら黙れ!」
「僕が知る限りは山内先生だね。他の先生方はどうでもいいって感じだった。
ここまで大事になってから騒ぎ出すなんて、本当に情けない限りだよ」
「上田ァ! テメェ、若造の癖に……」
「力のない若造だから、知恵を駆使するんですよ」
「深沢! お前いつも言ってたよな、旧体制を打ち砕くって!」
「それはあくまで手段であって、目的ではありません。
そして今行うべき慣行の打破はただ一つ。あなたの、生徒会顧問罷免です」
「ハァ!? そんな規約ないだろ!」
「無いなら作るまで。決議を取り、集会を行います」
「僕も手伝うよ。元々が鹿島先生から強奪したようなもんだ。
先生方を説得するのは任せといて」
「この野郎……門倉! お前は分かるよな!?」
ほぼ全員から反論され、どんどん追い詰められていく中、まだ食い下がるか。
後は山内先生と強い信頼関係を結んでいる門倉が何を言うか。
さっきの言葉の時の気持ち、変わるなよ……?
「えぇ、分かりましたよ」
(なっ!?)
「ほら見ろ! お前らは……」
「山内先生の考えと、私の考えは似て非なるものであると」
「間違って……へ?」
……? とりあえず、最悪の方向へは行かなかったが、どういうことだ?
似てるのは知ってる。『非』は何だ?
「私は学業を全うする為に、文化祭を文化研究発表会にすることに賛同しました。
ですが、文化祭そのものがなくなることには、全く同意していません」
「う、嘘つけ! あの時確かに……」
「文化祭自体を消滅させ、地域の皆様との交流の機会を失うぐらいであれば、
模擬店を認め、ボイコットを撤回させた方がはるかに有意義です」
「お前! 模擬店なんて下らないって……」
「お遊びに近いものだとは思っていますが、下らないとまでは言ってませんよ。
擬似的な職場体験と考えれば有意義ですし、それもまた学業の一環。
その機会を失うことを、私は望んでいません」
これで、確定した。門倉は模擬店を廃止することを主眼にしていない。
真の目的は、学業の一つである文化祭を成功させること。
山内先生は違う。目的は文化祭を壊すことで、内容はどうでもいい。
恐らく、文化研究会を提案したのも、門倉を利用する為だ。
「皆さん、この度はお手数をかけまして申し訳ございません。
今年の文化祭を文化研究会発表会にするというのは、私の独断専行でした。
混乱を招き、ご迷惑をおかけしたこと、謹んでお詫び申し上げます」
ゆっくりと立ち上がり、謝罪の言葉を述べ、深々と頭を下げる。
今までの行動からは予想だにできない、最も遠い位置にあると思われた行為。
『自分の非を認め、謝る』ということを、門倉は行った。