130.今は昔? 今は今だろ。
朝食を終えた後、雫の部屋へ。
元々の予定は勉強会。ということでテスト勉強を、と思ったが。
「復習するところがないね」
「100点じゃな……」
テキストをいくらやっても、不正解が出ない。
雫が持ってた問題集も貸してもらったが、すぐに解けた。
これ以上のテスト対策は、あまり意味が無さそう。
どうしたものかと思案していると、雫が意外な提案をしてきた。
「ねぇ、折角ボクの家に来てくれたんだし、遊ばない?
お兄ちゃんに言えば、ゲーム機貸してくれるし」
「いいのか?」
「むしろお願い。オンライン対戦も楽しいけど、やっぱり友達とやってみたい」
「そういうことなら」
たまには、気楽にいてもいいか。
俺本位のこともそれなりにやる。脇役脱却の為にすることの基本。
楽しませてもらおうか。
「ちょっ、また!?」
「ふふ、油断したね♪」
予想はしていたが、やっぱりこうなるか。
海から借りたソフトはレースゲーム。男子連中とやる公道を模したものではなく、
人気キャラクターを用いた定番シリーズの最新作。
雫は妨害アイテムの使い方が上手過ぎる。さっきからやられっ放し。
「くっそ、旧作の経験はあったんだが……」
「今はアイテム増えてるし、コースもトリッキーになってるからね」
「それは分かるんだけどさ。あー、悔しい」
でも、楽しい。対戦ゲームは楽しいものであるはずだが、透とだとこうならない。
手加減しないとふて腐れて空気が悪くなるから、しんどかった。
そのくせ、ゲームスキルは全然だったし。
「楽しそうにしてるじゃねーか。なぁ、俺も入っていいか?」
嫌な過去を思い出したが、楽しい今に引き戻された。
このゲーム機を貸してくれた海が、参加を所望している。
「あぁ。っていうか、これ海のなんだろ?」
「コントローラー持ってきてる相手に断るつもりはないよ。
みんなでやろう」
「サンキュー! それじゃ設定してっと……」
海のゲームスキルはどれほどのものなんだろうか。
所有者であることを考えると、それなりに強いと思うが。
「また成功!?」
「そこ行けるの!?」
「はっはっは、兄をナメんなよ!」
それなりなんてもんじゃなかった。最早変態の域。
フレーム単位の超スピードと精度が求められる操作を次々と決め、
アクロバティックにコースを走破していく。
「海、これどんだけやりこんでんの?」
「インドア派なもんで、休みの日はほぼ一日中やってるな」
「お兄ちゃん、ゲーム大好きだもんね」
雫は天才的なセンスで、少ない時間でも上手いプレイを身につけられるとすると、
海はとことんやり込むことで、圧倒的なテクニックを身につけているというところか。
いずれにしても、凡人の俺じゃ歯が立たない。多分、秀雅でも厳しい。
「他のソフトにするか? 怜二、何が得意よ?」
「うーん……普段やってるのが一人用ばっかなんだよな。
強いて言うならスポーツ系? ただ、何やっても勝てる気がしねぇけど」
「ま、俺はゲームの中ではメジャーリーガーにJリーガー、
賞金王にグランドスラムと、世界的なトップアスリートだからな」
「現実ではバット一振りで腰をやらかす有様だけどね」
「……だから、現実逃避がいるんだ」
「切実」
秀雅が恋愛ゲームに傾倒するみたいな原理か。ジャンルは全く違うけど。
自分じゃ出来ないことをゲームの中での自分にやらせるのも、楽しみ方の一つ。
RPGとかは、どれだけ主人公に感情移入ができるかどうかで評価が左右されるしな。
(俺の場合、村人とかの方が気になったりするけど)
RPGの勇者にとって、人の家のタンスや壷の中を漁って金やアイテムを取るのは当然の行為。
俺もゲームだと割り切ってやってたけど、どうも村人の方に感情移入してしまう。
脇役補正のせいか、何でも現実的に考える癖があるから、現実逃避するのも苦手だし。
それだったら筋トレとかしてる方が気分転換になった。
「なぁ怜二。やっぱりつまんねぇか?」
「え?」
「さっきから難しい顔してたからさ。ボコボコにしてる俺が言うのもなんだけど」
「いや、そんなことねぇよ。楽しんでる」
俺は何で、こんな楽しいことをしながら過去の嫌なことを思い出してるんだ。
楽しむ時は手放しで楽しまなきゃ、雰囲気を曇らせてしまう。
……悪い癖だ。これじゃ、負ける度に不貞腐れる透と変わりねぇじゃねぇか。
負けることに悔しさはあるけど、それはどうだっていい。
いちいち私情を持ち込んで、周りに迷惑をかけてどうすんだよ。
「勝ち負けは二の次。悔しいっちゃ悔しいけど、雫や海とするゲームがつまらない訳がない。
どんなゲームをするかより、誰とゲームをするかの方が、俺にとっては大切だ。
難しい顔してたのは、こんなに楽しくていいのかなって、逆に不安になったから。
むしろごめんな。馬鹿なこと考えてただけなのに、心配かけて」
まずは、ちゃんと楽しんでることを伝えよう。
俺のせいで空気を重くしちまったんだから、俺がどうにかしねぇと……
「んー……ねぇ、怜二君」
「何だ?」
「微妙に、ウソついてない?」
「……何で、そう思った?」
「今までの怜二君のこと考えたら、何となくそう思った。
怜二君っていつも、自分の感情押し殺して、周りの人のことを大事にするからさ。
まるっきりウソって訳じゃないけど、何か隠してるような気がして」
……正解。やっぱり雫相手に嘘ついてもバレるし、結構読まれてるな。
俺という人間がどういうものか、既に知られてた。
「間違いだったらごめんね。多分、勝ち負けが二の次ってことは合ってると思うけど、
楽し過ぎて不安になったっていうのは違う気がするんだ。
言ったら気分悪くさせると思って、ごまかしてない?」
大正解。理由含めてピンポイントで当ててる。
だから、この場で言う必要は……
「ボク、前に言ったよね。グチぐらいいくらでも聞くって。ね、教えてよ」
雫は、俺をラクにさせようとしてくれている。
ここに来てから、色々と甘えてばっかりだな。
……まだ、甘えていいのかな。
「昔のこと思い出して、ちょっとな」
「もしかして、神楽坂君絡み?」
「あぁ。あいつとゲームする時のこと思い出して。常に接待プレイしてたんだ。
そうしねぇと不貞腐れるから。……悪いな、下らないこと考えてて」
「じゃ、その嫌な思い出は忘れ……たりできないのが怜二君だよね」
「雫も分かってきたな、俺のこと」
「まぁね。それじゃ、塗り替えよっか。楽しい思い出で上書き保存しよっ♪」
「……あぁ!」
この笑顔の前じゃ、俺の下らなくて薄暗い過去なんてどうでもいい。
思いっきり楽しもう!
「その思い出作りには、俺も加えてくれないか」
「私もやりたいなー♪」
「えっ?」
いつの間にか、源治さんと渚さんが後ろにいた。
話を聞かれてたみたいだが、それはそうとして。
「お二人も、ゲームやるんですか?」
「あぁ。昔はこういうのは子供がやるものだとばかり思っていたが、
これがなかなかどうして、楽しいものでな。時折やっているんだ」
「最近、家族や親戚集めて皆でゲームしたりするCMあるじゃない?
あんな感じでやるテレビゲームって楽しくて」
「それいいな。多分、親父もお袋も怜二とトントンだろうから、いい勝負になる」
「それじゃ、コントローラーもう一つ持ってくるね」
(マジか……)
確かに渚さんが言ってるようなCMは見たことあるけど、珍しいな。
家族全員がそれなりにテレビゲームを嗜むって、中々ないぞ。
大体は、ゲームなんてしないで勉強しろって……
「いつもテストは満点かそれに近い点数なのに、勉強しなさいって言える訳ないじゃない。
それに、私だってゲームで遊びたいし♪」
「……渚さん、どうやって俺の心読んでるんです?」
「一子相伝の読心術、『勘』よ」
「勘」
……深くは考えないようにしよう。
水橋家の人々、特に渚さんに対して論理的な考察など、やるだけ無駄だ。




