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129.天獄

今まで色々な窮地に陥って来たが、その中でも結構ヤバイ方。

雫が起きる前に、この拘束から抜けなければならないのだが。


(何でこんな強く抱きしめてるんだよ!)


かなりガッツリと抱きしめられている為、簡単には抜け出せそうに無い。

そして、早く抜け出さないとならない理由は二つある。

あまりもたついてるとこの現場を誰かに見られる、もしくは雫が起きて、

あらぬ勘違いをされるということが一つ。そして、もう一つは。


(……息苦しい)


渚さん曰く6番目のサイズを誇るソレによって、

呼吸に要するスペースがかなり限られているということ。

おかげで強く抱きしめられていても痛みは無いが、気を抜くと呼吸ができなくなる。


(一気に抜ける方がいいか?)


単純な筋力で言えば俺の方が上だから、雫が完全に目を覚ますより早く、

強引に頭を抜く。これが最善の方法だろうか。

身じろぎしながら目を覚まさないようにゆっくりと抜けるというのは、

このガッチリと頭を抱きかかえられている状態では厳しい。

……覚悟決めるか。一発勝負だ。


(せー、のっ!)


雫の両腕を掴んで頭から外すと同時に、体を起こしながら頭を抜く!

そうすることによって、無事に脱出……


「んにゃ……」

(うぉい!?)


動きを予測していたかのように覆いかぶさってきたんだけど!?

状況、さらに悪化した! お前本当に寝て……ってヤバイ!


(これ、息できねぇ!)


さっきはまだ多少の隙間はあったけど、完全に密閉された!

リアルに生命の危機! リアルに生命の危機が!

この際勘違いとかどうでもいい! 雫! 頼むから起きて……あ、意識が……


「んむー……ん? あれ、ねこまるじゃない……ふぇっ!?」

「かはっ!」


ギリギリセーフ! 死ぬかと思ったけど死んではいない!

とても綺麗な川が見えた気もするけど渡ってはいない!


「何で怜二君が!?」

「起こそうとしたらねこまると間違って引っつかまれた上に

 寝返り打って俺の上に乗っかられて呼吸困難になったんだよ!!!」


勘違いされないように、一気に。

柔よく剛を制すとは言ったものだ。どんなに柔らかいものでも、

それが相応の大きさであり、なおかつ使い方次第では凶器になる。

……いや、多分意味違うけどね?


「え……そうなの?」

「雫さ、抱きつき癖あるって言われたことないか?」

「お兄ちゃんになら……もしかして、ねこまるがいないのって」

「俺が引き抜いた。で、その後抱きかかえたのは俺の頭だ」

「あー……ごめん、重かったよね?」

「重くはなかったけど、窒息するとこだった」

「窒息? 何で……あ……うぅ」


自分の胸を抱きしめてる。……マズった。これセクハラになったか。

もっと言葉を選ぶべきだったな……


「……ごめん。俺がしっかりしてればよかった」

「ううん。こっちこそ、余計なものを……」

(余計な訳があるか)


なんとも微妙な空気になってしまったが、起こすのを頼まれていたんだ。

まずは、1階に連れて行こう。




「おはよう。そしておかえり。で、どうだったよ?」


悪びれる様子も無く、海は笑みを浮かべる。

どういう意図だったのかは知らんが、大変な目に遭ったよ。


「どこまで知ってたんだ?」

「俺が中学生になってから、雫が中学入るまでは起こしてたって言えば分かるか?」

「……頂きます」


もしかしたら、半身乗っかられるという経験まではしてないかもしれないし、

年齢の違い的にじゃれ合いじゃ済まなくなってるから、今回のことに関しては、

あまり詳しく話さない方がいいだろう。


「一通り用意してあるけど、何塗る?」

「えーっと、マーマレード頂けますか?」

「はい、どうぞ。一応、私の手作り」

「そうなんですか」

「お母さん、大体何でも作っちゃうからね」

「胃袋を制する者は恋を制す♪」

「俺が、その結果だからな」

(なるほど)


俺の好みだが、トーストにはマーマレードかブルーベリー。

甘い系より酸っぱい系の方が好き。


「頂きます」


トーストを齧る。うん、マーマレードは程よい酸味だし、パンは凄くもっちりしてる。

小麦の香りも豊かだし、間違いなく上質な食パンだ。

何も塗らなくても美味しいだろうけど、渚さんの手作りジャムもいい味してる。


「お母さん、マーガリンこっちに」

「はい」


雫のトーストには、既に半分イチゴジャムが塗られている。

成る程、マーガリンとの合わせ技か。結構よく見る組み合わせ。

俺も2枚目は真似してみようかな。


「怜二君、君は食べ物の好き嫌いというものはあるか?」

「大体何でも好きですけど、強いて言うなら辛いものと、肉が好きです。

 料理で言うならカレーですかね。嫌いなものは……すぐには浮かびませんね」

「それはいいことだ。好き嫌いなく、何でも食べることは大事だ。

 俺は嫌いな食べ物はあるが、出されれば残さず食う」

「この顔がもっとしかめっ面になるけどね」

「柿はどうしてもな……食感が苦手だ。加工品なら好きなんだが」


会話を聞いたり、振られたら適当に話したり。

何故だろう、食卓囲むの二回目にして、何とも馴染む。……あ、そういえば。


「あの、俺の親に何時頃帰るとかって伝えました?

 昨日、俺から連絡するの忘れてまして……」

「えーっと、今日の夕ご飯の用意はこっちでするって言ったわ。

 勿論、何か用事があるとかだったら、早めに帰っても大丈夫。

 私としては、夕ご飯まで居て欲しいけどね」


思ったよりも長期滞在の1泊2日を想定されていた。

歓迎されてはいるんだろうけど、何か申し訳ねぇなぁ……

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