122.脇役系男子VS金剛系親父
「腕相撲、ですか」
「あぁ。腕相撲だ」
大きな手を開き、口元に笑みを浮かべて。
何故、突然に? 別に嫌という訳ではないが……
「力の差、相当あると思うんですけど」
「俺が相手では、役不足ということか?」
「いや逆です。分かってて言いましたよね?」
「はっはっは」
筋骨隆々、丸太のような腕。どこをどう見ても強い。
まともにやった所で、瞬殺されるのは目に見えている。
「それなら、ハンデをやろう」
そう言うと、机の上に寝かせたままの俺の右腕を起こし、手首を掴んだ。
腕相撲のハンデには、強い方が相手の手首を掴む、というものがある。
これは梃子の原理に基づく方法だ。支点は肘だから、
そこから作用点……組んでいる部分までの長さがある方が不利。
「君も腕力はありそうだし、これで丁度だろう。
ところで、この腕相撲はただの腕相撲ではない」
「……?」
「この腕相撲で、君が負けた場合なんだが」
「うちの雫を彼女にすることは、諦めてもらう」
……は?
「え……」
「君と雫は良い交友関係を築いているが、恋人となったら話は別だ。
もし、雫の恋人に名乗り出るのであれば、この俺を倒すのが条件だ。
ハンデつきの腕相撲で負けるようでは話にならんからな」
初めて会った時とは比べ物にならない、鬼の形相。
この勝負を受けたら、俺の最大の目標を懸けることになる。
相手は水橋の親父さん。見た目は勿論、実際の力も強いだろう。
ハンデを貰っても、五分の勝負すら怪しい。
(どこまで知ってる?)
俺が水橋を彼女にしたいのは事実だ。だが、それを知っている奴は限られてる。
海はこのことを知っている一人だが、そう易々口外するとは考えにくい。
サルに至っては、そもそもとして無関係。口が軽いのはこっちだが、接点が無いならどうしようも。
渚さんみたいなエスパーか、はたまた何も知らないのか……
「自信が無いなら、断ってもいいぞ」
負ければこれからのアプローチは、めちゃくちゃ厳しいものになる。
親父さんが俺を認めない状態で、水橋を彼女にできる訳がない。
しかも、この勝負は強制ではない。逃げ道が用意されている。
(親父さん、ありがとう)
おかげで、何の気兼ねも無く決めることができる。
「受けて立ちましょう」
「そう来なければな。それじゃ、やるか。男と男の真剣勝負だ」
なめられたままで引き下がれるか。こちとら半端な覚悟で臨んでねぇんだよ。
ハンデもらっておきながら敵前逃亡するような男に彼女なんてできねぇ。
これで負けるなら、俺がそれまでの男だったってこと。
厳しい戦いだが、負ける気はねぇ。この喧嘩、買った!
勝負の審判は、海がやることに決まった。
俺と源治さんの話に、かなり驚いた様子だ。
「怜二、お前本気か……? うちの親父、柔道と空手、合気道と剣道の段持ちだぞ?」
「だからこうしてハンデを貰った。俺は、勝つ気でいる」
「だけど、お前……」
口に手の平を向け、話を制止する。
源治さんがどこまで分かっているかの見当はついてねぇんだ。
知らないんだったら、今はまだ知らないままでいい。
「……勝負は時間無制限の一本勝負。いいな」
「分かった」
「おう」
俺と源治さんの顔を見た後、目の前で組まれている二本の腕の先、
互いの握り拳を覆うようにして掴む。
「始めるぞ。………レディー」
腹は括った。気持ちで負けてたら、それは勝負の結果に繋がる。
持てる力の全てを出して、絶対に勝つ。
「……ファイッ!」
声と共に、海の手が離れ、勝負の火蓋が切られた。
(ッ!)
流石、有段者。こっちは必死になってるのに、表情一つ変えない。
全力を込めているが、腕は全く動かない。
一瞬で負けるということは避けられたが、これは長期戦になりそうだ。
(それなら、根性勝負だ)
気を抜けば負ける。我慢比べだ。
純粋な力の勝負じゃないなら、十分に戦える。
俺は絶対に、負けない!
どれくらいの時間が経ったのだろう。
情けないことに、何度も諦めそうになった。
それでもここまで持ちこたえているのは、水橋のおかげ。
何度もあいつの顔が浮かび、これは負けられない勝負だと思い直す。
そして、遂にその時が訪れた。
(…………!)
僅かに、源治さんの力が緩んだ。
持久力の勝負となって、ハンデが活きたのかもしれない。
俺は既にフルパワーを出している。……なら、限界超えやがれ!
「…………らあああああっ!」
上半身全体の力を使って、全力で押し込む。
ここで勝負をつけられなかったら、負けるのは俺だ!
絶対に、絶対に、俺は……!
「負けられ……ねぇんだよ!!!!!」
「勝負あり!」
絞りに絞った、最後の一滴。
それが、どうやら奇跡を起こしたらしい。
「怜二! お前凄ぇな!」
海の声が頭に響く。
朦朧としていた意識が戻り、血圧と心拍数が戻っていく。
「……参った。俺の負けだ」
源治さんが、申し訳なさそうな顔をしている。
確かに、負けたのは源治さんだが、これはハンデ戦だ。
それでほぼ互角だったんだから、普通に勝負したら結果は見えてる。
「認めよう。君が望むのであれば、雫と更に先の関係になってもいい。
元より結果はどうであれ、勝負を受けた時点で認めるつもりだったんだ。
まさか、負けるとは思わなかったがな」
「ハンデ、頂きましたし」
「それでも、君は俺に勝ち、俺は君に負けた。その事実は揺るがない」
俺はどういう結果になったとしても、水橋を諦めるつもりなんてなかった。
認められないなら、認められるまで男を磨くまで。
自分のことを自分自身で見限るのは、もうやめたんだよ。
「そろそろ風呂が沸いた頃だろう。先に入って来い。
俺に勝った特典と言っちゃなんだが、一番風呂を譲ろう」
「ありがたく、頂戴します」
汗を流して、この喜びを噛み締めよう。
兄に続いて、親父さんにも認められたんだ。