118.家族団欒+友
椅子に囲まれたテーブルの上には、既に鍋が置かれていた。
水橋が言うだけあって、確かに美味しそう。頭使った分、腹も減ってる。
全身がカロリーを欲して、俺の内臓器官を刺激しまくってる。
「藤田君。君は、どこに座る?」
水橋のお父さんが、語りかける。
どこに、か。これは意外と、軽く考えたらダメなところだ。
席の選び方一つでも、常識があるかないかは分かる。
ここはLDKのDに当たる部分。そして洋間だ。
用意されている椅子は6つ。テーブルは長方形。四辺全てに椅子が用意されているが、
椅子が一つだけの辺と、二つ置いてある辺がある。
まず、部屋の入り口から最も遠い席は上座だから論外。
その上で、水橋家の食卓は普段、どういう席になっているかを考える。
親父さんは間違いなく上座だろう。この部屋の上座は椅子が一つだけの面。所謂誕生日席だ。
ここに親父さんが座り、恐らくはその隣か下座側の誕生日席が渚さん。で、水橋と海は並んで座る、と。
そう考えると、食卓を囲むということで考えた時、俺の座るべきは……
「では、ここで」
椅子が二つある辺の下座側。ここが最善の選択のはずだ。
普段の席が俺の予想通りなら、この席を取れば問題ない。
「そうか。渚、ポン酢はまだあったな?」
「新しいのもあるから大丈夫ね。タレ関係は結構あるから。
怜君、好きなのあったらじゃんじゃん使っていいからね」
「恐れ入ります」
「そんなに固くなんないで。君はお客様なんだから♪」
「渚の言う通り、君は客人であり、雫の友人だ。寛いでくれて構わない」
問題はないようだ。……ちょっと、深く考え過ぎていたか?
緊張はしてるけど、変に礼儀正し過ぎるのもそれはそれで問題だし。
もっと軽い気持ちで……って!?
「……席、ここなのか?」
「うん。いつもお父さんの隣」
水橋が座った席の隣は、上座側の誕生日席。そこに水橋父が座るとなれば、
俺の予想の一番重要な部分は当たったと言える。ただ、もう片方の隣……俺、なんだけど。
「…………♪」
(海……その顔は何だ!?)
笑顔でこっちを見てる。目も含めてちゃんと笑顔だけど、逆に怖い。
海のシスコンさは知ってるし、水橋の親父さんの隣だったら、海の隣でもいいということは分かるが、
それは一体どういう意味を込めての笑顔なんだ。
(俺は、どういう気持ちとテンションでいればいいんだよ……)
どれも不正解な気がしてならん。
果たして、俺はこの夕食をつつがなく終えることができるのだろうか……
水橋の親父さんが、着替えて戻ってきた。
着てきたのはまさかの浴衣。これはまた古風な。
「名乗るのが遅れていたな。俺は、水橋源治と言う。
水の源流を治めるような人間になれという願いを込め、源を治めると名づけられた。
藤田君、今宵は存分に楽しんでくれ」
「はい、楽しませて頂きます」
渚さんに対しては軽い対応でもいいんだろうけど、源治さんにはそうはいかないな。
こういう時に困るのは、『源治さんの見ている前での渚さんへの対応』。
軽くあっていい人とよくない人がいて、その二人の関係が深い場合、
どこに基準点を置いていいのか、悩みどころだ。
「はい、いつもの日本酒ね。怜君もどう?」
「3年後にお願いします」
その辺の匙加減は、透と周囲の人間絡みで身についた脇役スキルで判断していく。
つけようと思ってつけた力じゃないけど、役には立つもんだ。
勿論、だからといって透には感謝しないと、などとは思わない。
その辺は、昔の俺とは変わった部分。
「じゃ、怜君の初来訪を祝して! かんぱ~い!」
「乾杯」
祝うことでもないとは思うんだが、流れには乗っておく。
麦茶の注がれたコップを渚さんから海、源治さんと来て、最後に水橋とぶつけてから口に。
よく冷えてて、美味しい。口内の水分も確保したし、頂く……のは、少し待ってから。
(それぞれ自分の箸を使って、自分の食べるものを取る、と)
鍋をつつくに当たって、確認しておくことが2つある。
鍋奉行が存在するかどうかと、潔癖症持ちがいるかどうか。
郷に入っては郷に従えとはよく言ったもので、ここでは水橋家のルールが最優先。
いつも鍋奉行をしている人がいるなら、その食べ方に従うべきだし、
鍋の具を取る箸と食べる箸が分けられているなら、俺も分けるべき。
「おつゆはこのおたまでお願いね。怜君、レンゲ使う?」
「では、頂きます」
「はい、どうぞ」
これも、透絡みで学んだこと。あいつは鍋奉行の潔癖症。
昔、俺の家で透と友人何人かを招いて鍋パをやったことがあったが、
アレコレ指図するわ、具は別の箸で素早く取れと言うわで、
全く美味しく食えなかった。
一番ムカついたのは「肉ばっか食うな!」と言ってる透本人が肉ばっか食ってたこと。
後日に俺が謝り倒してなきゃ、透は孤立したかもしれない。
……思えば、俺が謝る必要は無かったはずなんだけど、責められたのは俺だけだったな。
(ま、今は今だ)
豆腐、白菜、椎茸、つくね他色々。
普段から鍋はこういう感じなのか、俺が来たからかは分からないが、
かなり多種の食材が入った、豪華な寄せ鍋。見てるだけで食欲が湧いて来る。
「頂きます。……ん、美味しい」
「ありがとう。じゃんじゃん食べてねー♪」
下手な遠慮は無用か。
気を使うのはここまで。ご馳走になるとしよう。