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第1話 日程表の三段目

【読む前に】この世界のルール、少しだけ


宝子たからご/添えそえご

この帝国では、双子や三つ子で生まれた場合、必ず「鑑定」で魔力の強さが測られます。いちばん強い一人だけが家を継ぐ「宝子」に認定され、残りのきょうだいは名前も身分も持たない「添え子」として、宝子に仕える存在になります。


◆注ぎ

添え子が月に一度、宝子に自分の魔力を捧げる儀式。搾られ続けるほど、添え子の体は弱っていきます。


◆孕み呪い(はらみのろい)

帝室の妊娠にかけられる呪い。胎の子の魔力を強める代わりに、双子・三つ子など「多子」を生ませます。


◆玉座のぎょくざのぎ

皇帝の代替わりのたびに、皇子・皇女どうしが殺し合い、最後に生き残った一族が玉座を継ぐという、この国でもっとも過酷な掟。「儀の血は正直でなければならない」――儀の前にこっそり相手を暗殺することだけは許されない、という一線だけが辛うじて守られています。


簿外ぼがい

鑑定簿や戸籍などの公式記録から外れた人々のこと。添え子や、主を失って炉へ送られた者などがこう呼ばれます。


◆炉

主を失った添え子を収容し、魔力を搾り取る施設。


◆戦略室

他国を陥れる謀略を立案する、皇宮の秘密部署。わかりやすく言えば、スパイ活動や暗殺も手がける諜報組織です。所属する「書き手」(戦略を考えて書く役)や工作員は番号で呼ばれ、互いに顔も名前も明かしません。


◆鑑定

生まれた子の魔力の強さを測り、宝子と添え子を分ける儀式。


黒鉄卿こくてつきょう

帝都の公開処刑を執行する、仮面の役職。顔を見られないことが保証された、帝国で唯一の匿名の公職です。


――以上を頭の片隅に置いて読んでいただけると、物語に入りやすくなるかと思います。

 理不尽の、上の理不尽。


 生まれた国で幸福が決まるのなら――この国ほど、過酷な国はない。


 ザイデルン帝国、帝都カルナハト。処刑広場の日程表は毎月一日に貼り替えられる。


 今月の三段目に、私の番号が載っていた。


『十五日 戦略室書き手三号 国家過失 斬首』


 名前は載らない。添えそえごに名前はないから。


 *


 朝から広場は人で埋まっていた。


 物見高い者たちが、家族連れで来ている。子どもの手を引いた母親が、屋台で焼いた豆をひと袋買って、いい場所を取ろうと人垣を押し分けていく。どこかで笑い声が上がる。誰もが楽しそうだった。この国で公開処刑は月に二度の興行だ。


 私は台の上に膝をつかされて、その光景を眺めていた。


 二十一年生きて、初めて自分の目で見る「見物される側」の景色だった。人の顔が全部、同じ形に見える。


 膝の下の板は思ったより冷たくなかった。前の月に何人か死んで、そのたびに水で洗われて、それでも乾き切らずに湿っている。血を吸って黒くなった木目の筋が、私の膝から爪先の向こうまでまっすぐに走っていた。


 私はその筋を一本ずつ数えた。


 二十三本。


 数え終わってしまうと、することがなくなった。


「――書き手三号」


 台の下、貴賓席から声が飛んだ。


 戦略室長ドラークス卿。脂の乗った顔に儀礼用の房飾りをつけている。十年、私が書いた戦略を自分の名前で皇帝に献上し続けてきた男だ。


 彼が両腕を広げると、後ろに並んだ重臣たちの視線が、いっせいに私へ集まった。


「西方工作の失敗により、帝国は二国を同時に失った」


 ドラークスの声はよく通った。演説の稽古をしているのだろうと、以前から思っていた。


「ヴァルデンツ王国とリンドヴェール大公国。互いに憎み合い、二十年かけて確実に潰し合うはずだった二国が、いまや手を結んでいる。国境の大結界は建国以来の輝きを取り戻した。我らが十数年かけて据えた工作拠点は、ことごとく撤収を余儀なくされた」


 貴賓席の一人が痰を吐くように舌を鳴らした。


「あの戦略を書いたのは、貴様だな」


「はい」


 私は答えた。彼が求めているのはそれだけだ。


 あの戦略を書いたのは私だ。


 二十年かけて西の二国を潰し合わせる、完璧な設計図だった。婚姻。醜聞。偽装死。毒殺。使う駒の一人ひとりに生まれた年と飲む酒と、寝る時刻まで調べ上げて、順番に並べた。ひとつの狂いもなく組み上げたその全部を、たったひとりの王女が読み解いて、内側から壊した。


 名前はリディエンヌといった。


 最後の報告書を読んだとき、私は何度も同じ行を読み返した。祖国を捨てさせ、敵国へ嫁がせ、そこで死なせる。その死をもって開戦の口実にする。彼女が歩くはずだった道は、私が紙の上に引いた線だった。


 彼女はその線の上を歩かなかった。


 あれは、いい仕事をされた。


 負けた側の書き手として、正直にそう思う。


 もっとも、そう思うことを許される立場でもない。


「聞いたか、諸君」


 ドラークスが振り返り、重臣たちを見渡した。


「道具が過ちを犯した。道具の過ちは道具を捨てて償う。それが戦略室の規律である」


 拍手が起きた。


 まばらではなかった。よく訓練された、行儀のいい拍手だった。


 私は膝の下の木目を見ていた。二十三本。数え直しても、二十三本だった。


 貴賓席の中央に椅子がひとつ空いている。


 皇帝オズヴァルトは来ていない。


 二十年の戦略を発令したのは、あの椅子だ。西の二国を潰し、鉱脈と港を無血で呑む。そう命じたのはあの椅子で、私はその命令を紙にしただけだった。


 命じた者は来ない。書いた者が死ぬ。


 空の椅子の背には鉄の帝国の紋章が彫ってある。剣をくわえた竜。私はその線の太さも、彫りの深さも、覚えている。十一年前、師が同じ台に乗せられた日にも、あの椅子は空いていた。


 この国ではいちばん重い罪を犯した者が、いちばん座り心地のいい椅子に座っている。


 そしてその椅子に座り続けるために、私のような欄がいる。


 *


 この男が私の顔を見たことは一度もない。


 十二年、同じ部屋で仕事をした。彼が皇帝に献上した戦略のうち、九割九分は私が書いた。彼はそれを受け取り、封をし、自分の紋章を捺して、階段を上っていった。


 そのあいだ、彼は一度も私の顔を見なかった。


 道具の顔を覚える必要がないからだ。


 鑿の柄の傷を覚えている大工はいない。硯の縁の欠けを覚えている書記もいない。書き手三号は戦略室の備品だった。備品には番号がついていて、番号は名前より正確で、名前より安い。


 私の値段はこの目だった。


 一度見たものを忘れない。書類の一行も、人の顔も、紋章の線の太さも、二十年前の日付も。九つのとき、その一点だけを買われて、私はここへ来た。


 四人きょうだいの二番目だった。


 双子の兄ヴェイトが宝子たからごと鑑定され、私は添え子に落とされた。添え子には名がなく、身分がなく、鑑定簿の外にいる。人ではない。宝子の財産だ。


 兄はきょうだいの魔力を吸って強くなった。国はそれを順当な育ち方と呼ぶ。彼は十九で、兵器として使い潰されて死んだ。


 すぐ下の弟は、注ぎ――添え子が月に一度、宝子に魔力を捧げる儀式――で搾られすぎて、十を待たずに死んだ。帳簿には「消耗」と一行だけ書かれた。


 妹のミレナは、いま炉にいる。


 宝子を失った添え子は国有財産となり、魔力を搾り取るための収容所へ送られる。名前を取り上げられ、手の甲に番号を焼かれ、点呼も配給も帳簿も、番号で呼ばれる。


 番号七六二。


 私が十年、この国のために他国を潰す戦略を書き続けた理由はそれだけだ。


 書き手三号が有能である限り、妹の欄に「消耗」とは書かれない。それが取引だった。誰と交わした覚えもないが、この国ではそういうものはたいてい、いつのまにか交わされている。


 その取引をこの男は今日、一方的に破棄した。


 *


 風向きが変わって、豆を焼く匂いが台の上まで届いた。


 甘い。砂糖をまぶすようになったのは、ここ二、三年のことだ。工作費の帳簿をつけていたころ、帝都の屋台の許可証の数が急に増えたのを覚えている。処刑広場の周りだけ、十七軒。


 処刑は興行で、興行には客が来る。客が来れば、豆が売れる。


 私が書いた戦略で滅びかけた国の話を、彼らは知らない。知る必要もない。西の二国で何万人が死のうと、この広場の豆の値段は変わらない。


「――今日は、私が豆だ」


 そう思うと、少しおかしかった。


 覆面越しでよかった。笑っている気配を悟られたら、面倒なことになる。この国では処刑台で笑う人間は、たいてい呪い負けと見なされる。心を病んだ者は、死ぬ前に一度、寺院に引き渡される。そこで何が行われるかは、知らないほうがいい。


「何か言い残すことは」


 ドラークスが笑いながら言った。


 貴賓席の隅で書記が羽根ペンを構えた。処刑記録には最後の言葉を書き留める欄がある。欄はあるが、添え子の言葉が記された前例を、私は知らない。十二年、この国のあらゆる記録を読んできた私が、一件も知らない。


「ございません」


 私は頭を垂れた。


 言い残すことなどあるはずがない。


 私は十年、この国の戦略を書いてきた人間だ。


 戦略の第一条を誰よりよく知っている。


 ――死んだ女は、疑われない。

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