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ブルーエンペラー ―魔力なき少女の旅が〝青き皇帝〟を呼び覚ます―  作者: カントウしょうゆ
第零章 歯車の邂逅

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第一話 明けの明星Ⅳ 青色の希望

 何かが変だと、リアは感じた。


 想像していたよりも小さい打撃音。その後に漂う妙な静けさ。何よりその違和感を覚えること自体が不可思議なのである。


 本来ならば消えるはずの意識、失われるはずの視界、奪われるはずの体温、いずれもリアの肉体に残っている。


 確かに地龍はリアにトドメの攻撃を放った。それを伝える波がリアの耳にも届いていた。だが――


 死が、訪れない。


 リアの視界は影に覆われたままだったが、視界の端、地龍の巨体に食い込むように、青く細い光の筋が走っていた。

 

――あれは

 

 リアに見えるのは後ろ姿。瑠璃色に似たその特徴的な髪色と長く結われた髪型。

思い当たる人物は一人だった。


「デト……さ……」


 かぼそい声が彼に届いたのか、片手で地龍の腕を押さえながらデトはちらっと倒れているリアを見た。その眼差しは相変わらず冷めたものだった。


 その隙に地龍の空いている手がデトに迫る。

 しかし、デトの拳の方がわずかに速かった。


 地龍の腹に一撃。重低音が鳴る。

 悶え、よろめく黒い怪物。


 すかさずデトは足を前へ出す。

 力強い踏み込みとともにデトの胴体が勢いよく地龍に接近し、体重を乗せた拳が腹部に直撃――雷鳴のような音が鳴り渡り、周りの木々がカタカタと小刻みに揺れ動く。


 その後信じがたい光景がリアの目に映る。


 巨体が、吹き飛ばされたのだ。

 瀕死で倒れていたリアは目を丸くした。


「なっ……⁉」


 圧倒的な力でリアをねじ伏せていた怪物が、遥かに小さな身体の生物にいとも簡単に殴り飛ばされてしまった。人間の所業とは思えないその行為は、遠のいていた意識が戻ってきてしまうほど衝撃的であった。


 地龍が地面に打ち付けられ、土ぼこりが舞う。

 デトは相も変わらず冷静な面持ちで歩き出した。すると、しゃがんで何かを拾ったようだった。それは刃が半分失われた剣であった。


 先ほどまでリアの握っていた剣をまじまじと見つめ、瞳を閉じ、深いため息をついた。そして、剣を地に突き刺して立ち上がり、ある方向へと顔を向けた。


「頑丈な野郎だな」


 彼の見る先では、漆黒の巨体が目を赤く光らせていた。

 地龍の殺気は増していた。大地を踏み締め、尾を唸らせている。息は荒く、リアと戦っていたときには感じられた余裕はないようだ。


「来いよ」


 地龍が一歩踏み出す。


「お前とはいつかやらなきゃならないと思ってたんだ」


 雄叫びと共に闇がデトへと向かった。

 

 ***

 

 黒い腕がデトの顔面を目掛け、加速していく。デトはその軌道に沿って体を逸らし、華麗に避けた。その勢いのまま、コマのように鋭く回転し、地龍の側頭部へ蹴りを叩き込む。


 強力な一撃に地龍はバランスを崩すが、屈強な脚で大地を掴み、巨体を支えた。


 その直後、地龍の胸部が膨らむ。その仕草をリアは既に目の当たりにしていた。凝縮された光が口角から漏れ出る。放たれるのは、すべてを焼き払う〝龍の息吹〟。


 しかし、素早く懐に滑り込んだデトが掌で下顎を跳ね上げた。

 強制的に閉じられた口内。行き場を失った破壊的なエネルギーが、逃げ場を求めて暴発した。


「ガハッ……‼」


 流石に堪えたのか、地龍はよろめき、後退した。

 しかしまだ、その怪物の牙は折れない。再びデトを睨みつけ向かっていく。彼は止まない猛攻を片っ端から受け流し、反撃を入れていった。


 デトと地龍の荒々しい戦いをリアは呆然と見ていた。いや、見惚れていた。


 地龍の豪快な一打の隙をつく技量、自分より大きな相手を打ち負かす力、恐ろしい龍を前にして冷静さを保つ精神。そのどれも、リアにはないものだった。

 心が踊り出すような感覚をリアは認識する暇もなく、ただじっと目に焼き付けていた。


 頭部から流れる血、あらゆる部位に受けた攻撃の跡。焼けた喉からする異様な喘鳴。地龍は満身創痍だった。

 対して、デトは頬と腹部にかすり傷のみ。勝負の行く末は明らかだった。だが、それでも、赤い眼光は鈍らない。


 すると、デトはなんと地龍に背を向けどこかへと向かった。


「えっ」


 思わずリアが声をあげる。慌てて口元を手で押さえ、地龍を見た。リアには見向きもせず、奴はただ、デトの後ろ姿を捉えていた。


 地龍はボロボロの身体を震わせ、一歩、また一歩とデトの背中を追う。その掌には、不自然な冷気が集束していた。現れた氷塊は鋭利な刃の形を成していく。地龍はその〝剣〟を握りしめた。


 デトが、地に突き刺さった〝あの〟剣の前で足を止める。


 彼の背後には大きな影。

 地龍の腕が、氷刃が、デトを狙い、走る。


 刹那――デトが翻った。

 折れたツルギを瞬時に引き抜く。

 反転の勢いと、地龍の体重が一点に重なる。


 デトの手にあるのは、半分失われたはずの鈍い鉄塊。それが地龍の首筋へ衝突する瞬間、半身の剣が白く輝き始めた。

 光が、失われたものを補うように刃の形を成していった。深く首の芯へと入り込む。

 

 ――明星《みょうじょう》・暁鬼《ぎょうき》――

 

「ェ……ギ……」


 熱く、そして鋭い一閃が地龍の首を断ち切った。

 漆黒の巨頭が宙を舞い、鮮血が夜の森を赤く染める。

 轟音を立てて大地に沈む地龍の胴体。


 静寂が訪れた。


 デトは折れた剣を握ったまま、動かなくなった巨体を見下ろしていた。


 リアはその姿に魅せられていた。

 彼の強さが目に焼き付き、離れない。


 まもなく日が昇る。

 暗い空に浮かぶたった一つの輝きがリアを照らした。


 新たな光だった。


 ***


 第一話 明けの明星 完


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