0-2.懐かしい顔合わせ
(あら……?)
家計簿を付けていたメイラの手が止まる。
計算上の残高と、実際の残高が合っていないのだ。
(あの人ったら、また飲み屋に持ち出したのかしら……)
夫のランディは土木作業屋を営んでおり、数年前に大規模案件を受注したため、カーリット家は莫大な収入を得る事になった。
だがそれで安泰なのは何年かの話。
貯金は着々と目減りしており、慎ましく生活してもこのままでは長くは持たない。かといって、夫の酒中心の浪費癖は、注意しても治らない。
また、息子のランドは冒険者《戦士》をやっている。
最近は活動の調子も良いらしく、うまくいけば年間最優秀冒険者”勇者”の称号を得られるかもしれないとの事だ。メイラにはよく分かっていないが、どうも凄いらしい。
だがいずれも収入が不安定な事に変わりはない。
ランドも父親ゆずりで浪費が激しく、貯金をあまりしない。どちらも豪放磊落な性格。
息子がお金に困らないならいいが、何かあった時に大変なのだ。
(そうだわ……私が働けば少しは生活費の足しになるわ。何かいいお仕事無いかしら?)
『ははっ……!だったら母さん、冒険者でもやったら?』
そう言ったのは、息子ランド。
どうもクエスト受注の伴う仕事だと、『お金ががっぽがっぽ』入るらしい。
それを語った時のランドが泥酔していたのは気になるが、メイラはひとまず集会所を頼る事にした。
『……お引き取り頂けますでしょうか』
集会所でパーティ設立の申請を試みたところ、プロフィールを見た受付嬢がそう言った。
——業界未経験、30代女性、職業《専業主婦》。
めったに断らない受付嬢が深刻な顔をしていた。
(断られちゃったわ。でも……知らない人のパーティは少し不安だし……)
試しにプロフィールを見せたものの、揶揄われたり、セクハラ発言されたりと散々だったのだ。
『お困りかい?姐さん!だったらよぉ、酒場で募集したらどうだ?ベテラン冒険者様が話を聞いてくれるかもしれないぜぇ?』
見知らぬ冒険者の助言に、なるほど、と思いメイラは近くの酒場に向かった。
『50とか60の大ベテラン様が相手してくれるさぁ!あっはっはっは!』と冒険者は続けていたが、その部分は聞こえなかった。
“シーラの酒場”と書かれたその場所は、確かにメンバー募集の張り紙があった。
ここで自分のパーティを募集するか、誰かのパーティに加入するか。
メイラは軽く辺りを見渡した、その時だった。
(あら?この方……)
そこに書かれた、ソルト・レイオールの名前。
どこかで聞き覚えがある。
(ランドの幼馴染の子よね……?士官学校も一緒に通っていた……)
かつて家族ぐるみで仲の良かった、ランドの友達。
士官学校の初等部に入学するまでよく遊んでいたが、その後カーリット家は引っ越ししている。近隣だったため子供の学校は変わらないが、家族同士が会う機会はほぼ無くなった。
だが、ソルトという名はほんのり覚えている。最後に会ったのは士官学校の卒業式で、少し顔を見かけたくらいだろうか。
たしかパーティを一緒に作ったとランドが言っていた気がするが、クエスト関連に疎いメイラにはよく分かっていない。
店主のシーラは、メイラの視線の先を追い、そして察した。
『ああ、ソルト君か。まぁ、彼なら優しく教えてくれると思うよ。確か募集条件も無かったはず』
そう言うと店主は貼り紙を剝がし、メイラに見せてくれた。
『ほら、これ』
シーラの指差す先にある、”募集条件無し”。
今の自分にうってつけな募集。メイラは早速申し込みをするのだった。
という訳で後日、シーラの酒場で二人は対面した。
「この度パーティメンバーに応募させて頂きました。メイラ・カーリットと申します。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
丁寧に挨拶するメイラに対し、ソルトは丁重に返事をする。
そして思った。
(何故………………?)
表と裏で相反する感情。
条件面の不満は一切ない。旧友の母親が応募してきた事に困惑しているのだ。
「ごめんなさいね。恥ずかしいけど、こういうお仕事初めてなの。ご迷惑掛けちゃうかもしれないけど……」
言葉だけ見れば、若干怪しいお仕事。
「いえ、全然。僕で良ければアシストさせて頂きますので。気にしないでください」
その言葉にメイラの表情が、ぱぁ、と明るくなる。
「まぁ……優しいのね。ソルト君」
「あはは…………」
旧友の母の笑顔が、ソルトの古い記憶と完全に紐づいた。
美しい花のような美貌。おさげにまとめた栗色の髪。おっとりとして家庭的な性格。
幼い頃、彼女を見て時折、ドキドキした事すら思い出す。
だが、今の自分はそれに浸る状況にはない。
旧友の……それもよりによって最悪の別れ方をした男の母が、場末の酒場の貼り紙で自分の名を見つけて応募してきた。……ソルトはそう認識している。
(どういう意図なんだろう……)
目的不明。だがランドの差し金を疑うにはあまりにも純粋なメイラの表情。
……無論、メイラが応募に至るまでのほのぼのとした経緯など、ソルトは知る由もない。
「……では。クエストは初めてという事なので、今回は簡単な説明だけにしますね。後日、必要なアイテムを持って集会所に集合。明後日などはいかがでしょうか」
「明後日ね、分かったわ!」
ふんす、と意気込むメイラ。
「承知しました。それでは改めて、よろしくお願いします。メイラさん」
「うふふっ。よろしくね。ソルト君」
微笑む二人。
メイラの屈託の無い笑みに、ソルトは抱いた疑念がどうでもよくなってきている事を感じていた。
TIPS:士官学校は初等部から高等部まである大規模学校で、複数地域から学生が通っている。カリキュラムは一般教養から魔法まで幅広い。
TIPS:クエストは基本的に集会所で受注する




