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0.プロローグ ~はいはい、追放追放~

「はい。以上で手続きは完了となります。それでは、よい冒険を」


 受付嬢が眩しい笑顔をソルトに向ける。

 これにてパーティ立ち上げの申請は完了。

 不都合なければ、数時間後にはメンバー募集の貼り紙が集会所内に掲示されるはずだ。


(よい冒険を……か。一応、経験者なんだけどなぁ)


 ソルトは、この頃慣れてきた作り笑顔と共に受付を後にした。

 くし、と頭を掻くと、掲示板に貼られたポスターを見つめる。


『新星ランド・カーリット。勇者の称号も間近か』


 でかでかと似顔絵に描かれているのは、見慣れた赤髪男。

 士官学校の同級生であり、かつ数週間前まで同じパーティにいた男だ。


(ランド…………)


 男の顔を見て、キリリと胃が痛む。

 嫉妬は無い、納得のいく別れだった……と自分に言い聞かせる。


(……考えるな。前を向け)


 そう自分に言い聞かせて、ソルトは集会所を後にしたのだった。






 ソルトとランドは士官学校の同期であり、また家も近い幼馴染だ。


 家族ぐるみで付き合いがあり、互いの親にもお世話になっている。

 そんな二人が士官学校卒業後、パーティを組むのは当然の流れだった。


 ジーランド国周辺には強力な魔物が跋扈しており、それを討伐するのが主な仕事だ。

 集会所では毎日討伐対象のモンスターが貼り出され、討伐難度や被害度に応じて懸賞金が掛けられる。

 それらを”クエスト”として受注し、生計を立てている集団を"パーティ"と呼ぶ。


 成功すれば億万長者だが、危険度も高いクエスト。挑戦するのは腕っぷし自慢の猛者達。

 そんな世界で、ソルトとランドは着々と成果をあげていった。


 《オールラウンダー》のソルト、《戦士》のランド。

 やがて仲間に《魔術師》エレナ、《回復士(ヒーラー)》ソフィア、《戦士(獣人族)》アーシャを加え、高難度クエストをクリアしていく。


 そして”魔王”とランク付けされる最高難度クエストに挑もうとした……その時だった。


『お前、もう要らないわ』


 親友ランドに突き付けられたのは、解雇通告だった。

 事情は、うっすら分かっていた。


 今のパーティに、《オールラウンダー》の必要性は低い。

 最近の立ち回りも、攻撃力の高いランドにバフを掛けて、後は後衛から魔法攻撃や回復を繰り返すだけ。

 《オールラウンダー》は一芸に特化した彼らの補助的な役割に落ち着いてしまっている。


『っ……!そんな言い方っ……!』


 アーシャが驚いてランドを睨んだ。

 猫耳の毛が逆立ち、瞳孔は線のようになっている。本当に怒っている時の表情だ。

 だが言い方を指摘するという事は、少しは事前に耳に入っていたのだろう。


『えー?確かにひどーい』


 半笑いで言うのは《魔術師》の少女エレナ。

 いつものようにランドの傍らに寄り添い、しな垂れ掛かっている。

 着用しているのは《魔術師》の正装のはずだが、最近は胸元がどんどん開いてきている。


『もうちょっとさぁ、優しい言い方をしてあげなよ。ねえ、ソフィア』

『はい…………』


 頷くのは《回復士》の少女ソフィア。

 おっとりと穏やかな性格で、声も可愛らしい。

 清楚という表現がぴったりな大人しい女の子だ。


『私もランドさんに同意。正直……いやらしい目で見てきて嫌だったの』

『あっは!ソフィアが一番キツくない?あははははは!』


 休憩用の宿に、エレナの笑い声が響き渡る。

 ……確かにソルトがソフィアに気が合ったのは事実だが、パーティの仲間として一線を引いていたし、態度にも出さないようにしていたはずだ。少なくとも、他の仲間と同じように接していた。


 ソフィアはランドと目配せをすると、コクリと頷く。

 その光景を見て、ソルトは何かを悟るのだった。


『正直な話ですが……。今どき、ソルトさんに何ができるんですか?』


 そして尋ねたのは、数日前に新加入した男。

 《盾士(タンク)》リック。


『物理、魔法、回復、そして盾……。全てにおいて上位互換がいる現状、オールラウンダーに何か役割がありますか?』


 丸メガネを掛けたその男は、淡々と続ける。

 メンバーとの壁を感じたこの頃に、唐突にランドが加入させた人物。……その意味する事は誰もが理解している。


『これは嫌がらせではなく、現実を教えているだけです。……このパーティも、元はソルトさんが作ったと聞き心苦しいですが、ここは事実ベースで話さなければいけません』


 リックがわずかに見せた温情。

 最近の士官学校卒業生は冷たいと聞くが、少しは気を使ったのは彼だけのようだ。


『…………無いね』


 ソルトはあっさりと答えた。


『たしかに、ここに俺がいてもやる事は無い。……俺はパーティを離れるよ』


 笑顔を作り、そう告げる。

 その答えに、エレナ、ソフィアが笑みを浮かべたのを、ソルトははっきり見た。


『悪いなソルト。……そういえば確かに、このパーティはお前が作ったんだったな』


 ランドがソルトに語りかける。

 その緩んだ笑みに、同情も陳謝もまるで見えない。


『ああ。お前と一緒に立ち上げたつもりだった』

『おお、そうか。申請お疲れ様。そんじゃな』


 かつての親友にあっさり突き放されるソルト。

 何も言わずに荷物を整理し、宿を発つ準備をする。


(”魔王”討伐、あと一、二週間……ってところかな)


 目の前ですり抜けた、幼き頃からの夢。

 その終わりは仲間達からの嘲笑と共に終わりを迎えた事になる。

 出口に向かうソルトの前に、アーシャが回り込んだ。


『…………。ごめん……ソルト……』


 伝えたい事を嚙み殺しているかのようなアーシャ。


 獣人族の少女が見せたその表情に少しだけ溜飲を下げつつ、ソルトは仲間のいる宿を去ったのだった。







 カラン、と酒場のベルが鳴った。


「あら、いらっしゃい」


 グラスを拭きながら、女店主シーラがソルトに声を掛ける。


「どう?仲間集めは順調?」

「……勘弁してくださいよ。本当に」


 揶揄うようなシーラに、弱音を吐くソルト。

 集会所にメンバー募集を出したのは今日だが、その重圧たるや口に出せたものではない。

 誰かに噂されているような、そんな錯覚さえ覚えるのだ。


「……何か飲む?」

「今日はビールでお願いします」

「はいよ」


 シーラの返事と共に、コトリと置かれるジョッキ。

 それを口にすると、ソルトは少しだけ力を抜いた。


「悪いねぇ。ウチは女の子しか雇わないからさ。アンタが可愛い女の子なら、スカウトしてあげるんだけど」

「はは……大丈夫ですよ。それに多分、バーテンダーさんは向かないですし」

「まぁ、メンバーなんてそう簡単に集まるもんじゃないよ。気長にやるこったね」

「そうですね……」


 そう言って、ソルトは酒場の壁を見た。

 メンバー募集の貼り紙のある一角に、『職種、年齢、経験問いません』という条件と共に、募集主として自分の名がある。

 シーラの酒場ではパーティ勧誘が許可されているため、ソルトも自分の募集を載せてもらっていた。


 場末の酒場ではあるが、チャンスは多い方がいい。

 経験が浅い人でも、教えればいいだけの話なのだから。


「クエスト集会所には、めぼしそうな人はいなかったのかい?」

「うーん、どうでしょう……?それより、どう思われてるか気になってしまっていて」

「あらあら。ま、”勇者”最有力であるランドの元パーティなんだから、少しは誇ってもいいのに」

「誇る、ねぇ……」


 かつては自分が立ち上げたパーティ、そして追い出されたパーティだ。

 誇れ、というのも胃が痛む。


 そして”勇者”……。


 最高難度クエストをいくつも達成したパーティのリーダーに贈られる称号だ。

 史実であれ神話であれ、国を救った英雄に冠される称号をもじったもの。

 年に一度、国を挙げての表彰があり、このまま行けば”勇者”ランド・カーリットとなる事は確実だ。


 競う者も、もういないし。


(……結構ランドって、脳筋なんだけどなぁ)


 パワー任せのランドを、ソルトは常にフォローしながら立ち回っていた。

 思慮の浅い部分はあるものの、ランドの天真爛漫な性格は人を惹きつけた。


 純粋が故に、寄って来る女に見境がなく、純粋が故に、不要になったオールラウンダーをあっさり見限った。

 ……全ては懐かしい話だ。


(俺が要らないってなったんだから)


 テーブルに突っ伏すようにしながら、ゴクゴクとビールを嚥下するソルト。

 そんな彼を、シーラは微笑ましく見守る。


「まぁ、そう落ち込まないことだね。もしかしたら、こんな場末の酒場の広告を見て応募してくれる人がいるかもしれないよ?」

「はは、いてくれたら嬉しいですけど」

「例えば、だ」


 シーラは貼り紙を一つ外し、ソルトの目の前に置いた。


「業界未経験、職種は専業主婦。野の花のような美貌、栗毛の美しいおさげ髪、おっぱい大きくてボンキュッボン、それでいて性格はド清楚な淑女が応募するかもしれないだろう?」


 そう言いつつ、シーラは貼り紙に置いた手を少しずつずらしていく。

 そこに書かれた内容が、少しずつ見えてきた。


「……まあ、年は30代だけど」


 ソルトは貼り紙を手に取り、引き寄せた。

 募集主はソルト・レイオール。自分の名前。

 そして応募者……。


 “メイラ・カーリット”


(ん……?)


「おめでとう。あんたのパーティに応募する人が一人いたよ」


 ニコリと笑うシーラ。

 ドッキリは大成功。ターゲットは驚きのあまり貼り紙を見つめ続けている。


 シーラには、そう見えていた。


「まあ、顔合わせは来週月曜日あたりにするかい?彼女にもそう伝えておくよ。なに、新パーティだ。最初は安全なクエストから、ゆっくりやるのもいいだろうさ」


 そこではない。


(カ……、カーリット……?)


 どうしても気になる文字列に、目を取られるソルト。

 今は見たくもなく、胃がキリリするようなファミリーネームだ。


「シ、シーラさん……。この、メイラさんの容姿を、もう一度教えてもらっていいですか?」

「ん?顔は癒し系の美人で、髪は栗色のおさげでまとめてて、おっぱい大きくて、性格はおっとりしてて……」


 シーラのプロファイルに、ソルトの記憶が呼び起こされる。

 幼き頃の光景。ランドと一緒にいたあの女性だ。


 士官学校に行ってから疎遠になり記憶から消えかけていたが、あの人の名は……。


 ——メイラ・カーリット


(”勇者”の母親じゃねえかあああああああ!)


 心の中で絶叫するソルト。


 一方で、何も知らないシーラは、おめでとうとパチパチ小さな拍手を送るのだった。


TIPS:ジーランド国に登録された中で最も優れたパーティのリーダーには"勇者"という称号が送られるよ。

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