晩餐会にて
ディディエが王太子との間に入り、挨拶を交わした。
「マリエッタ、こちらのお方は私の兄上です」
「初めまして、マリエッタと申します」
王太子は感情のない瞳でマリエッタを見つめる。
それは冷たい印象しかなかったが、ユウェルに比べたらなんてことない、と思ってしまった。
王太子オスカー・ツー・ルードヴィヒ・アイデル・ヴィクトール。
ディディエよりも一つ年上の二十三歳となる異母兄である。
マリエッタが感じた第一印象は、あまりディディエと似ていないというものだった。
同じ金髪を持っているものの、王太子のほうが少しくすんだ色合いだった。
瞳の色も違うし、背丈もディディエのほうが高い。
異母兄と言わなければ、気付かないほどである。
神経質そうで陰鬱とした雰囲気もあった。
そんな王太子は学問と武芸、社交に優れ、人望があったディディエに嫉妬し、命を奪おうと画策していた。
それは数年前という話ではない。
マリエッタがクリスタリザーシーにやってくるまでも続いていたのだ。
以前、ディディエは話していた。寝所に毒蛇が忍び込み、危うく噛まれるところだったと。王太子の仕業としか思えなかった。
ディディエが表舞台から去って尚、命を狙い続けていたのだ。
そんな人物が長年の悪事を謝罪しにやってきたのである。
本来であれば、許せるものではない。
また今さら謝りにやってくるというのも、図々しい話である。
マリエッタは思わずディディエの顔色を窺う。
いつものように表情に変化はないものの、少しだけ憂鬱そうにも見えた。
その一方、リードは気分を害した様子を隠そうとしない。そうなるのが普通だろう。
ピリッとした空気の中、ゾフィアはずんずんとマリエッタの前までやってきた。
ぐっと接近し、何をするのかと思えば、すんすんと匂いをかいでいる。
きつい香水などつけていないのだが――なんて思っていたら、ゾフィアが信じがたいという目でマリエッタを見つめた。
「あの、ゾフィア嬢、何か?」
「あなた、部屋にあったお菓子は食べなかったの!?」
「ええ、晩餐会のお食事が食べられないと思って」
「なんでそうなるのよ!!」
なんでと聞かれても、困ってしまう。
おそらくゾフィアはマリエッタに酒精がたっぷり効いたお菓子を食べさせ、お酒臭いと皆の前で非難したかったのだろう。
「せっかく用意してくれたのに、ごめんなさい。よろしければ、あとで一緒に食べましょう」
「どうしてあなたと、お酒が死ぬほど効いたお菓子なんて食べなければいけないのよ!!」
そう叫んだあと、ゾフィアはハッとなる。
リードがやってきて、にっこり微笑みながら問いかけた。
「ゾフィア嬢、どうしてマリエッタさんに、酒がたっぷり効いた菓子を用意していたのだろうか?」
「え……あ、あの……!」
ここでランゲンブルグ公爵が遅れて登場する。
他に招待していた国内の上位貴族達を引き連れてきていた。
「ああ、みんな揃っているようだね! どうぞかけてくれ!」
ゾフィアは父親の言葉に従うように、そそくさと自分の席へ向かった。
王太子が着席するのを確認すると、ゾフィアもすとんと腰を下ろす。
リードはマリエッタにしか聞こえない声で「愚かな娘だ」なんて言っていた。
「ディディエ君、マリエッタ嬢、こちらはアンハルト侯爵、こちらはビュッセル伯爵、ゴーン伯爵だ」
彼らはランゲンブルグ公爵の側近だという。
ディディエは握手を交わし、マリエッタは淑女の礼で応じた。
それぞれが着席する。
マリエッタが思っていた通り、王太子の登場によって席順が変わった。
ディディエと王太子が向かい合って座る形となり、マリエッタはその斜め前に着席する。前に座るのはリードだった。
食前酒がグラスに注がれたあと、ランゲンブルグ公爵が乾杯の言葉を口にした。
「王太子殿下とディディエ君の美しい兄弟愛に、乾杯!」
その言葉を聞いたリードは思いっきり顔を顰めていた。
マリエッタはどういう反応をしていいかわからなかったものの、とりあえずディディエに続いて杯を掲げる。
ランゲンブルグ公爵が明るく振る舞い、会話を促すので空気は悪くない。
けれども常に眉間に皺を寄せる王太子と、感情を押し殺すように無表情でいるディディエの様子は普通ではなかった。
本当に王太子は望んでこの場にやってきたのか、とマリエッタは思ってしまう。
豪勢な食事が運ばれてきたものの、あまり味がしない。
森でグリージャやディディエと食べるシチューのほうがよっぽどおいしいと感じてしまった。
晩餐会が始まってから、ゾフィアが粗探しをするように見つめているのも、食事を楽しめない原因の一つだろう。
マリエッタは幼少時から、食事のマナーを徹底的に叩き込まれている。
カトラリーが多かろうが少なかろうが、そこが異国の地だろうが、特殊なメニューだろうが、失敗なんてするわけがなかった。
緊張からか、喉がやたら渇く。
水を飲み干したあと、ゾフィアとばっちり目が合った。
「あの、何か?」
「いいえ、席を外したいときは、いつでもおっしゃってね」
「お気遣い、ありがとう」
利尿作用の効いた紅茶を飲んだことを想定し、そのように言っているのだろう。
大丈夫だと答えると、ゾフィアは悔しそうに顔を歪めている。
晩餐会の最中、用を足しに行くのはよくないことだが、生理現象なのでしょうがないと思う部分もある。
そういう点すらも、恥として槍玉に挙げようと考えていたのだろうが、作戦は失敗に終わりそうだ。
依然として、王太子は眉間に皺を寄せつつ、まったく楽しくなさそうに食事を口にしていた。
ディディエとリードは感情を表に出すことなく、淡々と食べ勧めている。
ランゲンブルグ公爵とアンハルト侯爵、ビュッセル伯爵、ゴーン伯爵は同じ年頃の娘を持つ親同士で話が盛り上がっている模様。
「アンハルト侯爵のご令嬢は、十六歳だったね。結婚相手は決まったのかい?」
「それがまだでして」
「うちもだよ」
ビュッセル伯爵には十八歳の娘、ゴーン伯爵には十五歳の娘がいるという。
いずれも、まだ結婚相手を探している最中だとか。
「娘を持つ父親にとって、結婚相手を見繕うことは大仕事だからねえ」
「本当に。王太子殿下も、まさかディディエ君に先を越されるとは思ってもいなかったでしょう?」
王太子はランゲンブルグ公爵の言葉に、わずかに頷くだけだった。
最後に食後酒が運ばれてくる。
マリエッタは内心、やっと晩餐会が終わる、と安堵していた。
宿に戻ったら、ディディエにリラックスできる薬草茶を淹れてあげよう。
なんて考えていた矢先の出来事だった。
皆が酒を一口飲んで、ランゲンブルグ公爵がお開きの一言を言う流れだったのに……。
「――げほ!!」
ディディエが咳き込み、口を押さえる。
「大丈夫か、ディディエ?」
リードがそう声をかけた次の瞬間、激しく咳き込み始めた。
「ディー様!?」
マリエッタは異変を感じ、立ち上がってディディエのほうへ回り込む。
「げほ、げほ、げほ!!」
ディディエの肩を摩ろうとしたマリエッタは気付く。
口を押さえたディディエの手が、赤く濡れているということに。
「――!!」
毒だ。毒が酒に混入されていたのだ。
ディディエの真っ赤な鮮血が、テーブルクロスを赤く染める。
「きゃあ!!」
ゾフィアが叫ぶ。給仕係がディディエに駆けよろうとしたが、リードが「動くな!!」と叫んだ。
「毒よ!! 間違いないわ!!」
その言葉にリードが反応し、王太子をじろりと睨み付けた。
「ち、違う!! 私ではない!!」
王太子は即座に否定するも、前科があるのでリードは怪しく思ったのだろう。
マリエッタはサーーッと血の気が引くような思いとなる。
ディディエが座っていた席は、本来であればマリエッタのために用意されたものだった。
そうだと知らずに、毒が盛られていたとしたら?
マリエッタの頭の中は真っ白になりかけていたが――。
『マリエッタ、しっかりなさいな!!』
グリージャの叫びでハッと我に返った。




