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第六章 奇跡は起こすもの①

 向こうの世界にいた時、観光地の鍾乳洞に入ったことはあるけど、地下通路なんて初めてだ。

 光里はランプを片手に狭い石壁の通路を進んでいた。先頭としんがりは大公家の騎士、そしてシルヴィオとデルフィーナの後ろに光里、という順番だった。

 暗い通路を慎重に歩いているので自然に全員無口になる。

 ここは王宮へ通じる隠し通路と聞いていた。こういうのは使われないに越したことはないんだろうけれど。

 今、王宮では国王と王宮騎士団が立て籠もっている状態らしい。王都はあちこちで暴動が起きている。神殿のお告げを信じて魔法庁や魔法使いに対する不審感が高まっているらしい。

 この国で一番権力を振るっているのは神殿とその派閥貴族なんだろうな。他の国とはちがう独自の女神信仰、それがこの国のアイデンティティなんだろうし。

 王家も神殿を敵に回さないようにしてきたのだろう。その及び腰が結局彼らをのさばらせてしまった。国軍や騎士団まで彼らの思うままでは政治の意味がない。

 先代国王が隣国の王女を妃に迎えたのもこういう事態を変えたいという考えの現れではないだろうか。先代国王に宰相として仕えていたデルフィーナの祖父は切れ者だったらしいし。

 そして、だからこそ魔法庁という存在は彼らにとって目障りなのだろう。


 小説の中では主人公の聖女が神殿に対して不審感を抱いて、王子とともに辺境へ向かうことを宣言した。主導権を奪われた神殿が反発し、女神のお告げを振りかざして聖女の引き渡しを要求してくる。そして、彼らに煽られた民が王宮に押し寄せる。

 主人公は民を説得したいと彼らの前に立とうとするが、そのどさくさに紛れて刺客が襲いかかってくる。

 王子がそれを庇って怪我をしたのを見て、主人公の聖女の力が完全に覚醒するエピソードになる。

 あのシーンは挿絵も力が入ってたからよく覚えてる。

 けど、あれは健気な女子高生の聖女がやるから格好いいというか、格好がつくのであって、自分がやっても大丈夫なのか。というか純粋に恥ずかしい。

 だって自分はいい年した大人の男だ。可愛らしさなんて微塵もないし、聖女を名乗っても信じてもらえるかどうかも怪しいのに。

 ……それでも、この世界の出来事があの小説をなぞるようになっているのなら、誰かが暴動を鎮めなくちゃいけないんだよな……。


 王宮の地下室に出ると、迎えの騎士が待ち構えていてすぐに案内してくれた。

 入り組んだ廊下を進むのは一本道の地下道よりも難易度が高そうに思えた。

 長官たちは慣れているかもしれないけれど、きっと僕一人だったら即迷子になる。はぐれないようにしないと……。

 そう思って彼らの背中ばかり見ていたので王宮の中のルートは全く頭に入らなかった。

 通されたのは豪奢な装飾が施された部屋。あちこちに施された金泊の色が目に痛い。

 正面に大きな机があって、仁王像のように立っているダヴィデたち数人の騎士たちに囲まれて、猫背気味の小太りの中年男性がちんまりと座っていた。

 ……あの人がきっと国王陛下だろうけど。なんだろう、失礼な言い方をすると社長の机に罰ゲームで座らされた平社員みたいなオーラのなさが……。

「おお、シルヴィオ。無事であったか」

 彼はシルヴィオを見つけて嬉しそうにそう言った。

「魔族との交渉はうまくいったそうだな。争いにならなくてよかった」

 シルヴィオは少し眉を下げて一礼した。

「魔族の件は解決しましたが……陛下。この騒ぎはどうしたことですか」

 王宮の窓からも王都のあちこちで火の手が上がっているのが見えた。

「……一部の貴族が神殿の勝手な言い分を理由に騎士団や国軍まで動かそうとしていたのだ。私は止めたかったのだが部屋に閉じこめられてしまってな。文官達とも引き離されてしまった。シルヴィオは国のために今まで尽くしてくれていたのに、どうして罪に問われなくてはならんのだ。そう問えば、奴らは女神の承認を得てこその国王なのに神殿に逆らうのかと……それなら退位してコジモに王位を譲れだのと……」

 光里は泣きそうな顔で説明するシャルル王を見て、どうやら魔法庁やシルヴィオを庇う国王まで彼らは排除しようとしていたのだと理解した。


 ……実質クーデターじゃないのか、これ。女神の名前を勝手に使って国王をコジモにすげ替えて自分たちの都合の良い政治をしたいだけじゃないか?

 黒幕は小説の中にも出てきた女怪エーヴァこと前王太后だろう。実家が神殿派貴族の筆頭で先々代国王の妃という地位から何かと口出しをしてきた女性。すでに七十歳を超えているはずで、先代聖女リナのような力がないのなら体力も衰えていて不思議ではないのに。

 彼女の原動力は異界から来た聖女に対する憎しみだ。聖女候補だったのに、召喚された聖女が現れるとその地位を奪われてしまった。

 長官たちには言えなかったけれど、エーヴァは討伐から戻った先代聖女を呪い殺したという記述があった。ほんの数行しかないので、何があったのかわからないが、かなりヤバい人であることは間違いない。

 姉さんはそれを知ってたから王都に戻らず森に逃げ込んで姿をくらましたけど、逃げられたから余計に怨念をこじらせてる可能性があるんだよな。

 作中では再び異界から聖女が来たことがトリガーになって憎しみを甦らせるんだけど、今回はどうやら聖女を蔑ろにしている魔法庁をターゲットにしてきている。

 シルヴィオたちが辺境に目を向けている間に暴動を起こさせて魔法庁やシルヴィオを庇う国王を退位に追い込んで、自分たちに都合のいいコジモ王子を即位させようとしている。

 コジモ王子が辺境に現れて言いがかりをつけてきたのもあわよくばシルヴィオを亡き者にしようという狙いかもしれない。

 エーヴァ前王太后もどうせ狙うならあの偽聖女ピエラにしてくれればいいのに、そうしないということは彼女もまた向こう側の人間なんだろう。ということはデルフィーナの実家も味方じゃない。

 今もおそらくはあちこちに刺客を忍ばせているはずだ。そのことは長官たちにも警告している。

 問題は改変の影響で誰を一番の標的にしているかがわかりにくいことだ。

 作中では聖女と恋仲だった王子だった。

 けれどコジモ王子はまだ辺境の砦にいるし、本来そのポジションにいたダヴィデは他に婚約話が進んでいるし、まして「聖女」である光里とは一度会ったきりだ。

 ……そうなると狙われるのは魔法庁の長官であるシルヴィオ様か僕の婚約者になっているデルフィーナのどちらか、にならないか?

 そんなの絶対に許せない。させるはずがない。


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