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第六章 奇跡は起こすもの②

「陛下……いえ、兄上。よく堪えてくださいました。ここで王が神殿の言いなりになれば、政治の敗北です。あとは私たちに任せていただきたい」

 シルヴィオが力強く断言すると、国王は安心したように頷いた。

「しかし……多くの民が押し寄せているし、国軍の半数近くが向こうについていると聞いた。自国の兵と戦うのは避けたい。遺恨がのこるではないか。それにできれば魔法で民を傷つけるのはやめてほしい……」

 ああ、この人は単に善良なんだ。

 光里はそう思った。

 それを知っているからシルヴィオもデルフィーナもコジモには馬鹿だの焼くだのと手厳しくても国王にはそこまで言わないのだろう。

 ただ善良なだけでは国王に向いているとは言えない。けれど支える者がいたから何とかやってこられたタイプなのかもしれない。

 デルフィーナがにこやかに応じた。

「大丈夫ですわ、陛下。無辜の市民をこんがり焼いたりなんていたしません」

 言外にこの事態を起こした連中は別だけど、という言葉がついている気がした。

「それに、わたしたちには当代の聖女がいますから」

 その言葉にシャルル王は初めて光里に目を向けてきた。そして驚いたように目を瞠る。

「……おお、先代の聖女によく似て……だが、男性ではないのか? もしかして先日間違って召喚されたという……」

 どうやらシャルルもリナの彫像や肖像画を見たことがあるらしい。異界から来た聖女リナと共通点がある光里の顔を見て事情を察したようだった。

「そうです。彼は先代聖女リナの弟です」

「なんと。そうであったか。だから男の身で聖女召喚されたのだな」

 ……国王陛下は僕の存在を知っていたんだ。デルフィーナが慰謝料を要求してくれたからか。っていうか、すごい期待の眼差しが……。

 シャルルが感動したように光里を見つめてきて、その視線がちょっと辛かった。

 いや、期待されてもまだ聖女らしいことなんて出来てないへっぽこなんですけど……。

「彼の力で民衆を鎮めます。ですがどこにあちらの手の者が入り込んでいるかわかりませんので、陛下は騎士たちとここでお待ちください」

 シルヴィオがそう言うと、シャルルはコクコクと首を縦に振った。

「……ところで、コジモは無事なのだろうか。部屋にいなかったらしいのだが、妃とともに避難したのか?」

 ……ここでそれを聞くんですか……。っていうか、すでに謹慎先から脱走したの気づいてなかったんですか。

 光里は間の悪さに顔が引き攣りそうになった。シルヴィオはまったく表情を変えずに答えた。

「殿下ならご無事です。わたしの部下が保護しています」

 ……確かに辺境の砦で自称聖女と一緒に魔法庁と辺境警備軍の監視下状態だ。逃げることはできないだろう。嘘ではない。

 事情をいくらかステファノから聞いているのか、ダヴィデが複雑な表情でこちらを見ていた。

 シャルルはほっとしたように頷いて、それからダヴィデとシルヴィオに目を向けた。

「そなたたちには苦労をかけてすまぬ。だが無事で戻ってきてくれ」

 その表情を見て、光里は何となく察するものがあった。

 シャルルは出来のいい弟シルヴィオと比べられ続けてきたのだろう。

 そして、シャルルの息子コジモはシルヴィオの息子ダヴィデと比べられていたのかもしれない。そうした評判はどこかから本人の耳に入るものだ。

 コジモ王子の聖女を妻にしたいという妄執は、もしかしたらそれでダヴィデより上になれると考えての事だったのかな。そうまでして勝たなくてはと追い詰められていたのだとしたら気の毒でもある。

 ダヴィデみたいな見かけも良くて若くして騎士団で活躍している好青年と比べられたら僕だって凹む。実際デルフィーナとお似合いだと卑屈に思ってしまったし。

 そう思うとコジモ王子も可哀想なところはあるのかも。まあ、それでもはた迷惑なことには変わりないし、まったく好感は持てないけど。

 シャルルの周辺警護はダヴィデたちに任せて、光里はデルフィーナとともにシルヴィオに随行した。


 祝賀の時に市民に解放される王宮の一区画があり、そこに近いバルコニーから直接市民に対面することができるという。

 あっちでも一般参賀とかで一般の人を入れたりするのをテレビで見たことがあるけど、ああいう感じだろうか。

「すでに押し寄せてきた市民をそこに集めている。何かを投げてくるかもしれないから気をつけてくれ。あと、これを」

 シルヴィオはそう言いながら長い杖を差し出してきた。

 魔法庁の制服で「聖女」を名乗ると反発されかねないので、デルフィーナがダヴィデの礼装を一式持って来てくれていた。

「この杖は聖女リナのために作られた杖だ。本来代替わりしたら新しい杖を作るのだが、間に合わないだろうからな。持って来させた」

 あちらの世界だと修験僧が持っている錫杖に似ている。金属の軸の先端に複雑な文様の飾りがついていて、星や太陽を模したような形が組み合わされている。

 作中でもこの場で主人公が先代聖女の杖を渡される。リナは魔族討伐に行くと言ってそのまま森に入っていってしまったと聞いていたから、杖が残っていたとは思わなかった。

「ちゃんと残ってたんですね」

 シルヴィオは眉間に皺を寄せた。

「元々は王宮の宝物庫にあったのだが、コジモが再三持ち出そうとするので魔法庁で預かっていたのを思い出してな」

 光里はうっかり笑いそうになってしまった。

 ブレない王子様だな。憧れの異界の聖女の杖がよほどほしかったんだろう。

 握ってみると息を吹き返したように杖が金色の輝きを取り戻した。リンと涼やかな金属音が鳴り響く。シルヴィオだけでなく周囲にいた護衛たちも驚いた顔をしていた。

 ……これって、魔力に反応するんだろうか。

 バルコニーに通じる部屋に近づくにつれて、外の喧噪が聞こえてくる。

 光里は杖を両手で握りしめて、バルコニーに踏み出した。


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