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魔法犯罪対策班業務日誌  作者: 小山タケヒコ
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追走:4

 〇帝国歴2108年9月の第3火曜

  午後1時38分

  帝都第3環状高速道路

  第28料金所を目前にした道路上


 全高は約8メートルほど。人型に限りなく近いプロポーションの体躯は、ごく自然に2本の足で大地を踏みしめている。ライダーとの同調と機体制御が頭部からつま先まで高いレベルで行き届いている証拠だ。とくに塗装がされていないためか、その装甲はくすんだ銀色をしていていかにも実験機といった趣だ。全体的にシャープな印象で、頭部のセンサドームだけがテスト用の機材でも搭載しているのか左右非対称になっている。その中でもとくに肩部の装甲が目を引いた。各部のプロポーションは完全に人型を意識しているのに、その部分だけがやけに大型化しており、どう見ても腕の動きを阻害しそうに見える。いかにも中に何かを仕込んでいそうだ。

 全高から察するに軽量クラスの機体。立ち上がる時の駆動のすべらかさから、おそらくは電磁力方式の人工筋肉ではなく、超高価な形状記憶ミスリルを使用している。全身ミスリル駆動だと仮定して、あのサイズの魔装騎を動かすために必要な魔力量をまかなうには小型かつ超高出力の魔法炉を備えているはず。

 つまりは。


「たぶん、最新かつ最精鋭で、隠し玉もありそうなやばいやつだよ」

「冷静に分析してる場合じゃないよサチコさぁん! 逃げようよぉ!」

「私もそうしたいよ」


 私だって喚いていいならそうしている。

 あれがただの金属のカタマリだったなら。ぼこぼこにして、中から強奪犯を引きずり出してさらにぼこぼこにしていただろう。きっと30秒もかからないに違いない。

 帝国軍の阿保どもめ、なんてものを奪われているのだ。

 厄ネタ中の厄ネタではないか。


 魔法装甲騎士、略して魔装騎と呼ばれる、人類が生み出した最強の兵器。

 かつて戦場の華だった戦車や戦闘機をただの鉄屑にしてしまった、魔法文明の終局点。

 搭乗者の魔力を何十倍から何百倍にも増幅して、3流魔法士の攻撃魔法を戦術兵器レベルにまで引き上げるといわれている。

 各国がその開発に心血を注ぎ、その性能が戦争の行方まで左右する。

 もちろん我が帝国が誇る魔法技術は、その他の国の常に一歩先を行く。

 そんな兵器が。

 そんなものが目の前に立ち上がって私たちを見下ろしているのだ。


「隊長」

「こっちでも状況は把握してる。アイドリング状態だと分からなかったが、とんでもない出力の魔力を感知した」

「なら分かってますよね? 撤退の許可をお願いします」

「ダメだ」


 ああ分かっているとも。

 あれをあのまま暴れさせるわけにはいかない。


「こっちでも打てる手は打っておく。……しばらく支援はできんが、なんとかしてくれ」

「了解」


 隊長からの通信が途絶える。

 きっとあの隊長のことだ。私たちのためにできることをしてくれている。

 隊長とのやりとりを終えるのと同時、目前の魔装騎の魔法炉がうなりを上げ始めるのが感じられた。

 ……来る。

 全身をたわませたと同時に、一足飛びに距離を詰める魔装騎。

 あのクラスの魔装騎相手ならあってないような距離。ヤツのつま先が私の体のあった場所を蹴り抜いた。

 アスファルトをめくりあげた衝撃が、至近距離に雷でも落ちたかのような爆発音となって頭の中に残っている。

 なにかを考えている暇はなかった。

 ヤツが動くのと同時に飛び退いていなければ、あそこに飛び散っているガレキの中に私の成れの果てが真っ赤な色と一緒に花を咲かせていたはずだ。


「サチコさん!」

「≪防壁呪法≫、再封印。……≪天眼呪法≫、解放」


 リョウちゃんが私を呼んだが、答える余裕はない。

 もともと私を狙っていたからか、リョウちゃんは回避できていたようだ。すでにその身は空中にあり、十分な距離をとっている。

 敵魔装騎が態勢を整え切る前に、私は身を守る魔法を解除して『相手を見る』魔法に切り替えた。

 私は魔法士としてとくに優秀というわけじゃない。だから、同時に制御できる魔法はせいぜいふたつまでだ。防壁がないのは非常に恐ろしいが、個人レベルの防壁を展開していたところで、どうせ避けられなければミンチより細かく砕け散るだけ。

 これが、切れる手札の中で生き残るための最善手。


「大丈夫ですか!?」

「大丈夫だけど、大丈夫じゃないかな」


 リョウちゃんからの問いに、何とも不格好に答える。

 ≪天眼呪法≫は私の五感が、意識的・無意識的に捉えた情報を事細かに分析する魔法だ。

 ヤツの発する魔力の流れと、動き出すその瞬間を見極めて未来位置を予測して回避し続けるしかない。

 全身全霊で距離をとったが、どうせまたすぐに詰められる。

 敵魔装騎のライダーは機体の調子を確かめているのか、すぐに突っ込んでこない。ただし、こちらを見つめる視線は全く剥がれてくれない。隙を見せればすぐに突撃してくるだろう。


「リョウちゃん。しばらく手出しはなし。私が隙を作るから最大出力で攻撃。できる?」

「でも!」

「でもは無し。お願いね」


 空中にいるリョウちゃんは敵魔装騎に攻撃しあぐねている様子だった。

 私を巻き込みかねないのもあるし、魔装騎相手に委縮してしまっているのもある。けれど、あの子はどんな悪い奴相手でも傷つけることを躊躇してしまうようないい子なのだ。

 先輩だけれど、私のほうがお姉さんだから貧乏くじは引いてあげよう。


「いくぞデカブツ。休日返上した乙女の意地を見せてやる」

 

 幸い空中にいるリョウちゃんは眼中にないようで、私だけに注意を向けてくれているらしい。

 駆け出しながらも、相手の挙動に極限まで集中する。頭部のセンサが微動してこちらを追跡しているのが見て取れた。ジグザグにステップを踏みながら徐々に距離を詰めていく。私を捉えきれないからか、こちらに向かって巨体が向かってくる様子はない。近づきつつある私を待ち構えているような余裕も感じられない。

 確信する。

 この強奪犯は魔装騎のライダーとしては経験が浅い。本職のライダーなら索敵と機動を同時に行うくらいは確実にこなす。付け入る隙は充分にある。

 態勢を低くして魔装騎を見上げながら距離を詰める。

 私を踏みつぶそうと振り上げた足の下にはすでに私はいない。


「そこ」


 地面に残した軸足。その目線より上にあるヒザ関節の裏へ回り込み思いっきり殴りつける。構造上、装甲で覆うことのできない脆弱な部分だが、軋むような音がしてはじき返されたのは私の拳のほうだった。拳から返ってきた衝撃を受け流しながら距離をとる。

 予想通りの結果なので、焦りはない。

 魔法炉から溢れた余剰魔力が防壁を構築しているのだ。炉の出力次第で強度は変わるものの、起動状態の魔装騎なら標準装備の第2の装甲と言ったところのシロモノ。私の生身の拳ごときで破れるとは最初から考えてもいない。

 ちらり、と背後を一瞬だけ確認する。

 上空ではリョウちゃんが攻撃魔法を準備している。≪流体制御≫によって操作された大気がリョウちゃんの元に集まりつつあるはずだが、見た目ではそれとは知れない。周囲の大気を完全に制御下に置いているため、なんの違和感もないのだ。

 敵魔装騎の頭部センサは私を追いかけ続けている。

 それでいい。もっと私を見ろ。ちょこまかと足元を駆けずり回る鬱陶しい小動物を見続けろ。

 フェイントも織り交ぜながら、時には余裕をもって、時には攻撃をすれすれまで引き付けて。巨人の振り下ろす靴底を回避し続ける。

 敵魔装騎が道路を踏みつけるたびに、道路にヒビや穴ぼこが増えていく。

 すぐそばでアスファルトの砕ける音が鳴り続けている。耳がおかしくなりそうだ。

 敵魔装騎の致命的な攻撃は回避できているものの、砕けた細かな破片まで完全に回避するには至らない。いつもなら防壁に阻まれる程度だが、防壁のない今の状態だと私を傷つけるだけの威力を十分に持っている。ある程度はツナギが防いでくれているとはいえ、それにも限界があるし、むき出しの顔にはいくつか傷もついている。

 乙女の顔をなんだと思っているのだ。

 回避運動を続けながら、時折こちらからも反撃する。なんのダメージも与えられていないが、魔法防壁をチクチクと叩かれ続けるわずらわしさは感じているはずだ。


 そう。もういい加減にしびれを切らして勝負を決めたいと思う程度には。


 私が巨人の足の間を何回往復した頃だろうか。

 敵魔装騎の挙動が変わる。さっきまで私を踏みつぶそうとしていた足をどっしり構え、わずかに腰を落としている。機体の同調制御が行き届きすぎていて、逆に人間臭くなってしまったその動きはとても読みやすい。ライダーが魔装騎に何をさせるのか、何をさせたいのかが手に取るようにわかる。

 さぁ、その手で捕まえに来い。私は今からアスファルトにできたヒビに躓く予定だ。絶好の機会を逃すんじゃないぞ。

 私は地面にできたヒビにわざとつま先をひっかけて一瞬だけ態勢を崩すふりをする。

 それを好機と見た敵魔装騎が上体をかがませながら迫る両腕の勢いはとても恐ろしい。私からそう誘導したのでなければ、もしかするとその巨大な手の平に握りつぶされていたかもしれない。

 だが。


「そうはいかない」


 私がそうつぶやいたのは聞こえただろうか?

 勢い余って私のいたはずの場所を殴りつけたその巨腕にすでに飛び乗っている。


「リョウちゃん準備」

「了解!」


 リョウちゃんの頼もしい返答を聞きながら、腕を伝って駆け上がる。

 狙うのは私から一切視線を切らなかった優秀な頭部センサドーム。動き続ける私を捉え続けたとびきりの優等生だ。

 頭部の真正面まで這い上がる。自動追尾で私を追っていた人間と同じくふたつある瞳が目前にあった。

 私は両の拳にありったけの魔力を注ぎ込んで、そのセンサカメラを殴りつけた。

 目潰しだ。

 今、敵魔装騎のライダーは自分が見ているものと機体が見ているものの区別がついていない。私を追いかけることに固執し、知らず魔装騎との同調を高め、機体を自分の体のように感じているはずだ。

 もちろん私の拳が魔装騎にダメージを与えることはない。防壁に阻まれてチクリとも痛まないはずだ。

 だが、痛くないからと言って人間、反射的な行動までは抑えが効かないものだ。

 その結果びくり、と機体が一瞬止まる。


「吹き飛べぇええええええええ!!」


 この隙を逃すリョウちゃんではない。掌に恐ろしい密度で圧縮された空気の塊を魔装騎に向かって射出する。

 この程度の連携ならなんとでもなる。私は魔装騎の頭部から飛び降りながら≪天眼呪法≫を解除して≪防壁呪法≫を再度展開する。

 さっきの強奪犯の構築した≪炸裂≫魔法の比ではない爆発が魔装騎を襲う。

 余波だけで私の魔法防壁を突き破りかねない威力の魔法に、地面にしがみつきながら必死に耐える。リョウちゃんのことだから、きっと操縦席に座るライダーに影響のないようにしてはいるだろうが、周囲への影響までは気を配れなかったのだろう。全力でやるように言ったのは私だ。

 周囲に散らばっていたガレキや新しくはがれてしまった道路の破片が、きれいさっぱり爆心地を中心になくなっている。

 轟々と空気のうねる音が止んだそこには果たして。


「ウソだろ……」

「そうであってほしいよね」


 ヤツが無傷で立っていた。

 やけに怪しかった肩部装甲を展開して、つい先刻の焼き直しのように私たちを見下ろしていたのだ。



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