追走:3
〇帝国歴2108年9月の第3火曜
午後1時26分
帝都第3環状高速道路を逃走中の大型輸送車両上
魔法は『念じれば通じる』が、ただ念じるだけでは結果は同じでもたくさんの無駄ができてしまう。
文明の発展とともに魔法は体系化され、『神秘的な現象』から『だれにでも扱える技術』へとその姿を変えていった。
その技術の最たるものが魔法式と呼ばれるものだ。
人間の脳の未使用領域に焼き付けられた魔法の設計図。魔力を決められた道筋通りに制御して、どんな人が扱ってもだいたい同じ結果を出力するための制御回路のようなもの。
その他にもいろいろな制御方法が考案されたようだが、長い歴史の中で淘汰され、今では最もメジャーな技術となっている。
魔法式を展開して魔力が流れる気配。
銃声と同時に≪貫通≫及び≪炸裂≫の魔法式を感知した。
認識した次の瞬間にはヘルメットと私の左胸に銃弾が着弾、同時に爆発音がする。
揺れる車上でのこの正確な射撃。驚異の腕前だ。
魔法を込められて炸裂貫通弾と化した銃弾は私のヘルメットを粉砕した。
だが甘い。
流れるような魔法式の展開構築力は素晴らしいの一言だが、単純な出力が足りない。これくらいの魔法ならば、全身をくまなく覆っている私の魔法防壁を貫くことはできない。
貫くことはできない……が、防壁の効果範囲外にある私のヘルメットは粉々だ。お気に入りだったのだけれど……。
「対象からの魔法攻撃を確認。実力行使に移ります」
まとめていた髪が解けて風にさらわれていく。
いつもは伸ばした前髪で隠している私の顔もあらわになる。
鏡で確認する気にはなれないが、私の顔には活性化して淡く発光する魔力紋が浮かんでいるはずだ。服の下に隠れて見えないがそれは全身に浮かんでいる。
私の体に刻み込まれた呪いの証。
荷台の上に荷物があるせいで、まっすぐに駆け抜けるとはいかない。でこぼこしていてとても走りにくいが、私は魔法防壁頼りに無造作に距離を詰めていく。
二射目三射目、焦っているのか照準がぶれて肩と太ももに着弾。特に障害にはならないのでそのまま突き進む。
四射目、荷台の荷物をまたぎながらでまっすぐに走れないのが功を奏したのか、今度は当たらない。後方で≪炸裂≫魔法が爆発する音が聞こえた。
五射目、もう撃たせない。
引き金を引く寸前で、彼我の距離はすでに私の手の届く範囲にまで縮まっている。
≪強化呪法≫で強化された身体能力で力任せに、構えている手の平ごと拳銃を握りつぶす。
「ぐあっ!」
「やっとお声が聞けたね。決して聞きたかったわけではないけれど」
複雑骨折どころではないだろうし、砕けた拳銃の破片が肌を突き破って血も噴き出している。
痛みにうめいたものの、即座にもう片方の手に≪貫通≫と≪衝撃≫の魔法を乗せて私を殴りつけてくるのはさすが職業テロリストか。
だが悲しいかな、先ほど同程度の魔法を込めた銃弾を防いで見せたのを忘れたのだろうか。
魔法と魔法が干渉して軋むような音がしたのは一瞬だけ。
私の防壁をまったく破れなかった≪衝撃≫魔法は、男の拳へと威力をそのまま返し、血飛沫を上げさせる。
これで男の両腕は使えなくなった。
男は憤怒の表情で私をにらみつけ、口を開く。
「化け物がぁ!」
「化け物で結構。人様に迷惑をかけるよりは、はるかにマシだよ」
言って、鳩尾を下からえぐるように殴りつけ、襟首をつかんでそのまま後方へと投げ捨てる。
「リョウちゃん」
「心得てますよ!」
待ち構えていたリョウちゃんが手を突き出して魔法を行使する。
圧縮空気のクッションが男を受け止める。流れるように魔法を変質させてそのまま男を捕縛する拘束具とする。さっきのバイクのことでも確かめられていたが、この車に近づかない限りはリョウちゃんの魔法も問題なく行使できているようだ。
道路にそのまま転がされたところまでは見えていたが、なにせ私は猛スピードで走る車上にいるため、あっという間に遠のいてもう砂粒ほどにしか見えない。どうか後続車両に轢かれたりしませんように。
あとは運転席のもう一人を無力化すればいいだけだが、ずっと走ったままのこの車を止めないことには事故を起こしてしまうかもしれない。
幸い、交通量そのものは多くはないためか、周囲に一般車両はいない。ただ、交通規制などが遅れているため、いつまでこの状況が続くかは分からない。
急いで事を収めなければ、と考えたその時だ。
「うわっ」
と、思わず声に出してしまったのと。
甲高いブレーキ音が耳に届いたのと。
急減速した車両上の私の体が慣性のままに車両前方へと投げ出されるのはほとんど同時だった。
思案し始めたそのタイミングで急ブレーキを踏んだらしい。狙ってやったわけではないだろうが、なんというタイミングだろうか。
空中に投げ出された私は、体をひねって受け身の態勢をとる。勢いを落としきれずにごろごろと転がってあちこちぶつけるが、ツナギが汚れてしまった以外にとくにダメージはない。
「大丈夫ですか!?」
「問題ないよ。ちょっとびっくりしただけ」
リョウちゃんがそばに着地して、私をのぞき込んでいる。
起き上がるのに手を貸してもらいながら、さっきまで上に乗っていた輸送車を探す。
だいぶ転がってしまったのか、後方で車体を斜めに停車させた輸送車からは距離が開いてしまっている。
結構な速度からの急減速だったが、運転席のあの男はどうなっただろうか。
シートベルトを締めていたとしてもかなりの衝撃があったように思う。
「私のことはいいから犯人確保しないと」
「そうだった!」
いい子だけどちょっと抜けているのだ。
すぐさま踵を返して飛び上がったリョウちゃんの後を追いながら、私も輸送車に向かって駆け出す。
「あれ?」
視線を向けた先。
全体的に身体能力を底上げする私の魔法は、もちろん視力だって強化している。少し離れたとはいえ、この距離ならフロントガラス越しの車内の様子くらいはくっきり見える。ただ、その車内には運転席にあるべき人影が見当たらなかった。
「リョウちゃん、まずい。犯人逃げたかも」
「でも、俺の索敵には特にそんな反応はないよ? ずっとあの車の中にいるみたいだけど」
彼の肉眼ではまだ見えていないようだが、すでに≪流体制御≫を応用した索敵魔法で周囲の様子を把握していたらしい。
彼の制御下にある大気を伝う振動を感知することで、レーダーのような使い方ができると聞いている。
ただ、弱点がないわけじゃない。
大気を操る彼の魔法士としての腕前は一級だが、彼自身の情報処理能力が追い付いていないせいで、多少大雑把になりがちなのだ。
そう、確かに犯人は輸送車からは離れていない。
近づきつつある輸送車の荷台が、かぶせられた防護シートごと動き始めているのが分かった。
あれに積まれている荷物はなんだったろうか?
「……軍用の実験兵器」
「サチコさん、なんて?」
つぶやいた独り言はリョウちゃんの耳には届かなかったようだ。
逃げる犯人を捕まえることばかり考えていたが、私たちにはもうひとつ目的があった。
強奪された帝国軍の実験兵器の回収―――忘れていたわけではないのだ。
その兵器を彼らが使うという発想が完全に抜け落ちていただけで。
「サチコさんあれって……やばくない?」
もちろんやばい。
めくれ上がったシートがそいつの足元に滑り落ちるに至って、リョウちゃんも気づいたようだ。
私たちの足は、いつの間にか止まっていた。これ以上近づくのがまずいと本能的に悟っていたのだと思う。
見上げるその先。
ぼやっと浮かぶ相貌に宿る魔力光が私たちを睥睨している。
「魔装騎……」
ぽつりとこぼれたその名には『絶望』とでもルビが振ってあったに違いない。




