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 馬車から降りて、舞踏会の会場に入ると、ザワザワと騒がしかったその場が、一瞬、静寂に包まれた。


「………どちらの……」


「あの方が、ザリアの……」


 方々から、ヒソヒソと声が聞こえ、思わず、エドワードの肘にかけていた手に、力が入った。


「大丈夫……ルーが綺麗だから、見られてるだけだよ」


 エドワードは、顔を近づけて、元気付けるように、笑顔でささやく。


「ありがとう。エドも、1人にしてごめんね……ロラン殿下と一曲踊ったら、一緒に踊りましょう。声をかけてね」


 エドワードこそ、ザリア家に来て、たった1ヶ月で王族の主催する舞踏会に出席するなんて心細いだろうに。優しい気遣いが、心を温かくする。なんとか笑顔を返し、ダンスの約束を交わして、そばを離れた。


 華やかな音楽が流れ、王族の登場を知らせた。

 その場にいた全員が、最上の礼をし、到着を待つ。


 ファンファーレと共に登場した陛下は、手をかざすと言った。


「おもてをあげよ。本日の舞踏会、皆、楽しむように」


 陛下のお言葉の後、皆が顔を上げた。ダンスのためのスペースが中央に空き、陛下と王妃、第1王子とパートナー、ロラン王子が中央に進みでる。


 ロラン王子と目が合うと、彼は、私に向かって手を差し出した。


 静寂の中、ロラン王子の前まで進み出る。ルイ先生から、こうなるだろうと聞いていなかったら、パニックになるところだ。周りからの痛いほどの視線に緊張が走る。


 ……ここが勝負どころだ。震える気持ちをおくびにも出さず、優雅な笑顔でロラン王子の手を取る。この場を、魅了するのだ。



 音楽が始まった。



 ……ステップ、ステップ、ステップ、ターン、ステップ…………


 軽やかなワルツの音楽に合わせて、軽やかに舞う。頭の中は、教わったステップで一杯だが、顔は晴れやかに、仕草は優美に。ルイ先生に教わったことを必死でこなす。


 ……それにしても、ロラン殿下のリードが、意外と優しい。ルイ先生とは、意地悪なリードをされた場合の対策も練っていたが、しっかりとしたホールドと、ほんの少しだけ先を行く仕草で、迷う必要もない。


 レオノールのように、華やかで、ちょっといたずら心のある感じとは違って、教科書のように堅実で、安定している。


「見違えたな」


 ステップとは別のことを考え始めたのが伝わったのか、ロラン王子が聞いてきた。


「ありがとうございます……今日は、お優しいんですね」


 ターンをして、戻ったタイミングで聞いてみる。


「そうか? ……ふむ……確かに、そなたには、少々厳しく当たっていたかもしれぬな。小さい頃から、周りには大人しかいなかったゆえ、納得できぬことには、相手が誰であろうとも全力で当たっていたのだ。あのときは気にもならなかったのだが……」


 ロラン王子は、リードを続けながら答える。


「周りへの配慮というものを、この1ヶ月、嫌という程、叩き込まれてな……ザリア伯爵夫人の紹介とかいう、新しい家庭教師に、休む間もない程、つきまとわれておる」


 思わず、ぽかんと口が開きかけるが、気力で止まる。お母様の暗躍は、止まるところを知らないようだ。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません……」


「全くな……そなたと関わってから、面倒ばかりだ」


 ロラン王子が、苦笑して答えたところで、音楽が終わった。

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