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神が奏でる小夜曲  作者: 雲居瑞香
第1幕 聖都エーレンフェルス
3/19

2、どうやら聖協会は魔境だったみたいです。

サブタイトルが思いつかなかったので……





 その後、エリゼオに簡単にエーレンフェルス城内を案内してもらった。かなり広い城なので、案内なしに中央区角から出ないように厳命された。以前、本当に城の中で迷子になり、餓死した人がいるらしい。そんな間抜けな死に方は確かに嫌である。


「で、ここが客人用の食堂。君以外にも何人か客人がいるから」

「わかりました」


 最後に食堂に案内された。確かに、数人、聖協会の会員ではなさそうな人たちがいた。何となく、聖協会の会員かそうでないかがわかるのは何故だろう。

 そんなわけで、シャロンは城にいる間も仮面をつけることにした。仮面は視界をさえぎるため、あまり好きではないのだが、顔に文字が書かれているよりは人に奇異の目で見られないため、外を歩くときはいつもしていた。今は春先だからまだいいが、夏になるとこの仮面は暑いのも難点である。


 食堂で食事をとり、貸してもらった部屋のベッドに寝転んだ。今日は普通に旅をしている時よりも疲れた気がする。まあ、ランサム王国から聖都エーレンフェルスから近い街まで、転送魔法陣で移動してきたのだが。だから、シャロンの実際の移動時間は5日ほどになる。



 この世界では魔法が生活を成り立てている。そのため、かなり生活水準は高いと思われる。転送魔法陣はその他の通り、ある場所から別の場所へ移動するための魔法陣で、使用し過ぎると体によくない、と言われているが、急いでいるときなどは多用される。急ぎでなければ馬で移動だ。魔術師や魔法使いの中には空を飛んで移動、なんて人もいる。

 例えば明かり。これも魔法石を使用した魔法の光だ。火を起こす時も水を使う時も、魔法が必要になる。そのどれもが、魔法石と呼ばれる魔力をはらんだ石で代用できる。だから、魔力がない人も高い水準で生活が送れるのだ。



 このエーレンフェルス城は、魔術師ではないシャロンでもはっきりとわかるくらい、魔力に満ちていた。清浄な気配。おそらく、この城の中でなら、魔法は通常よりも強力になるだろう。おそらく、集まっている者の魔力が高いからだ。


 ここでなら、3年間どうにもならなかったシャロンに現れた謎の文字列がどうにかなるかもしれない。そんなことを考えているうちにシャロンは眠ったらしく、目を覚ますとすでに朝だった。一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。



「……ああ。エーレンフェルス城か」



 いつも寝起きしていた神殿の自室は簡素な部屋だった。シャロンがさほどものに興味がないのもあるが、神殿なのだから質素なのはある意味当然だろう。ものはよかったが。

 しかし、この客室の家具は『ものがいい』レベルではない。最高級品なのではないだろうか。いや、シャロンにはよくわからないが。

 顔を洗って鏡を見ると、今日も文字列が顔の右側を覆っていた。シャロンは顔を拭くと、仮面をつけた。

 昨日案内された食堂で食事をとっていると、明らかにこの城を訪れているだけの人とは雰囲気の違う少女が現れた。昨日、シャロンを見るなり逃げた美少女。たしか、名前はリエラだ。



「おはよう」



 シャロンの前まで来たのにうつむいて何も言わないので、シャロンの方から声をかけた。仮面が不気味なのだろうか……。確かに、あまり女の子受けはよくなかったけど。



「お、おはよう……」



 やっと顔を上げたリエラは無表情で言った。なんだか声音と表情が釣り合っていない気がする。


 改めて見ると、リエラも計算されたかのような美貌だ。たぶん、シャロンよりも年下だが、美少女というよりも美女という印象。アーモンド形の釣り目は気が強そうだが、実際はそうでもないようだ。胸元まである黒髪は結い上げられていた。

「……ユリアさんが、あなたのことを呼んでる。朝食が終わったら来てって。私は案内役……」

「わかりました。もう食べ終わったから、案内してもらえる?」

 顔の片側だけで微笑むと、リエラはうなずいた。廊下をリエラに先導されながら、シャロンは間を持たせようと話しかける。

「知っていると思うけど、私はシャロン・ドリューウェット。君はリエラちゃん、だよね?」

「あ……うん。リエラ・ファリアス。その、よろしく……」

 どうやら、リエラは質問すればちゃんと答えがかえってくるタイプのようだ。本当にただの人見知りなのかもしれない。

 リエラに連れて行かれたのは城の生活空間の中だった。まあ、シャロン1人で歩いていれば迷っただろうが……。リエラは一つの扉をノックした。


「誰?」


 たぶん、ユリアーネの声だ。リエラが「私です。シャロンさんを連れてきました」と中に呼びかけた。

「入っていいわよ」

「失礼します」

 リエラが扉を開けて、シャロンに中に入るように促した。シャロンは礼を言って中に入り、その後からリエラが部屋の中に入った。

 そこは、病室のようだった。ベッドには茶髪の男性、その傍らには椅子に腰かける銀髪の女性。窓から入ってきた風が、女性、ユリアーネの髪をふわりと揺らした。とても幻想的な光景だ。



「朝早くに呼び出して悪いわね。リエラもお使い、ご苦労様」



 ユリアーネのねぎらいに、リエラは首を左右にふるふると振った。なんだかかわいい。

「シャロン。彼は『三人の聖者イ・アギイ』のベルナール・ルキエよ。ベルナール。例のシャロンよ」

「初めまして、シャロン。ベッドの上から失礼する……ベルナール・ルキエだ。よろしくな」

 優しい声音で言われ、身構えていたシャロンは頬を緩める。

「ご高名はかねがね。ランサム王国から来ました、シャロン・ドリューウェットです。どうぞお見知りおきを」

 ベルナール・ルキエ……この人が。シャロンは思わずまじまじと彼の顔を見つめた。半世紀以上、『三人の聖者イ・アギイ』として聖協会に君臨する大魔法使い。

 しかし、少なくとも60半ばでないとおかしいのだが、ベルナールの容姿はどう見ても40歳をいくらか越えたくらいにしか見えない。しかも、例によって見目が整っている。優しげな空色の瞳がうらやましい。シャロンは切れ目なのだ。

 すると、シャロンの考えを読んだのか、ユリアーネがくすりと笑って言った。



「知っているかしら? 神器に選ばれる人間は美形が多いんですって。そして、魔力が多いものに老化が遅いのはよくある話よ。この城は見た目で年齢が計れない人が多いから見た目に騙されないのよ。ちなみに、ベルナールさんは今年で72歳」



 ユリアーネがさらりと解説した。暗に自分も美形だと言っているが、彼女なら許される気がした。この城に美形が多い謎が解けた……。聖協会本部であるが、ある意味魔境と言ってもいいかもしれない。


 魔力が多いと人より老化が遅い、という話も聞いたことがある。つまり、ユリアーネやリエラも見た目より年を食っている可能性があるのだ。いや、リエラはやはり10代前半から後半だろう。18歳のシャロンよりも年少に見えるし。

 だとしたら、リエラは何故ここにいるのだろうか。一番可能性が高いのは神器の使い手だから、だが、そう言った紹介を受けていないのでわからない。

 とはいえ、この聖協会の職員には見えないので、やはり彼女は戦闘員なのだろうと思う。これで戦闘員が務まるのかは謎だが……。



「まあ、いらっしゃいな。ベルナールが話しをしたいんですって」



 ユリアーネがシャロンを手招いた。思わずリエラを見るが、彼女ははっとしてうつむいた。この子、大丈夫だろうか。その、人間的にも……。

「顔を見せてもらってもいいかね?」

「はい」

 シャロンはうなずいて仮面を取り、髪をかきあげた。じっと見つめるベルナールの視線がくすぐったい。

「……ふむ。確かに害はなさそうだが、利点も特にないという話だったな」

 シャロンはうなずいた。

「右の上半身のほとんどに広がっているという話だったな……さすがに見せてもらうわけにはいかんな。手を見せてもらえるかな?」

 今度は右手を覆っている手袋を取った。薄手の手袋だが、邪魔だ。仮面も視界が狭まるし、周囲が気にしないのなら仮面も手袋もしないのだが。


 シャロンに現れた金の文字はシャロンの右腕も覆っていた。初めに現れたのが右腕で、そこから右肩、右の胸、そして今は腹部の右側も覆っている。


「君はこの文字をどう思うかね?」

 これは初めてされた質問だ。シャロンは少し考えて答える。

「私は魔法的なことはよくわかりません。ただ、ちょっと奇異の目で見られる以外は普通に生活するのに支障はないですし、特に害のないものだったら放っておいてもいいかな、という気はしています」

「……豪胆な子だな」


 うん。よく言われる。


「私が見たところ、これは君の魔力の一部が表面化している。よって、切り離すことはできない。しかし、何故この文字列が出てくることになったのか、原因があるはずだ。聖協会としては、その原因が気になる。聖性文字による封じは、魔物などの悪しきものを封じるときによく使われる魔術だからだよ」


 ベルナールはなんでもないように言ったが、恐ろしいことが言われて気がするのはシャロンだけだろうか。

「……えっと。私の中にそう言った悪しきものがある、ということですか?」

「理解の早い子だね。そうだ、と断定はできないけど、その可能性は高い。よって、もうしばらくこの城に滞在しなさい。何とかするから。ユリアが」

「って、私がやるの!?」

 黙ってニコニコ話を聞いていたユリアーネが思いっきり突っ込みを入れた。

「何を言う。君とミエスの得意分野だろう」

 あれ? 昨日は「自分には無理」的なことを言っていた気がするのは気のせいなのだろうか。

「いや……確かに鑑定してもらえれば何とかできなくはないけど……シャロンは魔術師ではないのよね?」

 こくっとシャロンはうなずく。「そうよねぇ」とユリアーネ。

「魔術師じゃないと問題があるんですか?」

「うーん。魔術師だったら私の魔法の支援で自力で何とかできる可能性があるんだけど……魔術が使えないんだったら、私がすべてやるしかないから、加減が」


 ああ。ユリアーネは確かに豪快そうだ。


「さすがにそれはちょっと怖いです」

「そうでしょうね」

「とにかく、まずはシャロンの精密検査だな」

「何とかしろってあなたが言ったのよ、ベルナール」

 またもユリアーネのツッコミ。何だろう。聖協会には行動のおかしな人が多すぎる。

「シャロン、時間はある? なら、気長に様子を見てみましょうか。リエラはしばらくシャロンと行動を共にしなさい」

「……え」

 リエラがゆっくりと瞬きをした。一度ギュッと唇を引き結び、それから息を吐いた。

「……なんで?」

「なんでって、あなたの野性的勘を頼りにしているからよ」

 ユリアーネの発言が地味にひどい。何だ、野性的勘って。単純に臆病なだけじゃなくて?


「まあ、それ抜きにしても、リエラはシャロンと年が近いしね。それに、一応監視係も兼ねてね。お客様が迷子にならないように見張ってるのよ」

「……わかった」


 あきらめたのかリエラがうなずいた。シャロンはリエラに「よろしくね」とほほ笑む。リエラがコクコクとうなずいたので、了承と受け取る。



「ユリアーネ様! ベルナール様!」



 病室の扉が激しくたたかれた。リエラがびくっと震えたが、ゆっくりと扉に近づき、彼女は扉を開いた。聖協会の職員の男性が飛び込んでくる。彼が口を開く前に、ユリアーネがツッコミを入れた。

「どうしたの。病室で騒ぐとは何事よ」

「すみません! そ、それが……大変なんです!」


 だから、何が大変なんだ。


 おそらく、この部屋にいた人間全員がそう思った。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


常識人ぶっていますが、シャロンも大概変わっています。

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