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神が奏でる小夜曲  作者: 雲居瑞香
第1幕 聖都エーレンフェルス
2/19

1、妖精の女王

ちょっと長いです。




 シャロン・ドリューウェットは3メートルはある白い城壁を見上げてつぶやいた。



「ここが……聖都エーレンフェルスか」



 感慨深げにつぶやくシャロンを、城壁の警備兵が胡乱気に見ていた。しかし、それは無理もない話だろう。何しろ、シャロンの恰好は怪しすぎた。

 目深にかぶったフードマントに、顔を覗き込んでも顔の右側半分は長い髪、その下は怪しい仮面。腰には剣を佩き、足元は歩きやすいブーツ。荷物は肩から下げた鞄一つ。一目で旅人とわかる格好だが、顔を隠すところがとにかく怪しい。

「……兄ちゃん。入るのか、入らないのかどっちだい」

「あ、すみません」

 警備兵に呼びかけられて、シャロンは謝り、紹介状を見せた。



「ランサム王の紹介で来ました。シャロン・ドリューウェットです。聖協会本部を訪ねてきたのですが」

「どうやらそのようだな。この門から入ってまっすぐ行って、一番大きな十字路で右に曲がればエーレンフェルス城だ……まあ、見えるけどな」



 入れ、と警備兵が門を開けてくれる。シャロンは礼を言って門を通過した。


 聖都エーレンフェルス。その中心にそびえたつのは荘厳なる城、エーレンフェルス城。大陸を平定したと言われるジークフリート大王が最後を迎えた城であり、聖協会の総本部だ。


 聖都エーレンフェルスは、城壁の中に入ると、まず町がある。この城壁の中が小国家と言っていい。治安がいいのでにぎわっており、聖協会のおひざ元とあり、魔法道具が破格の値段で売られていたりする。

 警備兵が言うとおり、エーレンフェルス城は周囲の建物より大きく、どこからでも見えたし、一番大きな十字路で右に曲がると、ちょうど正面門にたどり着いた。ここにも城門があり、門番がいる。シャロンは城壁の警備兵と同じ会話を繰り返すと、中に入った。そこから、玄関にたどり着くまでが長かった。



 玄関までの階段にはやはり兵が立っていたが、ちょうどエントランスから黒髪の少女が出てきたので声をかけた。



「あの、すみません」



 呼びかけられて振り向いた少女は赤みがかった菫色の瞳をした美少女だった。彼女はざっと蒼ざめると、城の中に駆け戻って行った。ぽつん、と取り残されるシャロン。




 私はどうすればいいのだろう……。




 シャロンが警備兵に声をかけようか迷っていると、今度はエントランスから男性が出てきた。

「いや、すまん。あの子、ちょっと人見知りでな……客人でいいんだよな?」

 20代前半から半ばほどの男だった。さほど背は高くないが、見目は整っている。長めにそろえられた栗毛に涼しげな目元。虹彩はグレイ。シャロンは男の顔を見つめたままうなずいた。

「はい。自分も怪しい恰好をしているので、お気遣いなく」

「……一応、怪しいという自覚はあるんだな」

 男が言った。当然だ。この格好、暑いし。

「ま、とりあえず入ってくれ。話を聞こう」

 シャロンは男に続いて城の中に入った。城の中は、何というか、荘厳だった。しかし、やはり協会本部ということだろうか。忙しそうに歩き回る人が多く見られた。



「そう言えば名乗っていなかったな。僕は『十五人の博士(ドクトル)』のエリゼオ・タリーニ。お察しいただけたかもしれないが、キャヴァッサ共和国の出身だ。ちなみに、さっき君を見て逃げて行った子がリエラ・ファリアス。シエルラ王国の出身。それで、君は?」



 歩きながら振り返って尋ねられた。シャロンは正直に答えた。

「ランサム王の紹介で来ました。シャロン・ドリューウェットです」

「ランサム王国から……遠くから、よく来たな。さあ、入ってくれ」

 と、エリゼオと名乗った男は応接間らしき部屋の扉を開けてシャロンに入るように促した。自分は入る前に「お茶を頼む」と近くのメイドに言いつけている。

「で、その紹介状を見せてもらえるか?」

「どうぞ」

 予想していたので、シャロンは向かい側のソファに腰かけたエリゼオにランサム王の紹介状を見せた。エリゼオは「本物のようだな」とうなずく。


「それで、どうしてここに来ることになったか、尋ねてもいいか?」


 シャロンはうなずき、かぶったままだったフードを外し、顔の右側を覆っている仮面も外す。そして、髪をかきあげた。

「これです」

「これは……すごいな」

 エリゼオはシャロンの顔の右上部分、つまり、右目の周囲を見つめて言った。



 シャロンの右目の周囲には、ずらりと文字が羅列されていた。しかも、古代文字だ。ランサム王国内では手に負えず、こうして聖都まで来ることになったのである。



 この文字列は、シャロンが15歳のころに現れた。まずは右腕から。そして、日々その文字は広がっていき、3年経った今では、ほぼ右半身すべてを覆っている。



 そう話すと、エリゼオは顔をしかめた。

「もう少し早く来てくれれば、手の打ちようもあったんだが……ああ、ちょうどいいところに」

 ちょうど入ってきたメイドに、エリゼオは呼びかけた。お茶のポットを置いたメイドが「なんでしょうか」と尋ねる。

「ユリアさんを呼んできてほしいんだが」

「ユリアーネ様ですか……現在、多忙ゆえにお越しになれるかどうか……」

「ダメならこちらから行く。とりあえず、行ってきてくれ」

「はあ……」

 メイドは釈然としなさそうだったが、命令に従って部屋を出ていった。エリゼオについでもらったお茶を飲みながら尋ねる。


「ユリアさんって、ユリアーネ・エルメンライヒ様の事ですか? 『三人の聖者(イ・アギイ)』の1人の」

「ご明察。まあ、エルメンライヒは旧姓だけどな。今はリスティラだ」


 結婚したということだろうか。最近では、結婚しても女性が旧姓で通すことが多くてわからない。

「エリゼオ様。ユリアーネ様からの伝言です。『話がしたければ私の所まで来い』だそうです」

 メイドが戻ってきて報告した。シャロンは髪をおろして顔の文字列を隠した。エリゼオが立ち上がる。

「だろうな。シャロン、行こうか」

「わかりました」

 シャロンはうなずき、荷物をすべて手に持つと、エリゼオに続いて廊下に出た。仮面をしていないため、シャロンの顔の文字列が見られる可能性があるが、幸い、この城には変わった格好の人も多いため、タトゥーの一種だと思われるかもしれない。



 連れて行かれた部屋は執務室のようだ。部屋の扉は開けっ放しで、警備が立っている意味がない。部屋にはひっきりなしに人が出入りしている。

「ユリアーネ様。ヴァラハ王国から監査報告が……」

「こちらは先月の魔物討伐における諸経費と、被害総額です」

「ラクロワ共和国から、支援の要請が来ておりますが」

「順番に話せ! それと、わかりやすく要点をまとめてから報告に来い! この状況で報告書など読めるかっ」

 次々と上がる報告に、中心にいる美女がわめいた。青っぽいシルバーブロンドが緩く波打ち、背中の中ほどまで流れている。たれ目気味の目は切れ長で、青灰色。容姿だけ見れば幻想的な美女だが、彼女の言動がそれをすべてぶち壊していた。



「彼女が『妖精の女王』ユリアーネ・リスティラだ。幻滅したか?」

「いえ……そこまでは」



 面白そうに尋ねるエリゼオに、シャロンは首を左右に振った。ショックは受けたが、幻滅というほどではない。この部屋の状況を見れば、怒鳴りたくなるのはわかる。かなり広い部屋なのだが、書類であふれかえっていた。

 エリゼオとシャロンの会話が聞こえたのか、ユリアーネの目がこちらを見た。


「よう、ユリアさん。今大丈夫か?」

「この状況が大丈夫に見えるか!? ベルナールが倒れたから、すべての報告が私のもとに!!」

「落ち着いてください、ユリアーネ様」


 ぽん、と政務官の1人らしい青年がユリアーネの肩に手を置いた。ユリアーネは口元をひきつらせたが、ひとまず落ち着いたようだ。そしてエリゼオとシャロンを手招く。



「その子が例の子? きれいな顔をしてるわね」



 幾分落ち着いた口調で言われて、シャロンは内心ほっとした。しかし、絶世の美女と言っても差し支えないユリアーネに『きれいな顔』と言われても、どんな反応をすればいいのかわからない。

「まあ座って。書類は適当に動かしていいわよ。ロイク、お茶」

「はいはい」

 ロイクと呼ばれた政務官らしき青年がお茶を用意しに行く。エリゼオは応接用のソファを支配している書類を動かし、シャロンに座るように促した。



「で? とりあえず、あなたの名前を教えてもらえるかしら?」

「ランサム王の紹介で来ました。シャロン・ドリューウェットです。お会いできて光栄です、『三人の聖者(イ・アギイ)』ユリアーネ様」

「礼儀正しい子ね。ユリアーネ・リスティラよ。世にはエルメンライヒの名で知られているかもしれないわね」



 シャロンの向かい側に悠然と腰かけたユリアーネが微笑んだ。そこに、ロイクと呼ばれた青年がお茶を持ってくる。

「どうぞ。ユリアーネ様はハーブ・ティーです」

「あら、ありがとう」

 確かに、ユリアーネのカップだけ中身の色が違った。

「それで、どうしてランサム王国からこんなところまで? 悪いけど、時間がないから手短にお願い」

 シャロンは無言で前髪をかきあげた。シャロンの顔の文字を見たロイクは息をのみ、ユリアーネは「あらまあ」と頬に手を当てた。

「珍しい現象ね。これ、どこまで広がってるの?」

「右腕に現れて、今は右の上半身のほとんどに出ています」

「どうしてすぐに来なかったの?」

「私の養父が協会の神殿の神官で。それで、いろいろ試してみたのですが、結局消えなくて」

「ああ。なるほど」

 聖協会の神殿には、当たり前だが聖協会の神官がいる。魔物に対抗する力はほとんどないと言われているが、それでも、結界を張って護ることはできる。

 手の文字も見せると、ユリアーネはその手を取ってまじまじと観察した。



「念写ではなさそうね……私、あまりこういうのは得意じゃないのよね。どちらかというと、ベルナールの方が得意なんだけど」

「ユリアさん短気だもんな」

「うるさい」



 エリゼオの茶々にユリアーネは彼の頭を丸めた書類で殴った。ユリアーネはシャロンの手を離すと、紙とインクを発掘して何か書き始めた。

「本当はベルナールに見せたいところだけど、仕方がないからミエスに見せてきなさい。今手紙書いてるから」

「ええっ? ミエスさんの所に!?」

「たぶん、今日も大図書館(ビブリオテーカ)にいるわよ」

「それはわかってるよ! でも、邪魔したら怒るだろ!?」

「それは怒らせるあんたが悪い」

「そんな!」


 なんだろう。エリゼオがそんなに嫌がるとは、よっぽど怖い人なのだろうか。


「いいから行ってきなさい。シャロンの文字を何とかしないといけないでしょう」

「……わかりました」

 エリゼオに促されてシャロンも立ち上がる。ユリアーネは機嫌よさそうに手を振っていたが、エリゼオとシャロンと入れ替わるように、協会の事務員や政務官らしき人物が入ってきた。

「ユリアーネ様。先ほど入ってきた情報なのですが……」

「ちょ、ちょっと待って!」

 シャロンは心の中で拝んでおいた。

「大変そうですね、ユリアーネ様」

「もう1人の『三人の聖者(イ・アギイ)』が倒れてしまったからな。すべての報告がユリア様に上がってくるようになったんだ」

「なるほど」

 シャロンはエリゼオに連れられて歩き続ける。かなりの距離を歩き、一度外に出ると大図書館らしき建物についた。エリゼオが一緒なので、シャロンも簡単に入ることができたが、普段はもっと警備が厳しいらしい。


 大図書館(ビブリオテーカ)は見た目は普通の図書館と変わりがない。しかし、蔵書量が半端ではなく、多くの本に目を取られるシャロンの手首をつかみ、エリゼオは作業室らしき部屋に入った。

「ミエスさん。いるか?」

「帰れ」

 何故かインク瓶が飛んできたので、エリゼオは一度扉を閉じた。扉の向こうでガラスが割れる音がしてから、エリゼオはもう一度扉を開いた。

「ミエスさん。嫁さんから伝言」

「今度はなんだ。こっちも忙しいんだ。あとにしろ」

「いや、ユリアさんの用事じゃなくて、この子なんだけど」

「……誰だ。その外を歩いていたら職質かけられそうな怪しい奴は」

「ランサム王国から来たシャロン」

「……シャロン・ドリューウェットです」

 エリゼオに紹介されたので、一応名乗る。おそらく、1人だけ作業台から顔を上げている男が『ミエス』なのだろう。この城で出会う人は美形が多いが、この人もかなり見目が整っている。


 灰色がかった金髪にオリーブグリーンの瞳は切れ長。男の割には小顔だが、女と見まがうほどではない。しかし、寝不足なのか目の下にクマがあった。


「で、これ、ユリアさんから」


 エリゼオが先ほどユリアーネに持たされていた手紙をミエスに渡した。立ち上がって受け取ったミエスはその内容をざっと読み、その手紙を燃やした。

「おい。私は少し席を外すが、まじめに仕事を続けろよ。でも無理するなよ」

 はーい、と少々気の抜けた声が作業台から聞こえた。おそらく、写本作業でもしているのだろうが、微妙に生気がないのは何故だろう……。

 シャロンとエリゼオは応接間に連れて行かれた。ここにはメイドは入れていないらしく、エリゼオがせっせとお茶の準備をしている。本日3回目のお茶だ。

「私は『七人の賢者(マギ)』ミエス・リスティラだ。シャロン、だったな。顔の文字を見せてもらってもいいか?」

 エリゼオがお茶の用意を終える前に、ミエスは言った。シャロンが顔の右半分に現れた文字列を見せると、彼は「ほう」と一つうなずいた。

「珍しい現象だな。何か呪文や、聖句を唱えたりしたのか?」

「いえ……神殿で育ちましたが、私は魔術師ではありませんから」

「そうか」

 この世界には魔法を行使できる人間が存在する。一般に、魔法使いや魔術師と呼ばれる存在だ。基本的に、魔術師は一般人で魔法を使える者を指す。魔法使いは、『三人の聖者(イ・アギイ)』など、神器に選ばれた人間を指すことが多い。



 神器とは、かつてジークフリート王がこの大陸から魔物を追い出す時に、神から与えられたという武器の事だ。すでに300年も前の事なので確かめるすべもないが、ジークフリート王に付き従った『三人の聖者(イ・アギイ)』、『七人の賢者(マギ)』、『十五人の博士(ドクトル)』、『三十六人の騎士(カヴァリエーレ)』の計61人に授けられた武器も含めて神器、と呼ばれている。



 どの神器に選ばれるかによって、何と呼ばれるか決まってくる。ジークフリート王の死後、王の神器に選ばれたものはいないが、彼の王の仲間たちの神器に選ばれるものはいる。王の神器に選ばれるものがいない現在、神器を補完するこの聖協会の最上位に位置するのは『三人の聖者(イ・アギイ)』のユリアーネだろう。だから、彼女のもとに最終的に仕事が集まってくるのだ。

 それはともかく、シャロンは魔術師ではない。もちろん、神器に選ばれた覚えもないから魔法使いでもない。神殿で育ったが魔法の勉強などしたことのないシャロンは、呪文を唱えたりはしない。まあ、聖句を唱えることは否定しないけど。



 シャロンは魔術師ではないが魔法剣士である。聖剣を扱う魔法剣士。聖剣は聖具であり、神器ではない。魔力はあるが魔法は使えない、ということだ。

 まあ、訓練すれば使えるようになるかもしれないが、シャロンはあえて魔力コントロールの訓練しか受けていなかった。

「古代文字だな。まあ、害はなさそうだが……」

「利点もありませんけど」

「それはそうだろうな」

 ミエスはそう言って本を開いた。何故いきなり本を開くのだろうか、と思っていると、白紙のページに左手を置いた。文字が出ている右手を出せ、と言われたので手を出すと、手を取られた。すると、シャロンからミエスの方に文字が流れていき、白紙の本に念写された。

 しかし、シャロンの体の文字が消えたわけではなかった。あくまでも念写なのだから、仕方がないだろう。

 そこにやっとエリゼオがお茶を持ってきた。遅かったのは、どうやら茶菓子を探していたかららしい。



「ミエス! もう少し棚を整理してくれ。どこにあるかわからなかったぞ」

「普段、茶なぞ出さんからな」

「何なんだよ、お前ら夫婦」



 エリゼオの発言に、わかっていたが、ミエスとユリアーネは夫婦なのだと再認識した。

「解析するから、お前にはしばらくこの城にいてもらわなければならないんだが、もう宿は取ってあるか?」

「いえ。よければこちらで紹介していただこうと思っていました」

 ここまでまっすぐ来たので、まだ宿は取っていない。むしろ、忘れていた。

「ならこの城に泊まることになっても問題はないな。エリゼオ、一部屋手配しておけ」

「え。僕が手配するんですか」

「手配するだけだ。別にむずかしくないだろうが」

「……わかりましたよ」

 ……リスティラ夫妻、人使いが荒いな。とりあえず宿が確保されたシャロンはほっと息をついた。もしかしたら、この文字列が何とかなるかもしれない、という安心感もあったのだと思う。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ちなみに、『七人の賢者(マギ)』の元ネタとなっている『東方の三賢者』は三人なんですよね。その事実に気づいた時には、もうプロットがかなり進んでいたので、めんどくさいので直していません。

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