めいのいない日々
「ちょっとういー! いつまで寝てるの!」
「うぅー……うみぃもうちょっと静かにして……」
「起こしに来たのに!?」
あれから、めいのいない日々に戻った。
めいが来るまではそれが普通だったはずなのに、予想以上にめいに甘やかされていた弊害が出ていた。
起きる時はめいの甘く優しい声じゃないとスッキリ目覚めなくなっていたし、何よりその声がないと起きる気になれない。
だけど、これ以上粘ったらうみが何をしでかすかわからないから、頑張って体に鞭を打つ。
「……おはよ」
「おはよ。ご飯できてるから早く顔洗ってきなよ」
「ん……」
うみに言われるがまま顔を洗ってキッチンへと向かうと、もうテーブルには食事が並べられていた。
こんなに静かな朝も久しぶりだなぁ……と思いつつ席に着く。
「いただきます」
「いただきまーす!」
二人で手を合わせて朝食を食べる。
めいの作る料理は食べられなくなったけど、うみの作る料理もなかなか美味しかった。
「ねぇうみ」
「ん? 何?」
「いつもありがとね」
「え、何急に」
驚いた声を上げながら、うみは嬉しそうに笑う。
こういう素直なところはかわいいんだけどな。
「だってうみ、いつもご飯作ってくれたり起こしてくれたりなんだかんだ面倒見いいじゃん? そういうところが助かるなーって」
「え、何急に気持ち悪い」
前言撤回。やっぱりかわいくない。
でも、そんなところが私たち姉妹の良さでもあるのかもしれない。
気を使わなくても、顔色を伺わなくても、お互い気楽な距離感でいられるから。
そんな関係が心地よくて、これからもずっとそんな関係でいたいと思った。
「ま、そこまで言うならあたしがめいさんの代わりになってやってもいいけどね」
「え、恋人になるってこと?」
「は? きも」
……そこまでストレートに言わなくても。
いくらこういう気楽な関係が好きとはいえ、私はメンタルお豆腐なのだ。
少しは優しくしてほしい。
「そうじゃなくてさ、これからも家事とかやってあげてもいいよ。ま、ういがあたしの分まで稼いでくれたらだけどね」
「……もしかしなくてもそれが狙いなんじゃ?」
「えー? ソンナコトナイヨー」
そうわざとらしくカタコトで喋りながらケラケラ笑ううみに、思わずため息を吐く。
この子……意外とちゃっかりしてるわ。
まあでも、確かに家事できないしめんどくさいし、それもアリかもしれない。
「それもいいかもね」
「え、なにういお金持ちになってくれるって?」
「調子乗るな」
軽いノリでからかってくるうみにデコピンをお見舞いすると、うみは悲鳴を上げて額を押さえる。
「いったぁ! ういがぶったぁ!」
「はいはいごめんねー」
喚くうみを適当に宥めながら朝食の続きを食べると、その間もうみの文句は続いていた。
そんな文句を聞きながら、めいがいつ戻ってきてもいいようにかっこいい姿を見せたいなと考える。
めいにはぐうたらでだらしない姿ばかり見せていたから、少しでも頼れるお姉さんなところを見せたい。
とりあえず、まずは大学を卒業できるように頑張らないと。
「ういー」
「なに?」
「途中まで一緒に行こー」
「いいよー」
ご飯を食べ終え、身支度を整えて玄関へと向かう。
いつもなら『わたしもー』と騒がしく追いかけてくるやつはもういない。
その事実になにかが込み上げてきそうになるのを必死で抑えて、私は妹と家を出る。
「ついでだしさ……一応見てく?」
うみがそうして指さす先は、ういさんとめいが住んでいるであろうマンションだった。
「……うん、見てこうか」
めいがういさんを選んでしばらく経ったが、私たちはあれから一度もマンションに足を運ばなかった。
会うのが気まずかったし、なにより私たちなんかよりういさんと一緒にいた方がめいは幸せだと思っていたから。
それに、めいは本来のお姉さんであるういさんの元へ戻ったのだから、きっともうこの世界にはいないかもしれないと思ったから。
「……やっぱり、いないね」
「元の世界に戻れたのかな」
「そうだったらいいね」
元の世界に戻れたのなら、それは喜ばしいことだ。
だけど、やっぱり心のどこかでは会いたいと思っていた。
なんだかんだでめいにはお世話になったし、ういさんとも仲良くなりたかった。
めいのことはもちろん、ういさんのことも好ましく思っていたのに。
そんな二人がいなくなって、心にぽっかりと穴が空いたような虚無感がずっとある。
やっぱりまだ来るべきじゃなかったかな。
そんなことを考えていると、うみが突然大きな声を上げる。
「あ!」
「え?」
うみの指さした先には、見覚えのある……見間違えるはずのない女の子の姿が。
「めい……?」
私たちは思わずめいに駆け寄る。
……が、めいは私たち二人に対して恐ろしいほど無反応だった。
「あ、あれ……?」
「もしかして人違い……?」
いや、でも、そんなはずはない。
だって、茶色のウェーブがかった髪も、私を包んでくれていた大きな胸も、思わず撫でたくなるような背丈も。
なにもかもめいそのものなのだ。
「あ、あのっ!」
「え?」
意を決してその人に声をかけると、めいはやっと私たちの存在に気づいたようにきょとんとした顔を私たちに向ける。
「あ……すみません。その、知り合いに似ていたもので……私のこと、わかりません、よね?」
元々コミュ障なのとどんな言葉をかけたらいいかわからないのもあって、変なことを口走ってしまう。
だけど、目の前の彼女は迷惑そうな顔もせず穏やかに笑ってくれた。
「ふふっ、とりあえず落ち着いてください。わたしは逃げませんから」
「は、はい……」
彼女の優しい笑顔に少し緊張が解れる。
笑い方もめいそっくりなのに、私のことを知らないように見える。
やっぱり、どうやらめいではないらしい。
「それにしても……似てますね」
「へ?」
「今は結婚して家を出ていった姉にほんとそっくりで……あ、すみません。変な話して」
そう言ってその人は苦笑する。
なんだかすごく寂しそうに見えた。
「お姉さんがいるんですね」
「ええ、もうずっと顔も見てませんけど。そんな姉に会えたようでなんだか嬉しいです……って、変ですよね」
「……いえ、私も。あなたが私の好きな人にそっくりで、つい声をかけてしまいました」
私のその言葉に、彼女は少し驚いたような顔をする。
だけどすぐに微笑みに戻った。
その表情が本当にめいにそっくりで、胸がキュッと苦しくなる。
……あぁ、やっぱりこの人が本物のめいだったらいいのに。
そんなバカみたいなことを考えてしまうくらい私は彼女を気に入っていたし、彼女を手放したくなかった。
だけど、この人には関係ない。
めいの面影を追い求めても意味がない。
だからここから立ち去ろうとしたのだが。
「……あなたの、お名前は?」
「え? ういって言いますけど……」
「うい……綺麗な名前ですね。あなたにぴったり」
彼女はそう言って、柔らかく笑う。
その笑顔がとても綺麗で、めいの笑顔と重なった。
そんな彼女の顔を見ていると、なぜだか無性に泣きたくなってきた。
でも泣いちゃダメだと思って涙を堪えていると、今度は彼女が申し訳なさそうに口を開いた。
「……ごめんなさい、急にこんなこと言って困らせちゃいましたね」
「いえ……あなたは? あなたの名前も聞きたいです」
「わたしは……」
――その時、どこからともなく風が吹いた。
彼女の茶色い髪が風に揺られ、陽の光をわんぱくに乱反射させる。
神々しく光り輝く、その人の名前は……
「めい、って言います!」




