子供達
そこには、数名の貴族の子息と息女らしき子供達が立っていた。
年齢は私より少し上か、同じくらいで、きっとお茶会の招待客なのだろう。うっかり迷い込んでしまったのかと一瞬思ったが、それはない。
第一王子の招待客であったとしても、許されているのは庭園への立ち入りだけで、王子宮殿内に入ることはできない。それは王宮に入る前に説明を受け、王宮に出入りしている者なら誰もが知っている決まりで、子供であっても例外ではない。
それなのにどうして子供がここにいるのか理解できず、私は思わずその場に立ち尽くしてしまった。
――それがいけなかった。
「ねえ、そこの貴方よ」
最初に声をかけてきた令嬢が、私へ近付こうと動く素振りを見せ、
「そこまでです」
リオルガは即座に私を背に庇い、冷ややかな声でそう告げた。
怒っているときのリオルガほど怖いものはなく、私もピッ!となりながら彼の腕の横のわずかな隙間から、こそっと子供達の様子を覗く。
「ここは王族が住まう王子宮殿です。許可なく入れば処罰の対象となりますが、それを承知のうえで入られたのですか?」
その声音に子供達は一瞬怯んだように見えたが、先頭に立つ子息がキッとリオルガを睨み、声を上げた。
「そっちこそ、許可を得ているのだろうか。そこの令嬢も、貴方も、お茶会では見なかった」
その言葉を合図に他の子供達も「そうだ」と加わり始め、じりじりとにじり寄ってくる。
現国王の子供は第一王子クリスと第二王子ソレイルだけ。第一王女の存在はまだ上層部に名を連ねる貴族にしか明かされていないので、王女とその騎士だとは言えない。
「私は国王直属常備軍第三部隊の騎士です」
仕方なくリオルガが元の所属を口にすると、子供達は大きく目を見開き、何やらひそひそと話し合ったあと、今度は最初に声をかけてきたであろう令嬢が声を上げた。
「その後ろにいる子は誰ですか」
「答える必要はありません」
それで納得するはずもなく、子供達は途端に騒ぎ始めた。
「どうして隠そうとするんだ」
「王族でもなく、招待客でもないのだとしたら、不審者だわ」
「騎士というのも怪しいと思う」
もし本当に不審者だったとしても、それを彼等がどうこうできるはずもなく。誰かを呼びに行く素振りも見せず、ただその場で騒ぎ立てているだけなのはどうしてなのか。
それに、許可がないのは彼等も同じで、処罰を受けるといっても怯むことなく噛みついてくるのはただの無謀か、それとも何か意図があってことか――。
「最近、王子宮殿に勝手に入った子供がいたと聞いた。それが、貴方達なのでは?」
そんなことを考えていると、子供達の誰かがそう口にした。
(勝手に入った、子供?)
王宮内のことを外に話してはいけないという決まりがあるのに、王子宮殿に子供が入り込んだというのをどこで聞いたのか。
「許可なく入っただけでなく、部屋にまで押しかけたのだとか」
それって、メリアのことでは?と小首を傾げていると、「それは貴方達のことでは?」と口にしたリオルガに、子供達は招待状を掲げて見せた。
「私達は第一王子殿下の招待客です。お茶会が終わって帰る途中、貴方達が王子宮殿へ入るのを見て追いかけてきただけです」
「それはおかしいですね。お茶会は随分と前に終わったはずですし、宮殿に入るときに貴方達の姿は見ていません。どこかに隠れてでもいたのですか?」
リオルガの言葉に子供達は一斉に反応し、令嬢達は非難の目を向け、令息達は顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。
「隠れてなど……!」
「そこはもうどうでもいいことです。それより、招待客は王子宮殿内に入る許可をもらっているのですか?」
「……それは」
「先ほども言いましたが、私は国王直属常備軍の騎士です。王宮内のどこを行き来しても咎められるいわれはありません」
「だったら、その子は?」
ここまで言われれば普通なら怯むところなのに、彼等はまだ噛みついてくる。自分達こそが正しいのだとでも言うように。
「答える必要はありませんと、そう言いましたよね」
貴族なのだから国王直属常備軍が何なのか知っているはずなのに……と考え、今日のお茶会には社交クラブに入れない下級貴族も招待されていたことを思い出し、溜息を吐く。
きっと初めての王宮に浮かれ、なおかつクリスに認めてもらおうと思っての行動なのかもしれない。
(無視して逃げていればよかった)
けれどそのタイミングは完全に失い、これをどう収束させるべきかと悩んでいると。
「皆……!」
甲高い声が王子宮殿内に響き、誰かが走ってくる気配がした。
誰だろう……とリオルガの横からそっと顔を出すと、メリアがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「皆、だいじょ……う、ぶ」
メリアはリオルガを見るなり大袈裟に肩を跳ねさせて驚き、怯えたように身を縮めた。
それに気付かない子供達は、メリアを見るなり喜び勇み、何故か勝ち誇った顔で私達を見る。
「メリア嬢!さっき言っていた通り、この人達をここで足止めしておきました」
「すぐに誰か来ますか?」
(……足止め?)
どういうことだとメリアを見ていると、彼女は突然「すみませんでした」と頭を下げた。
「すぐに外に出ます。皆、外にでましょう」
「メリア嬢?」
「どうしてですか?折角……」
「駄目なの。あの子は、駄目。早く外に出て!」
え、どうして?といった顔をする子供達を「早く」と急かしたメリアは、再度深く頭を下げ「本当にすみませんでした」と謝罪した。
顔を上げたメリアの目からはぽろぽろと涙が零れ、小刻みに肩が震えている。
これではまるでこちらが虐めているようではないかと呆れていると、そんなメリアを子供達が庇い始めた。
「どうしてメリア嬢が謝るのですか?」
「メリア嬢は王妃殿下と王子殿下方が庇護する方ですよ!」
「こんなに怖がっているのだから……あの子がメリア嬢に何かしたのでは?」
その王妃様と王子達に庇護されている令嬢がここまで謝罪していれば、それなりの重要人物だと分かりそうなものに、どうしてか彼等の中で私達は悪人だと決まっているらしい。
――それにしても、メリアはどうしてこんな下手な演技を?
「アッセン男爵令嬢。彼等は貴方を待っていたようですが、どういうことですか?」
「え、私は何も……」
「以前も申し上げましたが、王族でない者が王子宮殿に入ることはできません。彼等を連れてすぐに外へ」
「何を偉そうに!メリア嬢は何もしていない、私達が勝手にしたことです!」
騒ぎ立てる子供達をよそに、リオルガは上から様子を見ていたイルダへ目で合図を送り、誰かを呼びに行かせたようだった。
(疲れているのに)
朝寝坊したとはいえ、お茶会もして政務もこなし、最後の最後でこれである。
トントン、と首と腰を叩きふあっと小さく欠伸をすると、リオルガが突然動いた。
「何をしている」
パシッと乾いた音がして振り返ると、私へと手を伸ばしている貴族の子息らしき子の手首を、リオルガが掴んでいた。
「えっ……」
「何をしていると、聞いているのですが?」
リオルガの唸るような声に、子息はビクッと肩を跳ねさせ、慌ててメリア達の下へ逃げていく。
「何が起きたの?」
「抱き上げてもよろしいですか?」
「うん。あの子、どこから」
リオルガに抱き上げられ周囲を見回すと、通路の奥にある舞踏室の扉が開いていた。舞踏室の奥には庭園へと繋がる扉があるので、きっとそこから入ってきたのだろう。
――まったく次々と、彼等は刺客か何かなのだろうか……。
どうして何事もなく終われないのかと遠くを見つめたまま、リオルガの肩に顎を乗せる。
「これ以上は看過できません。後ほど然るべき対処を取らせていただきますので、そのつもりで」
王子宮殿に許可なく侵入し、知らなかったとはいえ王族に手を出してしまったのだから、子供がしたことだからといって許されるはずがない。
相当怒っているであろうリオルガの背中をぽん、ぽんと優しく叩いて宥めていると、舞踏室からイルダが飛び出してきた。
(イルダ……と)
助けて……!と小さく手を振ると、イルダの後ろからなんとクリスとソレイル、そして一人の令嬢が駆けてきた。
「リオルガ……あれ」
「来ましたね」
どんな場面であろうと優雅さを崩さなそうな人なのに、マナーなど完全にかなぐり捨てて走ってくるクリス。それに驚く私を一瞥し、何も言うことなくクリスは私達と子供の間へと立つ。
一瞬、空気が張り詰め。
「君達は、ここで何をしている!」
怒鳴り声が通路に響いた。
穏やかで紳士的なクリスが声を荒げたことに皆が驚き、ソレイルも「兄上が怒った」と目を丸くしている。
「えっ、と」
「私達は……」
「これには訳がっ!」
クリスが登場したことでようやく事態がまずいことに気付いたのか、子供達は一斉に言い訳を口にし始めた。
よくない噂を聞き、実際にそのような場面に出くわしたため取り押さえようとしたこと。下級貴族で社交クラブに入れないと諦めていたが、もしかしたらこれでと期待したのだと――それと。
「その、メリア嬢が」
「私がいけないんです!」
さらに何か言おうとしたところで、メリアが遮った。
「王子宮殿内に許可なく入ってはいけないことを知っていました。でも、止める間もなく入っていってしまって、私は誰か人を呼ぼうと思い別行動していたのですが、誰もいなくて。放っておくこともできず、呼び戻しにいったんです」
「メリアは悪くないだろう」
「でも、ソレイル……」
すんと鼻を鳴らし、か細い声で訴えるメリアをソレイルが援護し始めた。
いつものパターンだとリオルガの肩に顎を乗せたままぼーっとしていると、すぐ近くから強い視線を感じそちらへと目を向けた。
「……っ」
すると、精巧に作られたお人形のように綺麗な令嬢と目が合い、互いにパチパチと瞬きする。
気が強そうな雰囲気のその令嬢は、大きな目をさらに見開き、両手で口元を押さえた。
(あっ、目……!)
パッと顔を背けるが時すでに遅く。
見られてしまったと顔を手で顔を覆う私の背後では、ソレイルが「解散しろ」と命じ、クリスはメリアを連れて庭園へと戻っていった。
「リオルガ。クリス達と一緒にいた令嬢は誰?」
「恐らく、侯爵家の令嬢エレノーラ・オドランかと。第一王子殿下の婚約者候補として名が挙がっています。ただ、オドランはどこの派閥にも属さず、中立派の筆頭とされる家です」
「そうなんだ」
抱きかかえられたまま階段を上がり、先ほどのメリアの様子を思い返す。
いつもなら子供達と一緒に騒ぎ立てているはずなのに、騒ぐどころか後ろで操っているように見えた。
「変だよね」
騒ぎを起こしたのは下級貴族の子供達ばかり。
情報漏洩を過度に制限している高位貴族と違い、下級貴族にとって醜聞や噂は娯楽のひとつ。尾ひれがつき、それがさも真実かのように屋敷内から領地へととめどなく流れていく。
今日のことは各家に伝えられ、それなりの処罰が与えられる。そこで何があったか、詳しい話を子供達から聞くことになるだろう。
そして、私のことも。
王子宮殿にいた国王直属常備軍の騎士を連れた不審な子を、王妃様と王子達が庇護する令嬢が涙を流すほど怖がっていた、と。
私とリオルガを悪人だと決めつけていたことを考えると、メリアが何か吹き込んだ可能性は高い。
情報は少なければ少ないほど、噂は強い影響力を持つ。
(ああ、だから……)
今まで存在すら知られていなかった王女。情報は隠され、どんな人物なのかも不明。
もし、悪意のある噂が広まれば、お披露目の場で向けられるのは、警戒、不信、そして拒絶。
「前哨戦ということだよね」
自らの手は汚さない人だと、後宮がある方へ向かってやれやれと顔を横に振った。




