おじいさまの気持ち
大事に育てたわしのマリー。わしを大好きだと言って笑うマリー。
知らなかったとはいえ、リリーはそんなマリーを危険に晒した。
それが許せない自分が許せない。あの子も同じ孫なのに……。
キッチンでパンを切りながら、わしは割り切れない気持ちを持て余していた。
「お爺さん。量多くない?」
後ろから覗き込むフェルネットの声で我に返ると、手元には切り過ぎたパンが山になっている。
「あ、ああ。最近みんなよく食べるからな」
「ははは。そうだね。寝込んでるガインさんの分は先に貰っていい?」
わしは快く引き受けて、パンに肉や野菜を挟んで皿に乗せた。
「今日はガインの好きな香草のスープだ」
「きっと喜ぶよ!」
フェルネットが鍋のふたを開けると、小皿に取って味見をして満足そうに頷いている。
しかし、まさかあれがマリーの姿をしたリリーだったとはな。
リリーとは生まれた時に会ったきり。その後は時々手紙で成長を知らされていた。それもマリーがうちに来てからぱったり途絶えたけれど。
「お爺さん?」
わしはまた考え事をして手が止まり、フェルネットに苦笑いをされていた。
「待たせたな」
両手に朝食を載せた皿を持ち、肘と背中でドアを開けると、慌ててマリーがドアを支えに走ってくる。
「おじいさま。無理しないでくださいよ」
「ありがとうな。マリーは優しい子だな」
くしゃっと顔を崩して笑顔になるマリーを見て、いっそう愛おしさがこみ上げてきた。
この笑顔はわしにしか見せない特別な顔なのだ。この甘えた笑顔を見れるのはわしだけ……。
視界の先にハートを見つけ少し気分が落ちていく。
そうだ。この件もあったのだ。
ハートにライバル心を芽生えさせながらテーブルに朝食を並べていく。
テッドが皿をみんなに配り、フェルネットが「今日は香草のスープだよ」とスープの鍋をどんと置いた。
「いいね」「旨そうだ」
わしはテーブルを前にみんなの様子をボーっと眺める。
いつものように自分でスープを皿に盛り、いつものように楽しく話をしている。
わしの心だけが取り残された気がして落ち着かない。
「おじいさま。大丈夫ですか?」
「早く早く」
フェルネットとマリーが突っ立っていたわしの腕を引く。
テーブルに手をついて席に着くと、すかさずテッドが皿にスープを入れてわしの前に置いてくれた。
ああ、本当に良い子達だ。
シドとハートは真剣な顔で何かを話している。
わしは彼らを見ながら目の前のスープを掬って口に入れた。
「ねぇ、マリー。今日はどうするの?」
「事情聴取の続きです。聖騎士に依頼したので帰りにお買い物に行こうかと」
「それなら僕にいい考えがある」
フェルネットが悪い顔でニヤ付いている。
シドがフェルネットの言葉に苦笑いをして「私とハートは少し出かける」とハートを見た。
ハートはシドに同意してパンを齧りながら頷いている。
「おじいさまは?」
「わしか? わしはギルドに顔を出してくる」
気もそぞろのわしの様子に気を使い、みんなはそれ以上聞かずにいてくれた。
「行ってくる」
「「「いってらっしゃい」」」
後片付けをテッドに任せて、わしはひと足先に家を出る。
あのまま家にいたらみんなに心配をかけてしまう。
わしには考える時間が必要だ。
トボトボとギルドに向かって足は進むが、これと言って用事もない。
ふと、踵を返して中央公園に行き先を変えた。
リリーがマリーの加護を奪った話は聞いていた。
あの当時マリーは『リリーに自覚は無かった筈だから責めないで欲しい』そう言って辛そうに笑った。
それ以上、マリーはリリーの事を口にしない。
だからわしも敢えて触れなかった。
リリーの事に触れて欲しくないのだろうと。
「もっと話を聞いてやれば良かった……」
わしはベンチを見つけてそこに座ると、背もたれに背中を預けて空を見上げる。
そっと目を瞑ると中央の噴水で遊ぶ子供達のはしゃぐ声が心地良く感じた。
今回もマリーはリリーを責めてはいなかった。
でも、わしはリリーを許せなかった。
マリーが戻って来なければ、わしはどうしていたのだろう。
瞼を開けると子供達が笑いながら水を掛け合う姿が目に映る。
それを何の感情もなく見つめていると、男の子が誰かの肘に当たって尻もちを着いた。
「あっ」
わしが腰を浮かしかけた時、そばにいた男の子が「ごめん」と言って手を伸ばす。
今にも泣きそうだった男の子が、その手を取るとにっこり笑った。
「良かった」
あの子が彼の手を振り払わないでくれて良かった。
笑ってくれて良かった。
その姿にリリーを許すマリーを重ね合わせる。
マリーがリリーの手を振り払う姿は想像できないな。
そうだな。わしはマリーが信じたリリーを信じよう。
簡単な事じゃないか。今まで通り、あの子が信じたものを信じるだけだ。
そう思うと、ここ数日間のモヤモヤが嘘のように晴れていった。
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