リリーとマリー
ツーンとした病院特有の消毒薬の匂いが鼻を突く。
私はリリーに会う為に教会医務室の特別個室の前にやって来た。
彼女はこの中で聖騎士達に囲まれて厳重に監視されている。
ドアの前には緊張した面持ちの聖騎士二人が直立不動で立っていた。
そっと部屋を覗き込むと、リリーはベッドの上で体を起こして窓の外を見ている。
その時彼女が何かに気付いて振り返った。
「マリー!」
飛び出すように裸足のまま私に駆け寄って来るが、すぐに聖騎士によって取り押さえられる。
「大丈夫です」
部屋に入り、手を放すように目配せしながらそう言うと、聖騎士はリリーをベッドに座らせた。
「聖女様。こちらを」
「ありがとうございます」
軽く会釈をして、聖騎士が差し出した椅子にゆっくりと腰をかける。
リリーは何か言いたげに、その様子をじっと見ていた。
「あの……。その……。私、何も知らなかったの」
「それは聞いた。災難だったよね」
ため息交じりにそう言うと、リリーは心配そうに私を見る。
そこにいつもの余裕は感じられない。
「シドって人が、マリーに投げたのは毒だって言ってた。でも知らなかったの。キラキラの粉って言われたの」
それも聞いている。騙されて自分も死にかけたという事も。
偏見の目で見るのをやめると、リリーの印象は違ったものに感じられた。
「ねぇ、リリー。仲直りをしに来たって聞いたけど」
リリーはハッとした顔で動きを止めると、私を見てコクンと頷く。
「私馬鹿だから良いと思った事が全部悪い事になっちゃうの。あの時も綺麗な光が見えて、本当に加護を奪うつもりなんて無かったの」
リリーはツンと口を尖らせて幼い子供のような顔で私を見た。
再会した時、私は酷い態度を取ったのに、リリーは気にもしていない。
こういう所がずるいのよね。これじゃ怒るに怒れない。
「はぁ。その事はもういいよ。よく分からないけれど力は戻って来たみたいだし。そんな事よりも今までどうしていたの?」
リリーは辺境の村から追い出されガインさん達と旅をした話や、聖女巡礼の時にテッドさんらしき人と戦った話を支離滅裂に語りだす。
ここに来る前に軽く話を聞いていたけれど、リリーから語られるそれは想像より酷かった。
リリーに危機感がまるでない。ミーナにステータスを見せた後、反省を促す為にもしばらく投獄されたら良かったのに。
挙句の果ては私と一緒に聖女になり、キリカを捨ててハートさんと結婚するつもりらしい。今は結婚どころか自分の命すら怪しいのに。
「キリカってあのキリカよね?」
「マリーはキリカの事を覚えているの?」
覚えているも何も……。
「だってキリカはリリーの初恋の人じゃない。捨ててもいいの?」
「やだ、マリーってば。キリカが私を好きだから一緒にいただけなのに」
へぇ、そうなのね。私の勘違いだったのか。
それから同年代の子達の話も色々聞いた。
「ルディはこっちに来てるのね。知らなかった」
「うん。魔法の先生になるって」
みんな大人になって自立している。時が経つのは早いなぁ。
「お父さんやお母さんはどうしているの?」
「父さんはずっと怖い。母さんはいっつもうっかりしてる。でも、マリーの話は時々してた」
「私の話?」
なんだか聞くのが怖いな。無意識に身構えてしまう。
リリーは両手の指を合わせてグニグニしながら、言い辛そうに口元を歪ませた。
「私がマリーの加護を取った事。私が悪いって。ずっと死んだと思ってたけど、マリーが聖女になった時に生きてるって聞かされた。後、母さんが教会に入れたって。自由を奪うつもりは無かったって。父さんはそれを知らなかったって」
それを聞いて思わず眉間に力が入る。
ほんっと、お母さんとリリーってそっくりだよね。
良かれと思ってやった事や言った事が全部裏目に出るのだから。
「おじいさまからの手紙は?」
「私の為に捨てたって。関わると死罪になるからって、母さんが」
はぁー。頭が痛くなってくる。
確かにお母さんなら絶対に捨ててるわ。面倒になると無かった事にするんだもの。
「私、ずっとマリーを恨んでた。私に加護を奪わせたから。それに自分だけ魔法が使えるのもズルいし。けど、ずっと会いたいと思ってたのはホントだよ。えへへ」
リリーが可愛らしく上目遣いでコテンと首を傾げた。
「ちょっと。『えへへ』じゃなくて。そのトンデモ理論で私を恨むのやめてよ」
「いいじゃない恨むくらい。減るもんじゃないし。それに今はそうじゃないもん」
それはそうだけど。
「マリー。私、シドって人に殴られたの。酷くない? なのにガインが感謝しろって言うの。私が生き残るには情報を提供する必要があったからって。それ本当なの? 私、死んじゃうの?」
その事もガインさんから聞いていた。
あそこで師匠がああでもしなきゃ、隠密部隊に拷問されていただろうと。
さっきまで笑っていたリリーはシーツを弄りながら不安そうに私を見る。
ヘラヘラと自分自身を騙して強がって。昔とちっとも変っていない。
「本当よ。だからシドさんに感謝して。おかげでほんの少しの希望は出来た。でも助けられるかどうかは保証出来ない」
厳しい顔できっぱりとそう言うと、リリーが私に飛び付いた。
「うえーん。おねーちゃーん。死ぬのやだよー」
護衛の聖騎士達はオロオロと『どうしたらいいか』と問うように私を見る。
もう! 私に触れたらダメって言われているはずなのに。
下がるように聖騎士達を手で制して、リリーの背中を優しくさすった。
「リリー、よく聞いて。今、分かっているのは、私達が二度と会えなくなるという事だけ。だから残り少ない時間を大切にしよう?」
リリーが「え?」と泣き顔のまま顔を上げる。
「やだやだ! マリーと離れたくない! 今までだってマリーさえいてくれたら寂しくなかったのに……。うわーん」
自分の腕の中で泣くリリーを私は冷静な目で見下ろした。
トラウマを抱える程、ずっとずっと苦手だった。私の物を何でも奪ったリリー。
なのに困ればいつもこうやって都合よく泣きついて来る。
でも今、腹が立つかと言えば……実はそうでもなかったりして。
二度と会えなくなるからなのか、彼女が死ぬかも知れないからなのか。
リリーと別れたあの日、ガインさん達と偶然出会い、私は大きな愛情で育てられた。
おかげで心に余裕が出来たのかな。
ここでリリーを許さなければ一生後悔するのかも……。なんて穏やかな気持ちで考えられるくらいにはね。
しばらくすると聖騎士達が見るに見かねて「失礼します」と申し訳なさそうに二人がかりでリリーを引き剥がす。
「リリー。何故こうなったのか。どうすれば良かったのか。何が悪かったのか。他人を責めずに考えてみて」
再びベッドに座らされたリリーが両手で目を擦りながら力なく頷いた。
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