2-44 総軍統括長
「ヤマト軍というのは、それほど強いのですか?」
マレフィキウムが知っている限り、戦力が同等であれば、唯一、魔軍に対抗できるのは鬼人軍とドワーフ軍だと聞いている。
1対1の戦いであれば、最強なのはトロール戦士だ。ついで鬼人族の戦士。ドワーフ戦士と続く。
そして、ミッッデンランジアではエレシュキガル軍団長の第二軍が勢力を取りもどしつつある鬼人軍相手に苦戦を強いられており、イーストランジア北部では戦局を挽回させるために名将と評判の高いアサグ将軍が新たに第七軍の軍団長として任命されたと聞いている。
前線で起こっていることは、すぐほかの軍団の司令官たちの耳にはいるのだ。
「いや、人族の軍隊はミッッデンランジアの戦いを見てもわかるように、他の種族とくらべて極めて弱いのだが、ヤマト軍というのは、特例というか、少々手間がかかっているようだが。」
「第六軍団を敗走させるとは... ヤマト軍はいったい何十万の兵力で攻撃したのですか?」
「どうも情報が混乱していて、どれが正確な情報かわかってないのだが、どうやらヤマト軍の特殊部隊の攻撃を受けたようだ...」
「特殊部隊?」
「ヤマト軍にはニンジャ部隊とか言う特殊部隊があるそうだ。たぶん、その部隊ではないかと考えている。」
「それにしても100万からなるわが軍の兵力が、わずか2万程度の被害で逃げ出すとは、失礼とは思いますが不甲斐ないですね...」
私の軍団なら、そんな無様な面目ないことはしない、と思って言ってしまった。
「たしかに魔軍としては不甲斐ない。なのでラヴォルジーニが逃げて来た将兵の中から臆病なヤツを3千人ほど見せしめに処刑した」
「.........」
魔王の言葉に戦慄をおぼえたマレフィキウムだった。
「まあ、ほとんどがいくらでも代わりのあるゴブリンやコボルトなのですけどね...」
魔王に相談もせずに、3千人もの魔軍将兵を処刑するとは、やはりこのラヴォルジーニという男、ダテに魔軍の総軍統括長をやっていない…
「それで、第六軍のバメロスとグゴスモの後任には、第七軍のアサグ軍団長の副軍団長あたりから選ぶ事も考えたのだが、ここは第六軍の体制を見直し、将兵の士気を高めるためにも、ミッッデンランジアで勇名をはせた貴公を後任とすることに決めたのだ。」
「えっ、この私にですか?!」
「そうだ。やってくれるか?」
「はっ、身に余る光栄ですが、謹んで拝命いたします。」
「む。しっかりたのむぞ!」
「はっ、おまかせください!」
「では、詳細についてはラヴォルジーニから聞いてほしい。私から言えるのは、貴公は第六軍に関しては思うようにやってよいということだ。必要であれば何なりとラヴォルジーニに相談するとよい。」
「はっ、ありがたき幸せ!」
魔王は玉座から立ちあがり、右側の扉に向かった。
マレフィキウムは即座に椅子から立ち上がり、右手を胸の前に置き、魔王が「欄玉の間」から退出するのを見送った。
「では、我々も作戦本部室へ行こう」
「はっ」
ラヴォルジーニについて、廊下をしばらく歩き、角をいくつか曲がったところで、人族らしい高級将校がやはり人族の将校の群れと歩いて向かっているのに出会った。
「これはラヴォルジーニ統括長殿。相も変わらずご壮健そうで...」
「おお、アケチ殿か。今日は何か用でも?」
「いえ、ちょっと作戦本部室を新しく任命された部下たちに見せておこうと思って連れて来ました。作戦本部の防衛担当の方々を見知っておけば、後々何かとしやすくなりますので」
「おう、それは大事なことだ」
アケチと言う高級将校は、マレフィキウムをちらっと見る。
「そちらの方は?」と聞いてきた。
統括長と歩くというのは、それだけで魔軍総軍内で“重要な者”であるということを意味するからだ。
「ああ、こちらはマレフィキウム将軍だ。ギレフィキウム将軍のご子息で今度第六軍の軍団長に新たに魔王さまから任命された。」
「おお、その若さで軍団長とは... さぞ魔王様のご信任の厚い方なのでしょう。」
「うむ。魔王様はたいへん信頼されている。ちょっと先を急ぐので今日はこれで。」
「あ、忙しいところ呼び止めてしまってどうも失礼しました。」
「構わぬ。それでは。」
「はっ。いつか近いうちに一献傾けながら、お話でも伺えれば...」
「うむ。考えておこう。」
アケチたちと別れてしばし歩いているとラヴォルジーニはアケチという高級将校について話した。
「アイツはアケチ・ハニー・ヒデと言って、貴公も見てのとおり人族だ。」
「魔軍の幹部将校に人族がいるとは存じませんでした。」
「ヤツはな、2年前にわが軍がヤマト国の首都エドを侵略したとき、首都の防衛司令官だったヤツは裏で手を引いて魔軍の上陸部隊がエド湾に現れたという沿岸警備隊の報告を「オットセイかアザラシが上陸したのを見間違えたのだろう」とわざと無視したのだ。
そのため、ヤマトの首都防衛軍の対応が遅れ、ヤマトの首都防衛軍はほとんど戦わずして魔軍に殲滅されたのだよ。それだけではない。ヤツは混乱を利用して、ヤマト軍の最高司令官とその家族を皆殺しにしたそうだ...」と吐き捨ているように言った。
「裏切りに次ぐ裏切りですか。人族にしておくのが惜しいようなバケモノですね。」
「まあ、アイツのおかげでわが軍は最小の損害で迅速にヤマトの首都を占領できたのだがな...」
「その裏切りの報酬が、魔軍の幹部将校のポジションですか?」
「ヤツは今、魔都カーマダトゥーの防衛司令官だ。それに魔都にいることで長寿も得ることができたというわけだ」
「ラヴォルジーニ様が魔王様のそばにいれば問題ないとは思いますが、ふたたび裏切るようなことはないでしょうね?」
「ヤツの部下のうち何人かはすでに魔軍の者とすり替えてある。少しでも怪しい行動をすれば即座に殺すように言ってある。」
「さすがですね...」
マレフィキウムは今さらながら、ラヴォルジーニの用意周到さに舌を巻いた。ダテに魔王の片腕をしてはいない。
ラヴォルジーニと別れたあと、アケチ司令官は12日ほど前に、配下の警備隊が同盟国軍の偵察隊らしい一行と遭遇し、4名全員を殺したとの報告があったのを思い出していた。
報告書によるとエルフとドワーフとトロール族の密偵だったようだ。
“まあ、密偵は全員殺したのだし、ラヴォルジーニに伝えるまでもないだろう。実際に危険な奴だったら、俺様が本能で察知できるはずだしな...”
自分の能力を過大評価するあまり、“些細な過去の出来事”として処理してしまったアケチ首都防衛軍司令官。
実際は、警備隊は何者かによって埋葬されていた同盟軍戦士の墓を調べ、同盟軍が偵察隊を送ったと分かったことを知らなかったのだ。
もし、アケチがこれらの密偵はすでに誰かによって埋葬されていたと知ったら、厳密な再調査を命じたことであろう。
そして、もし、彼がラヴォルジーニにこのことを報告していたならば、ラヴォルジーニはすぐにも全ての情報網を使って誰がどうやって魔都の目と鼻の先まで侵入したのかを調査させたことだろう。
しかし、アケチは奇妙な同盟国軍の密偵の報告書に関心を払わなかったし、ラヴォルジーニは、そのような奇妙な件の報告をアケチが握りつぶすとは想像もしなかった。




