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(9)復讐の依頼

 

 4月17日から1泊2日、出雲への一人旅。

 ダークオレンジのニットセーターにブルーデニムパンツ姿。曇っているが大き目の黒縁サングラス、ショートカットの黒髪に安物のキャップ帽。中古の小型デジカメを首にかけ、グレーのリュックを背負い、観光客を装う。

 勿論、愉快に観光する気など毛頭ない。ただ自身の立てたプランをこなしていく。


 午後1時半過ぎには、出雲大社の境内をゆったりと歩く。初めての出雲大社……真剣に観たり祈ったりする気分になれない。何度も腕時計をちら見する私。時間が迫ってくるにつれ、増してくる緊張感が鼓動を強めるのが、分かった。


(どんな人なのだろうか?)


 男か女かもわからない。年齢さえもわからないのだから、気が気ではない。

 腕時計の針が2時に近づいた頃……


「お嬢さん、申し訳ないのですが、写真を撮って頂けないでしょうか?」


(それどころではない)と思いつつ、その声の主に顔を向ける。白髪の男性、斜め後ろに中年の男性がいた。(親子で観光だろうか?)などと思う心境ではなく、(さっさと撮ろう)と思った無表情の私。


「いいですよ」


「ありがとうございます」


 笑顔の白髪男は、両手に持つ一眼レフカメラを差し出す。連れの男と並んだ二人を、拝殿バックで二度シャッターを押した。無言でカメラを返す私に、白髪男は丁寧にお礼を言いながら握手を求めてきた。躊躇ためらいつつも失礼かと思い、手を出した。(さっさとどっかへ行って)という思いもあった。

 私の手を両手で大事そうに優しく握り、笑顔で伝える白髪男。


「4時、伊努いぬ神社に来てください。三浦耶都希さん」


「ぇ!?」


 名前を言った覚えもなし、名が分かるような物も身に付けていない。


(知っている……ということは、この人が? ……)


 何も応えられず、その男をじっと見ていた。


「本当にありがとう。では、良い旅を」


 意表をつかれ、放心状態の私から離れていく二人組。


 硬直したように茫然と立ち尽くしていたが我に返り、伊努いぬ神社を出雲大社周辺マップで調べた。出雲大社前駅から四つ先の川跡駅近くにあった。電車の時間も調べ、そこへ移動した。


 一日青空を見せることなく、灰色の雲が空一面を覆う。

 目的の神社周辺は田園地帯で穏やか。道に迷いながら着いた。時間的に遅いからだろうか、二人の中年夫婦が参拝しているだけ。静けさと寂しさが漂う伊努神社。拝殿でお参りし、観光客の振りをする私は、チョロチョロと見渡しながら、彼らを待つ。

 5分ほど経った頃、鳥居の下に姿を現す男二人組。白髪男は偶然を装っているかのように、自然体で驚きの表情を見せながら、声を発する。


「おぉ、またお会いしましたね! 先ほどはありがとうございました」


 微笑みながら近づいてくる。どのように反応していいのか分からず、二人に会釈する私。

 白髪男の誘導で境内を一緒に歩き、その後ろから連れの中年男がついてくる。語り始めた白髪男。


「三浦耶都希さん、私は三年前の事件をニュースで知っていました。そして今回、あなたが犯人を恨んでいることを知りました。大切な家族を失った悲しみ、苦しみ、怨みは、一生涯心から放れることはありません。それらが身体を巣食う、つまり病気やうつなどになってしまい、さらに苦しさが増すこともあります。私たちはそれを“やみ”と呼んでいます。被害者の家族は、その“闇”を抱えて生きることになるわけです。

 日本だけでなく多くの国では、かたき討ちや復讐は許されていません。個人での復讐は許されていないのに、民族や国での復讐は便宜上許されています。それが兵器を使った戦争です。復讐心は国を動かす人たちでさえも存在するのです。

 被害者家族のご心情からすると、何とも矛盾している世の中なのです。愛する家族を殺されたのに、犯人は死刑に処せない限り生き続けます。それが法の限界です」


 高校すら行っていない、まだ18歳の私でも納得した。


 伊努いぬ神社本殿後方の古墳あたりで立ち止まり、話しを続ける男に耳を傾ける。


「伺っているかもしれませんが、私は被害者の“やみ”の解放を代わって行なう者です」


「やみの、解放?」


「そうです。正確には依頼主の内部から闇となるものを私が吸引します。そしてその闇を再利用することです。私はその“力”を授かりました。天命だと信じています。ですから、これまで何百人という被害者家族の依頼に応えてきたのです」


 “力”の内容については意味不明だが、ハッキリと申し出る。


「……私もお願いしたく、ここにやってきました」


 男は頷きながら続ける。


「それを行なうためには、三つの条件を満たさなければなりません。

 まず一つ目に、他言無用であること。もし私の活動ができなくなれば、多くの被害者の闇は解放されず、苦しみ続けます。もちろん私の行為は、法的には犯罪かもしれません。ただ法で裁かれないことも事実です。先ほども言いましたように、天命に従っているだけです。

 ……二つ目に、会うのはこれが最初で最後です。掟としてお一人一度の依頼です。私の力を悪意的に利用されないためでもあります」


 仲介屋から説明を受けていた私は、ここまでは理解できた。

 しかし、三つ目の条件に耳を疑ったのだ。


 


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