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(37)私の苦しみ、伝えられず

 

「姉さん、今回はNSネスからの依頼だよ」


組織ネスから!?」


「カザマという人、NSネスの一員。裏切ったみたい。始末するように言われた」


「裏切り!?」


「詳細は僕にも分かんない。カザマは組織の中核の一人みたいだけど、組織を壊す背任行為があったとか言ってた」


「……幽禍かすかは、どうするの?」


「今姉さんが保有しているモノ、使っていいって」


「どうして、それを?」


NSネスは、姉さんが支援センターで活動していることを知ってる。新月前に進毘師すせりびしに清浄してもらうこともね」


「でも、これは依頼人のものじゃ……」


「気にしなくていいんじゃない。僕がくうの幽禍を使っても結果は一緒だし。進毘師の清浄が省けるから、手間も要らないし」


「……そうね。でも、陽がやれば私、必要ないんじゃない」


「僕が頼んだ。姉さんに協力してもらうって。……僕、金刀比羅ことひらで迷惑かけたし」


「迷惑だなんて」


「それに……この前の県議会議員の処理、姉さん気にしてるんじゃないかと思って」


 私を心配してくれている陽がいた。窮屈な心の中に、少しだけ隙間が出来たように、楽になった。

 間を置き、陽に訊ねてみたくなった。


「陽……」


「何?」


組織ネス、大丈夫?」


「どういう意味?」


 躊躇ためらった。組織に対する不安と身の危険を感じていることを、伝えたかったが押し止める。


「んんんっ。裏切り者が出るって、何かトラブってるんじゃないかって思って」


「……別に気にすることないよ。裏切り者は処理していけば、問題解決するんじゃない」


「そうね。……ところで、京都のどこに行けばいいの?」


「三条駅で、21時に」


「分かったわ」


 彼との電話を終え、組織ネスへOKの返信。



 母を亡くした後の非苦とは違った、今の苦しみ。居場所と使命を自分のものにした祓毘師はらえびしの歩みが、濃霧に囲まれていく感じ。信念が、想いが、道が、崩れ始めていた。


 この日の夕方、RXで外出。ふとした思いつきで洲本へ出掛けた。そう、篠倉ささくらの働く居酒屋だ。女一人で行くのは悩ましいが、彼の『いつでも来てください』に乗ってしまう。

 暖簾のれん前で少し躊躇するも、吸い込まれるように入店。


「いらっしゃいませ」


 入口近くにいた紺色着物姿の若い店員の淑やかな挨拶。それが合図のように、一斉に他従業員の声が響く。


「「「いらっしゃいませ〜」」」


 正面にカウンターがあり、右側から奥にかけて、L型の座敷に七座卓ほどある。右側手前に生け簀があり、カウンターに沿って厨房が。そこに五人の料理人がいた。

 私に歩み寄る女店員に、一人であること、カウンターでいいことを告げ、遠慮がちに入口側に座る。その私に気づいた厨房の篠倉。すぐにカウンター越しに近づき、声を掛けてくれる。


「いらっしゃい、湊さん」


「こんばんは」


 夕食をとることに。注文や味の感想など、店員と客の安易な会話は彼とするものの、この日は店内が忙しく、それ以外の話しをすることはなかった。というより、そのつもりは始めからなかった。

 一時間ほどで席を立つ私を、気に掛けていたようだ。


「湊さん、すみません。ゆっくりお話し伺いたかったのですが……」


「……食事に来ただけなので。美味しかったです、ご馳走様でした」


 勘定をし、暖簾をくぐって外へ。駐車場へ歩く私の後方から呼ぶ声。


「湊さん!」


 振り返ると、入口付近に白帽を手に持つ篠倉ささくらが立っている。返事をせず「何?」のつもりで、私は首を少しかしげた。


「湊さん、また来てください。もし……もし宜しければ、お店が休みの日に、僕の手料理を、食べに来てもらえませんか」


 彼が真面目とは聞いていたが、そのようだ。それに、篠倉の照れ感が伝わってくる。


(そのセリフって、女から言うもんじゃないの。……料理人だから仕方ないか)


 微妙にクスッと口元が緩んだことに気づいた私は、普段の無表情に戻す。


「気が向いたら」


 背を向け数歩歩いたが、立ち止まり、再び体を反転させ料理人に伝える。


「今日、ココに来たこと、内緒でお願いします」


 捨て台詞のように残し、店を後にした。愛車のバックミラーには、まだ彼の姿が映っていた。内緒も何も、他の従業員や客がいたのだから、内緒になるはずもない。ただ真面目な彼のことだから、市場に来た際に礼を言われると思い、念を押したのだ。


 私に好意を抱いている彼は、私の本性を知らない。真面目に生きる篠倉ささくら勝秋かつときの邪魔をしてはいけない。二度と彼のお店に行かない、と決意しながら、RXを疾駆させている。




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