(36)組織への不安増
元気がないことを感じたのだろうか、魚市場に出入りする30歳代の男が、心配してきた。
「湊さん、何かありました?」
彼は、洲本市にある老舗和風居酒屋の料理人。七年程前から料理長に食材調達を任せられ、市場へ来るようになった真面目で評判の男性、篠倉勝秋。丹波出身の彼は高校中退後、料理人を目指し、今の店で働いていると聞いたことがある。短髪でガッチリ体格、言葉少なく、仕事一筋というタイプだ。
ここへの食材調達は週二から三日程度。度々私に声を掛けてくる。
「別に何も」
素っ気なく応えた。
「ならいいんですけど。元気なさそうだったから」
長年、無表情で無強調に働く私だったから、元気がないと思われたのは、この時初めてだ。確かに落ち込んではいるが、それを態度や表情に出したつもりはない。彼はそれを察した。
「大丈夫です」
大丈夫ではない。でも彼に言っても仕方のないこと。彼とは目も合わせず、淡々と仕事をする私に、一言声を掛け離れて行く。
「それじゃ、また」
チラッと彼の背中を流し目で確認しながら、気にせず仕事を続けた。
調達に来た翌々日も彼は、私に声を掛けてくる。
「湊さん、お元気ですか?」
「元気です」
「そうですかぁ。それじゃ、また」
この他愛ないやり取りが当たり前のようになっていた。一度だけ、彼は別のコトバを発す。
「僕じゃ頼りないかもしれませんが、お話しを聴く自信はあります。いつでもお店に来てください」
彼なりの誘いなのだろう。
「ありがとうございます」
無下に出来ず、お礼を言ってしまった。
以前の私なら(誘ってるの? 行くわけないじゃない)と、男には攻撃的な思いを抱いてしまうはずだが、この頃は違った。あの命毘師ハシガミレイと出会ってからというもの、私の中で何かがズレていた。
ある日、自宅で気になる口コミ情報を発見。
週刊誌記事がネタになることは多い。これまでの『加害者連続殺人事件』に関する記事は、当然知っている。それに関与しているのは私たちだから。その記事を書いている柳刃というライターの名も覚えてはいた。口コミと掲示板の内容からして、そのライターによる新たな記事によるものだった。
七月初旬に発売された週刊誌。そのタイトルが――
『国民の知らない裏社会 三権を牛耳るエリート官僚系裏組織の被害増!』
このタイトルと口コミであるものとを、私は重ねた。
(これって、ネスのこと?)
すぐに週刊誌電子版を購入。全てに目を通した後、恐怖と身の危険を感じたのだ。
(これが全てネスの仕業だったら……)
組織は予想を遥かに超える強大なもの。政治家や権威者も犠牲になり、そして誰かが操っていることになる。国民さえも騙されていることになる。
(いや、こんなこと……信じられない)
ただ羅列し無理矢理関連づけている、そんな口コミもあるように、私もそう捉えたかった。この記事の“裏組織”がネスとは限らない。別の組織なのかもしれない、と捉えることも出来た。しかし、犠牲になったリストに私の知る人物。それは県議会議員の“回道正志”だ。復讐の対象としてではなく、裏組織の犠牲者として記載されていることに、違和感を感じた。それでも今の私は、
(回道が犠牲者であるなら、三人を殺した加害者というのは嘘なの?)
組織への不信は留まらない。そんな精神状態である時に、NSからの指令を受信。
―― To.L13
07132100
KYOTO
W L13&N3
Mr.KAZAMA 70
OK or NO ――
これを見た私は、今までの指令と微妙に違うと気づく。
(京都……神社じゃないの? それに対象者の詳細が何も記載されてないじゃない)
いつもなら神社を指定されるが、京都という地名だけ。どこに行けばいいのか不明だ。それに、対象者の人物像や依頼人の詳細など、一切記されていない。陽とのコンビのため、対象者の情報は必要としないが、依頼人の情報や復讐理由は知りたい。これだけでは、返答するのに抵抗がある。しかし……
これに対する疑問をすぐに解決出来た。
まもなく、陽から携帯に電話がかかってきた、からだ。




