(14)噂の的
七ヶ月ほど過ぎた12月、母の死から丸四年。
奉術師の一人として認められた私は、数年祖父に随行していた。
そして上達した21歳の時、祖父から離れ、独り立ちを決意。
私の新たな拠点として選んだのは、瀬戸内海の温暖な島。母との思い出の多い神戸からほど近い島である。ここで九年過ごした。
移住当時、独り身の21歳の女は、噂の的になった。出来る限り目立たないように心掛けていた……つもりだったが……。
住居も古い一戸建ての借家をチョイス。隣人宅との距離が離れている家を選ぶ。
当初、島民にとって不思議かつ不気味な存在。笑顔どころか、感情というものがあるのか疑いたくなるほど、無表情で過ごした。引き蘢っていた時と同様に。心からの笑顔を見た島民は誰もいないはずだ。祖父にも心配されてはいたが、何が愉しくて笑顔になるのか、私自身、疾うの昔に忘れた。
移住してきた頃、小耳にした島民たちの不安の声。地元交番の中年お巡りが職務のため、わざわざ家まで身分証明書を確認しに来た。おおよそ、捜索願い対象リストや指名手配者リストとチェックするためだろう。当然ながら、問題は一切ない。
移住早々、島の魚市場で働くことにした。
季節によって違うが、早朝から昼頃前後までの時給900円のパートタイマーとして。魚市場は時期による繁閑が激しい。おまけに、天候によっては漁ができないため、仕事も減る。私にとっては好都合だった。
無口で大人しくしていたが、意外と器用だったため、仕事は着実にこなしていった。職場の人たちは、徐々に私の不気味さについては、気にも留めない程度になったようだ。
ただ、会話が続かないためか、友達ができない。私はそれでも良かった。が、自身のことを話さないお陰で、“謎多き女”というレッテルを貼られる始末。
特に目立っていたことは、愛車――ブラック色のBMW・X6である。それも移住した時のX5に続き二代目(台目)。一台千万円前後する高級車RVを若い女が所有しているから、目立たないわけはない。これは譲れなかった。三田市の親戚宅で過ごしていた際、家主の愛車を洗車していたのがキッカケで、車に興味を持った私が一目惚れしたのが、この車種だった。
職場パート仲間に訊ねられたが、宝くじに当たったと応える。ウソであることは、誰もが気づいていただろうけど。
私はその愛車で、島外へよく出掛けている。時には、数日帰宅しない時もある。
噂好きの女性から追求されるが、友達の家へ、山へ、もしくは一人旅という返事をする。事実、アウトドア用の道具を車後部に載せてあることを、職場のメンバーは知っていた。
大人しい、暗い、というのは表面だけで、アクティブな女であることをアピールする形となっていた。
一度だけ大怪我をし、職場を一週間ほど休んだことがある。職場に復帰した際、私の顔を見て皆驚く。誰がどう見ても、ボクサーのようにボコボコに殴られた痕跡が多く残っていたからだ。片方の瞼は少し赤く、絆創膏も貼っていた。あまりにも心配の声が多かったため、「山の散策中に転げ落ちてしまった」とウソをついた。それ以上、訊く者はいなかった。
噂話のネタは他にもある。
島に来た当初はパソコン、最近ではスマートフォンを、私はよく利用する。メール? SNS? 無口である私の利用方法を知りたい職場の人は多かった。同年代の女性が興味津々で、SNSのIDを訊ねてきたこともある。
「やっていません」
そのように返答していた。教えたくなかった。
「メールなのだろう」、と勝手に思い込んでいる女たち。
「誰と、何を、やり取りしているのだろうか?」
勝手な憶測を職場外にも広めていた。売春、愛人、セフレなどという噂まで流れていた。
どこにでもいるのだろうが……その噂を聞いて
「金払うから抱かせろ!」
性癖の悪い独身男が、言い寄ってきたことがある。
この時は、大人しくしていた私も、鬼の形相で怒鳴りつけた。
「あんたらのような安っぽい人たちが一番嫌いだ! 私を真剣に抱きたいと思うのなら、婚姻届にサインして頼みにこい!」
このことは、翌日に噂となって狭い町中に広がる。私を毛嫌いする者はいたが、多くはこの言動を賞賛し、暖かく見守ろうという雰囲気になっていた。九年もの間この島にいるのは、町民のそんな気持ちを理解していたから、かもしれない。
スマートフォンでの頻繁なやり取り、一人旅する理由、高級車を乗り回す理由――未だに誰も知らない謎の女であることは、間違いない。
ただ、孤独であること、普通の女子でないこと、何か影を持つ者であること、などは、町民の共通の認識であると感じている。自分自身の本当の姿を誰にも知られたくなかったのは、当然だ。
私は祓毘師。“闇”を扱う者。パートで働く私のもう一つの顔は“復讐代行屋”だ。




