(13)私の選択
二人と別れた私は、予約してある出雲のホテルへと向かう。
何という一日だったのだろう。この展開は想定もしてなかった。今後二度と、今日のような驚愕する出逢い、出来事はないだろう……そのように考えても可笑しくない心地だった。
これから何をすべきなのか、考えることとなった私。先ずは希望する主犯の処理とやらを待つことになるが、次の一歩を踏み出す機会が訪れたこと、それは事実。それも日常的想像を超える道。簡単に答えがでないことも、分かっていた。
4月19日。
愛する母を殺害した、刑務所内の主犯が死亡したという記事。『二日以内』と言っていた源翠氏のコトバがあったため、調べてはいたが……本当に、あった。ネットでのニュースに、望んでいた記事。死因は心不全。詳細は書かれていない。
この手のニュースは、テレビ報道で取り上げられることはない。刑務所内での受刑者死亡のニュースなど、国民は望んでいない。しかし、過去の『加害者連続死亡事件』の報道があったからだろう。ネット上では、そのようなニュースを発信してくれているサイトがある。
長年の私の怨み、そして苦しみは解放された。全てではないが……。
これまでの犯人に対する怒りが薄れていくような感覚を得た。一種の安堵感だ。しかし、……それは束の間で、すぐに消えた。
犯人の家族のことをこの時、初めて考えてしまった。一瞬ホッとした心の中に、新たに心苦しいものが入ってきた。
(これで良かったのだろうか?)
源翠氏と孝博氏が出雲で語ったことを思い出す。
『力は天命である』ということ、そして『嫌な思いと経験をする』ことである。被害者家族を助けることもできると同時に、加害者家族に悲しみを与えることになる。
しかし、私自身のこの三年間蓄積された闇は、深過ぎた。
加害者側の哀しみなぞ、被害者側の苦しみ、哀しみに比べたら取るに足らない。
犯人は、被害者の幸せ、時間、心、愛、優しさ、楽しさ、未来、希望……全てを奪う。
犯人の家族……被害者には関係ないことだ。
犯人よ……「死をもって償え!」
…………闇は、私の心を……蝕んでいた。
亡き母が望むような“普通の女の子”になる自信は、ない。母と過ごした幸せな日は、もうこない。幸せ? ……いつそんな日が訪れるのか、甚だ疑問だ。
それは、私自身に限らず、突然大切な人を失った被害者遺族は同じような気持ちのはず……ニュースで報道される被害者遺族の悲痛な叫びは、犯罪が無くならない限り、必ず続いていくのだ。
強い人間であれば乗り越えられる……かもしれない……が、弱い人間が多いのも事実。それに、殺人や暴行、強姦などの犯罪者は再犯もあり得る。被害者がさらに増えることになるのだ。自分勝手な殺人犯は、絶対に許してはいけない存在……人の幸せを奪い去る者は、全て悪である。
(自分の“使命”とは何か?)
祖父、実父との出会いによって真剣に考え始めた私がいる。母の復讐を終えたためか、一歩進めるような気がしてきた私がいる。母の仇は終わらせる。主犯以外の三人については放っておくことにした。そして、考え抜いた私は、一つの答えを導き出す。
世の中はゴールデンウィークの真っ最中。
本来なら、進学または就職で新たな出発をしている転換期。しかし高校に通っていない私は今更受験勉強など考えられない。だからと言って、バカな大人のもとで老いるまで働く気力もなかった。
被害者遺族の闇を十分に理解している。
(その人たちの闇を拭い去ってあげたい)
導き出した答えは、普通の女子たちとは違う道。
それは、闇喰を扱う者――“祓毘師”の道だ。
新たな目的を遂げるため、三田市の親戚の家を出、祖父のもとを訪ねた。父には家庭があるため、戸籍上は養子となり、祖父の家で暮らす。源翠氏による修行が始まった……厳しく、辛い修行だった。
私にとって最も困難だったのは、闇の分析と分別。
人間には闇が多い。一つではない。人の闇とは、ある意味個人の体験による記憶と入り交じった情念の部類。例えば、嫉妬深い者、愚痴の多い者、責任転嫁する者などは、対象者が十人いれば十人毎の闇を持っている。
被害者であれば加害者への闇以外に闇を持っていることになる。つまりその闇を見極め、闇喰する必要があるのだ。その分別と制御を誤り、想定以上の闇を吸引してしまうことにでもなれば、依頼人の不都合に繋がるし、場合によっては自らを苦しめる結果にもなり得る。
私自身、訓練の一貫として闇嘔を受け、体験した。闇のエネルギーの大きさと醜さを体感出来た。人間は自身の闇を多少なりともコントロール出来る、力を持っている。ただ他人の闇を自身内でコントロールすることは出来ない。訓練された祓毘師といえども、困難である。闇の分析と制御には相当な時間を費やした。
人間から生じた“闇”は、害である他、何者でもない。だが、この社会で生きていく以上、付き纏うことは事実。その“闇”を知り、制御することが、私の力、と言える。




