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第5章 A棟201号室 星本実莉さん(3)

 幸い、平本も在宅していたため、私の部屋も含めてすべての部屋が確認できた。A棟の方でも雨漏りがあり、私の部屋は押入れの中に雨漏りの跡があるのがわかった。応急処置をし、すべての屋根の状態を撮影した後、直人は帰って行った。次の仕事があるらしい。

 時間は既に午後1時。私と憲二郎は近所のファミレスでランチをしながら、今後の話をすることになった。ちなみに、このランチ代は憲二郎の方で経費として落とせるらしい。

 というわけで、私の前にはエビドリアとシーザーサラダが並んでいる。いつもはサラダはつけないのだが、憲二郎の支払いとなったら話は別だ。ドリンクバーも頼んだことは言うまでもない。食事が終わったら、デザートも注文してやろうと思っている。

「まったく、お前には呆れるよ。瓦が下に落ちてりゃあ、掃除したら気づくだろう。何のために同じ敷地に住んでるのか、わかりゃしない」

 憲二郎が、フォークを手にしながらぼやく。彼の前にはミートソースのスパゲティが置かれている。

「仕方ないでしょ。昨日の朝は雨が降ってたから、掃除はしなかったのよ。それに、夕方には女子会で家を出ちゃったから」

 私は、エビドリアにスプーンを入れながら、言い訳に走った。

「女子会って……オバサン会の間違いじゃないのか。まあ、自分の部屋の雨漏りにも気づかないくらいだから、外のトラブルに気づけって言っても無理だろうけどな」

 まったく、嫌みな男だ。

「雨漏りしてるって言ったって、押入れの中だったでしょ? あそこにはお客さん用の布団しか入れてないんだから、普通、気づかないわよ」

 そう言いながら、ドリアを口の中に放り込む。

「でも、よかったじゃないか。風災も保険の補償内容に入ってて」

 スパゲティをフォークに巻き付けながら、憲二郎が言う。雨漏りを確認した時、保険証書も見てもらったのだ。風災のところにマルが付けてあり、ほっとした。

「今日中に、保険会社に連絡しといた方がいいかもしれないぞ。早く鑑定人が来てくれりゃあ、修理も早く進むからな。その時には、直人君にも立ち会ってもらえるように頼んでおくよ」

「そう。よろしくね。――それにしても、いくらくらいかかるのかしらねえ」

 思わずため息が出る。

「葺き替えるとして、どんな瓦にするかにもよると思うけどな。一番安く済むのはスレートだろうな。直人君も、それで見積もり出すって言ってたけど」

「保険で全額まかなえるものなのかしら」

 サラダに手を伸ばしながら尋ねる。

「まあ、あの瓦は古くて生産も終わってるから、全部葺き替えなきゃどうしようもないだろうけど……。最悪、保険の対象になるのは落ちた瓦だけってことも考えられるだろうな。まあ、これまでは雨漏りなんてしてなかったわけだし、今回の風が原因だって直人君が証明してくれりゃあ、もうちょっと出るかもしれないけど」

「そう……」

「それに、瓦にアスベストが入ってたら、色々と養生も必要になるし。さらに金はかかるだろうな。覚悟しといた方がいいぜ」

 ますます憂鬱になることを、憲二郎はサラッと言ってくれる。私がため息をつくと、憲二郎が続けた。

「さっき、直人君とも話してたんだけどな。この際だから、一緒に外壁も塗り替えないか?」

「はあ? 今、お金がないって話をしてるとこなのに、ますますお金がかかることしてどうするのよ」

 スプーンを置いて、憲二郎の顔を見た。

「でもな、どうせ足場を組むんだから、一緒にやっちまった方が得なんだよ。どっちにしても、そろそろ塗り替えないと、老朽化が進んで厄介なことになるぞ。屋根については、保険で少しは出るだろうし、一から出すよりマシだろう。見てくれが綺麗になれば、家賃アップだって見込めるかもしれないし」

「家賃アップって……。大家になってから何カ月も経つのに、新たに入ってくれたのは、探偵さんと高田さん親子だけなのよ。あ、もうすぐ平本さんの後輩の学生さんも入ってくれるみたいだけど」

 そうなのだ。平本の大学院の後輩が、初めて一人暮らしをするというので、うちのアパートに入ってくれることになったのだ。平本が紹介してくれたらしい。

「高田さんの家賃は、高田さんが働き出して8千円ダウンしたけど、新しく学生が入ってくれるんだったら、3万円はプラスになるだろ? そしたら、えっと、ひと月37万円くらいは入ってくるんじゃないか?」

 憲二郎が計算する。

「でも、そこから住民税とか固定資産税とか管理手数料とか、もろもろ支払わなくちゃいけないのよ。探偵さんだって、依頼があったら家賃が無くなることもあるし」

「探偵の件はお前の胸算用次第だろう」

 たしかにそうなのだが。

「あの土地と建物、借金の担保になってるってことはないよな」

「なってないけど、なんで?」

 急に話が変わり、首をかしげる。

「だったら、リフォーム資金をどっかから借り入れたらいいだろう。うちが付き合いのある信金の担当者、紹介してやるよ」

「え? 借金するの?」

 驚いて聞き返す。

「そうだよ。お前、たいていの大家は何かしら借金してるんだぜ。最近は、わざわざローン組んで賃貸物件を購入するサラリーマンだっているんだから。いわゆる不動産投資ってやつだけど」

「サラリーマン大家さんよね。そういう人がいることは知ってるけど」

 気持ちを落ち着けるため、ジンジャーエールを飲み干す。

「現金はできる限り手元に置いておきたいだろ? ローンを組んで月々支払っていけば、急に金がいる時には助かるだろう。たしかに金利はかかるけど、それは経費で落とせるんだし」

「そう。借金ねえ」

 最後の一口をスプーンですくいながら、私は再びため息をついた。

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