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第5章 A棟201号室 星本実莉さん(1)

「おい、起きろ」

 午前9時。惰眠をむさぼっていた私の目を覚まさせたのは、天敵・植原憲二郎からの電話だった。

「何?」

 我ながらひどい声で聞き返す。

「お前のアパートで、ついに雨漏りが発生したぞ」

「え? 雨漏り?」

「ああ。B棟201号室の加藤頼子かとうよりこさんから連絡があってな。天井から、壁伝いに水が垂れてきてるみたいだってさ。今朝、床が濡れていて気付いたらしい。昨日も一昨日も雨と風がすごかったから、その影響だろうな」

「床が濡れてる? 雨?」

 寝ぼけた頭では、事態を把握することができない。

「そうだよ。放置したら建物が傷むし、店子にも迷惑がかかるからな。早く修理した方がいいと思うぞ」

「迷惑? 修理? 雨漏りってこと?――大変じゃないの!」

 ようやく事情が飲み込めた私は、スマホを耳に当てたまま飛び起きた。

「どうしたらいいの? 修理って何するの?」

 混乱しながら尋ねる。

「まあ、雨漏りって言っても、原因はいろいろあるからな。屋根か壁か窓か……。いずれにしても、現場を見ないと何とも言えないな」

 憲二郎の落ち着いた声を聞き、少し冷静さを取り戻した。

「そう。いつ見に来てくれる?」

「知り合いの大工が、今日の午前中なら見に行けるって言ってくれてるから。10時でどうだ?」

 1時間を切っているが、何とか準備はできるだろう。

「わかったわ」

「ところで、お前、こんな時間まで寝てたらますますブタになるぞ。じゃあ、後でな」

 グサッと刺さる言葉を残して、電話が切れる。

 私だって、いつもこんなにダラダラと暮らしているわけではない。昨日は、久しぶりに幼馴染の村西洋子と2人で女子会をしたのだ。美味しいお酒に楽しい話。ついつい帰りが遅くなり、寝る時間も遅くなってしまったというわけだ。

「雨漏りかあ」

 ベッドから立ち上がり、窓に向かう。カーテンを開けると、アパートを眺めた。見慣れたとはいえ、やっぱりボロい。今まで無事だったこと自体、奇跡なのかもしれない。

「修理代、いくらくらいかかるんだろう」

 思わずため息がもれた。


 10時過ぎ、部屋のチャイムが鳴った。ドアを開けると、憲二郎が一人の男性を連れて立っていた。

「砂橋工務店の吉田直人よしだなおと君だ。ほら、中2の時に同じクラスだった吉田幸一よしだこういちっていただろ? あの幸一の弟さんだよ。3歳違いだったかな」

「そう。幸一君の」

 私が会釈すると、彼は小さく頭を下げた。双子かと思うほど、よく似ている。

 吉田幸一は中学の時、サッカー部のエースだった。高校時代にスカウトされてモデルの道に進んだ後、芸能事務所を起こして成功し、かなり派手な生活を送っていたらしい。しかし、スキャンダルが原因で仕事がなくなり、自分の事務所に所属していた女性タレントと共に失踪した。1年半ほど前の話だ。

「吉田直人です。植原不動産さんには、親父の代からずっとお世話になっていて…。兄貴はあんないい加減な男ですけど、僕はきちんと仕事させていただきますので、あの…」

「ここの親父さんも腕のいい大工だったんだが、腰をやっちまって引退したんだ。でも、さすが血筋だな。直人君もなかなかの腕前でさ。任せておけば安心だ」

 直人の言葉を遮り、憲二郎が私の顔を見ながら言う。こんな田舎町のことだ。幸一の事件の後、家族はさぞ肩身の狭い思いをしてきたことだろう。

「そう。それは心強いわ。よろしくお願いします」

 私がほほ笑むと、直人はホッとしたようにうなずいた。

「とりあえず、雨漏りの状況、確認させていただきますね」

「まずは、B棟の201から見せてもらおう。B棟の2階の人たちには、話がつけてあるから」

 憲二郎はそう言うと、階段を下りていった。直人も後に続く。

「わかったわ」

 私もドアに鍵をかけると、2人の後を追った。


「本当に、申し訳ありませんねえ」

 私は頭を下げながら、加藤の部屋に入った。賃貸人の加藤頼子は、60代後半の女性だ。少し下の妹、信代のぶよと2人で住んでいるが、その妹は今パートに出ているらしい。

「いえいえ、昨日はすごい雨と風でしたからねえ。朝、カーテンを開けようとしたら、床が濡れていて。すぐに見に来ていただけて、よかったですよ」

 頼子に穏やかにほほ笑まれ、少しホッとする。

「ああ、天井から来てますね。これ、屋根ですわ」

 直人が憲二郎を見る。

「天気予報ではしばらく晴れが続くみたいですけど。念のため、ビニールを貼って応急処置しておいた方がいいかもしれませんね。屋根を直すにしても、しばらくかかりますから」

「ということですけど、いかがでしょう? 見栄えが悪くて申し訳ありませんけど」

 憲二郎が頼子の方を見ると、彼女はうなずいた。

「誰が来るわけでもありませんし、とりあえず水濡れが広がらないようにしていただければ」

「すみませんねえ」

 私は再び頭を下げた。

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