第1章 A棟103号室 角田昭光さん(5)
アパートの階段は、一軒家の方の階段よりもきれいだった。安心しながら2階に上がる。憲二郎は、204号室の前に立った。鍵を開けて中に入る。
手前にダイニング、奥に和室という造りは101号室と同じだが、お風呂とトイレの場所が左右反転している。
「ここも思ったよりきれいだな。相変わらずゴキブリはいるけど」
憲二郎は和室に入り、天井を見上げた。
「雨漏りの跡もない。かなりきっちり建てられた建物って感じだ」
そして、こちらを見た。
「これ、上手くやれば借りる人間はいるぞ。少し家賃は下げないと無理かもしれないけど、これなら大丈夫だ。売るより貸せ。俺が借り手を探してやるよ」
「でも、何をどうしたらいいかわかんないし」
思いがけない展開に、困りながら答える。
「うちで管理してやる。管理料は月額家賃収入の2%でどうだ? ほんとだったら4%とってるけど、お前は知り合いだから、半額にしてやるよ」
「月額家賃収入って何?」
よくわからず聞き返す。
「入居している部屋の月額家賃の総額のことだよ。ここだと、7部屋分の家賃の合計になるかな。仮にその合計が30万円だとすると、2%で6千円だ。安いもんだろ?」
「管理って、具体的には何をするの?」
安いかどうかは、その内容にもよるだろう。
「入居者の募集、入居トラブルの解決、家賃の督促、修理業者の手配などなどだ。このアパートに関する便利屋とでも思ってもらえればいい」
ということは、このアパートを持っている間中、憲二郎との縁は続くと言うことか。メニエールが再発しそうな感覚に襲われる。
「ちょっと考えさせて」
即答を避ける私の言葉を無視して、憲二郎は部屋の外に出た。慌てて後に続く。
「もう1棟のアパートも見たいけど……。先に戸建を見るか。1階はアトリエなんだな?」
「うん、そうだけど……」
「ふうん。で、お前はどうするんだ? 2階に住むのか?」
憲二郎が尋ねてくる。
「まだわかんないけど」
私が答えると、憲二郎は驚いたような表情をした。
「ここに住めば、家賃を払わなくても済むんだぞ。それに、大家をやるんだったら、物件の近くに住むのが一番だ。掃除もできるし、変わった様子にもすぐ気付ける。俺だったら、イチもニも無く住むけどな」
だから、まだ大家をするか決めてないんだってば。
「まあ、住むとしたら、2階だけで十分だな? アトリエなんて必要ないもんな、お前には」
そう言うと、憲二郎はヘラヘラと笑い出した。
「そういやあ、お前、絵へったくそだったよなあ。馬の絵だと思ったら犬だったってこともあったよな」
そうだった。美術の時間、憲二郎が私の描いた絵を指さして大笑いしたせいでクラスメイト達が集まり、爆笑の渦に包まれるという悲劇に見舞われたんだった。たしかあの時、美術の先生も目に涙を浮かべて笑っていた。まったく不愉快な思い出だ。
「アトリエとして使わないんだったら、1階は誰かに貸そう。事務所としても使えるだろうしな」
私の気持ちも知らず、憲二郎はヘラヘラしたままそう言うと、軽やかに階段を下りて行った。




