第1章 A棟103号室 角田昭光さん(4)
とりあえず現場を見に行こうと言われ、私は再びあの「メゾン・ド・アマン」なるアパートの前に立っていた。
「アパートの鍵は持ってきてるか?」
植松不動産とドアの部分に書かれた車を降りながら、憲二郎が尋ねる。アパートと一軒家の間の狭いスペースに、何とか停車させた形だ。
「これ?」
私はバッグの奥底から、ジャラッと鍵束を取り出した。車の鍵をかけ、こちらに歩いてきた憲二郎に、それを手渡す。
「おう、サンキュ。一応、全部そろってるな。空いてる部屋から見てみるか」
言いながら、憲二郎が郵便受けを確認する。
「A棟の101号室っと」
鍵を選び出し、101号室に向かう。私は慌てて後を追った。
古びたステンレス製のドア。ペンキはところどころ禿げている。ドアノブの鍵穴に鍵を入れ、ドアを開ける。この形のドアノブも、久しぶりに見た感じだ。
角部屋だけあって、そこそこ光は入っている。ブレーカーを上げなくても、十分部屋の中を確認することはできそうだ。またゴキブリが散る様子を想像していたが、壁際に1匹息をひそめているだけだった。
「意外ときれいにしてるじゃないか」
憲二郎が、手にしていた紙袋からスリッパを2足取り出した。部屋を案内する時に使うものらしい。私はありがたくそれをはいて、部屋の中に入った。
「入ってすぐがダイニングキッチン、奥が和室の1DKか」
憲二郎が上着のポケットから、父の広告に載せられた間取り図を取り出して確認する。
「ゴキブリはマイナスポイントだけど、十分使えるんじゃないか」
ダイニングにはドアが2つ付いている。ひとつは洗面所と風呂、もうひとつはトイレだ。
「トイレと風呂が別っていうのは、結構いいポイントなんだぞ。もともとはユニットバスなのに、無理やり分ける工事をする大家もいるくらいだからな」
憲二郎がプロの不動産屋らしく、まじめな顔で説明する。そして、部屋の窓を開けると、視線をあちこちに動かした。窓枠を見ているようだ。
次に、彼は和室の押入れのふすまを開けた。中板の上にのぼって立ちあがると、上着の内ポケットからペンライトを取り出す。天井板の一部を外し、背伸びをして中を見始めた。
「かなりしっかりしてる感じだな。これなら問題なさそうだ」
ひとりごちてこちらを向く。
「特に柱が腐っている様子もないし。窓もふすまもピシッと閉まるところを見ると、建物の傾きもなさそうだ。あとは、キッチンの下を見てみようか」
彼はそう言うと、天井板を元に戻し、押入れから下りた。キッチンに向かって歩いて行くと、床下収納のふたの前にひざまずく。手慣れた様子でふたを開け、中の収納箱を取り出した。その下には地面があった。
「よっこいしょっと」
床に空いた穴から頭を入れ、ペンライトで床下を照らしている。
「何やってるの?」
不思議に思い尋ねたが、彼は何も言わず、あちこちの方向に目を向けている。しばらくして、顔を上げた。
「シロアリ対策も湿気対策も、きちんとやってあるみたいだな。見た目がひどいし、ゴキブリもいるから心配だったけど、これなら大丈夫そうだ。ギリギリ新耐震だし、建物自体は問題ないだろう」
「どういうこと?」
私の質問に、ペンライトを胸ポケットに戻しながら、憲二郎が答えた。
「この建物が建てられたのは、昭和58年。昭和56年の5月以降に建てられた建物は、新しい耐震基準が適用されている。だから、耐震性は問題ないはずだ」
「ふうん」
私が頷くのを見て、続ける。
「ただ、木造だとシロアリとか湿気とかも問題になってくる。今見たら、きれいにした跡が残ってるし、親父さん、基礎の部分はきちんと処置したんだろうな」
憲二郎はそう説明すると、立ちあがった。
「さて、2階も見るか」




