静の事情
文人の携帯電話に着信が入ったのは、入部テストの疲れも抜けていない土曜日の夜八時を回った頃だった。風呂に入って体をほぐし、早めに寝ることで完全に疲れを取るつもりで布団に入って間もなくだった。
鳴り続けている携帯電話を無視するわけにもいかず、布団から這い出て机の上の携帯を見ると、そこには電話の着信を知らせる緑色のランプが点滅している。
着信相手を見ると近屋麗華と表示されていた。
通話ボタンを押し耳に当てる。
「もしもし麗華。どうしたの?」
「あ、文人。突然だけど、今日静が銃芸部に入るために両親を説得するって話し、覚えてる?」
「ああ覚えてるよ。……もしかして」
「そう。失敗したらしいのよ。それで今ウチにいるんだけど、文人にも手伝ってほしいのよ」
二人より三人の方が、今の状況を解決できると判断した結果だろう。
手伝うと言うのは知恵だけではなく、昼間の会話通り部屋の事もあるのだろう。
「わかった、今からウチに来るんでしょ? 麗華も一緒なら大丈夫だと思う。今から迎えに行くから待っててよ」
しかし、麗華は自分たちだけで大丈夫だと断り、家族の許可を取っておいてくれと言って電話が切られる。
電話が切れてしまった今、押し問答する相手もいない。仕方なく家族の誰かがいるであろう居前へと向かう。
居間にいた祖父に事情を話すとあっさりと許可が下りる。
眠気を押し殺しながら、家の前で来訪者二人の到着を待っていると、街頭に照らされる麗華の姿を見つける。そしてその隣にはもう一人の来訪者である静の姿も確認できた。
「迷惑掛けてホントごめんね」
申し訳なさそうに謝る静に文人は笑顔を向ける。
「昼間は俺が迷惑掛けたんだから気にしないでよ。取りあえず家の中入ろう」
彼女たちを家の中へと招く。
空き部屋に案内し、飲み物を取ってくるために文人は席をはずす。
その入れ替わりで文人の祖父が顔を出す。
「いらっしゃい麗華ちゃん。そっちの子がお客さんか」
問われた静は正座で向き直り、
「間宮静です。突然押し掛けてすみませんでした」
深く頭を下げる。
「ああ、気にしなくて良い。部屋だけは多い家だ。それよりも、君の御両親はここにいる事を許可しているのかな?」
「はい。両親とは電話で話して許しはもらっています」
「なら安心だ。ゆっくりしていくと良い。ご両親の許可さえあれば泊まって行っても良いから。何かあれば文人に言い付けて構わないから」
そう言ってその場を後にする。
静はありがとうございます、と頭を下げる。
暫くすると、お盆にマグカップを三つとお菓子を乗せた文人が帰ってくる。
「こんなもんしか無くて悪いんだけど」
二人にマグカップを手渡す。カップの中身は甘い香りを放つココアだった。
それを飲みながら静は文人に事情を話す。
「夕飯の時に、銃芸部のテストを受けに行った事と合格した事を家族に言って、部活に入りたいって言ったんだけど、両親からは猛反対されてケンカになったんだ」
そして一呼吸。
「実はね。私、中学生時代に人間関係が上手くいかなくて、だから高校は私のことを誰も知らない所を選んだの。だから両親はそんな私が運動系、特に団体競技の部活に入部しても大丈夫なのかって思ってるの」
淋しそうに瞳を伏せる静。
そしてケンカの後に頭を冷やす為にコンビニに向かい、偶然麗華と会った。そして、意見は多い方がいいという判断で文人に連絡がきたという流れだった。
麗華が一口、ココアをすする。
「じゃあ、どうやって静の御両親に納得してもらえるのか考えましょう」
三人で二時間を掛けて話し合うと、案は出るもののどれもしっくりこない。
「他の部活にも入って、その部活をダミーにしてごまかすって案はないよ」
一度覚めた眠気が再び押し寄せてきた文人は、下がってくる瞼に逆らいながら喋る。
「そうよね、単純に内緒で続けるなんてすぐバレそうな案はないわよね」
同じく疲れた表情でうなだれる麗華。
二十一時を過ぎて、三人とも疲労が最高潮を迎え、思考も上手く働かなくなっている。
静寂が訪れて、三人が黙る。
「さっき、泊まって行っても良いって言われたんだけど、甘えても良いのかしら」
眠気に耐えきれなくなった麗華が文人に確認する。
「部屋も布団も余ってるから大丈夫だよ」
それを確認した麗華と静は、携帯電話を取り出し親に連絡を入れる。
麗華は慣れた様子で許可を得た一方、静は悩んだ末に麗華の傍にグイッと寄り、携帯電話のレンズを自分たちに向けるとツーショットの写真を撮り、それを証拠としてメールに添付して送信した。
暫くして静の携帯電話に着信があり、宿泊の許可が下りたので早々に寝ることにする。
「宮間さんはこの部屋を出て左側の部屋、麗華はこの部屋ね」
それじゃお休みと部屋を出て行く文人を見送ってから、静は麗華を見る。
「迷惑じゃなかったら一緒に寝ない?」
麗華は考える様子も無く、
「そうね、この部屋で一緒に寝ましょうか」
と、あっさりと了承する。
押入れから布団を二組出し、それを並列に敷いて寝る準備を始める。
電気を消して布団にもぐりこみ、彼女たちは二言三言交わした所で糸が切れたように眠ってしまったのだった。




