思うところ
夏彦もドアの方へと歩いていると、短いポニーテールが待ったを掛ける。
「東雲は掃除なんて良いから腕立て伏せしなさいよ。三百回プラス倒された分の百回」
忘れていなかった奈月が無情にも宣告する。
夏彦は言いだした手前引けないので仕方なく教室に残る。
「ではノザ先生、見張りをお願いします」
あだ名で呼ばれた野坂は、適当に右手を挙げて了解する。
そして夏彦以外のメンバーで掃除と片付けを開始する。
各班で一~三年が均等になる様に分けられながら、三つの班を作り各階へと向かう。
雨を気にしながらも硝煙を逃がす為に窓を開け、落ちている薬莢を箒で掃ける。その間にも上級生は一年に話しかけていくが、お互いにぎこちない会話にしかならなかった。使用した机も元の教室へと戻され、朝の時と変わらない見た目に戻り終了となる。
全員が四階の教室に戻ると、そこには夏彦が息を切らせながら机で休んでいた。
「お、意外と速かったな。お疲れさん」
野坂は戻ってきた一同を軽くねぎらう。
「野坂先生、備品に損傷はありませんでした。でも全体的にちょっと硝煙臭いです」
掃除の報告を済ませるサクラ。
「まあ匂いくらいは大丈夫だろう。それじゃ全部終わったから今日は解散するか」
サクラは頷いて、席に着くように号令を掛ける。
そして、全員が着席したのを見てからサクラは教壇から言う。
「今日は皆お疲れさまでした。一年生は着替えて帰宅しても良いし、もうすぐ正午だからお昼ごはんを食べるのも良いと思います。残念ながら今日は学校の食堂はお休みなので、何処かに食べに行くならお店を紹介します」
そこで自分の話が長くなりそうな事に気づいて修正する。
「とにかく、皆今日はゆっくりして疲れを取る。そして冷静に銃芸部のことを考えてね。入部してくれる一年生は、月曜日から部活がスタートだから入部届けとジャージを忘れないように。二・三年はこのまま反省会、以上解散」
ロッカールームで着替えながら文人は内心で頭を抱え続けていた。
自分の失態を言いだせないまま時間だけが過ぎている。結果的に自分の行動は合否に直接関係なかったとはいえ、万が一の場合があったかもと考えると精神的にツライ。
話しかけられてもロクに返事もできず心配を掛けるだけだった。
いっその事、麗華には何とか理由を付けて入部しないことも考えるが、それも無責任過ぎて却下になる。何より文人はテストを楽しんでいた。身体を動かしていて、武道以外に夢中になったのは久しぶりの出会いだった。
ノロノロと着替え終えた頃には、文人以外にだれも居なかった。廊下に出るとそこには、既に着替え終えて制服姿に戻った麗華と静が文人を待っていた。
「やっと来たわね。皆に待ってもらってるから、言いたいことがあるならそこで言いなさい」
麗華にも何も言っていないので、彼女なりに何かを察して用意してくれた機会をありがたく思う。
「悪い、助かる」
「何で悩んでるか知らないけど、皆に話す必要があるなら、ちゃんと皆に説明しなさいよ」
「わかってるよ。宮間さんもごめんね。迷惑かけて」
静の方を向いて謝る。
彼女は静に首を横に振る。
「自慢じゃないけど、私も抱え込むタイプだから、わかるよ文人くんの気持ち。私だって状況次第では言い出せないだろうし、気にしてないよ」
二人の優しさに感謝しながら、校舎の一階にある自動販売機へと足を運ぶ。
休日ゆえに閑散とした自動販売機の横にあるベンチに四人が座り談笑している。
「お待たせてごめんなさい」
荷物を置きながら言う麗華の後に、神妙な顔で文人が口を開く。
「あのさ、ちょっと話したいことがあるんだけど良いかな」
黙って聞く体勢になる六人。文人はゆっくりと自分のミスを吐きだす。
自分が部長が誰なのかを勘違いしたまま戦って、もしかしたら不合格になっていたかも知れない事を謝罪する。
「きっちり説明しなかったアタシのせいでもあるわね」
麗華は自分が誘った側なのに説明を怠った事を悔いた。
しかし、それを聞いていた一人がつまらなそうに言う。
「俺はあの時、お前に全部任せたっつーか全部押しつけた。自分じゃできないと思ったからだ。だから別に責めたりするほど子供じゃねーよ」
他の面子も、うんうんと頷き同意する。
しかし納得できていない文人を麗華が見つめる。
「なら、今後の部活で貢献して罪滅ぼししなさいよ」
できるでしょ? と麗華が言ったのに対し静が続く。
「そうだよ。罪滅ぼしとかは良いとして、せっかく合格したんだから試合とかで活躍すれば良いと思うの」
身を乗り出しながら力いっぱい言い放つ。
瞼を伏せていた文人は驚きで顔を上げる。叱責を受ける覚悟で臨んだが、予想を裏切る皆の反応に困惑は隠せない。しかし、チャンスを与えてくれるのならそれを糧に部活に挑もうと決める。
「わかった。皆がそう言ってくれるなら、俺は銃芸部で三年間を過ごさせてもらおうと思う」
頭を下げる文人を見ていた麗華は、終了の合図に二回手を叩く。
「はいはい、もうこの話は終わりにしましょう」
その後は和やかに高校生らしい会話が続く。最後に全員でメールアドレスの交換をして校舎を出る。
昇降口から外に出ると、雨上がり特有の湿った香りが押し寄せる。
先程まで雷が鳴り響いていた空が嘘のように明るい青空に変わっていた。
「さっきまでの土砂降り雨も、俺たちが銃を撃ってたのも、この静かさだと何か嘘みたいだよな」
晴れ晴れした表情で、文人はそう言いながら伸びをする。
「部活が始まれば銃を撃つのは日常になるわよ」
麗華の言葉と共に黒い髪も風になびく。
校門を出るまでは七人だったが、当然電車通学やバス通学組は途中で分かれていく。
徒歩組だったのは文人・麗華・静の三人で、他愛もない話をして歩く。
「あ、私こっちだから」
静は二股に分かれた道の右を指差す。
文人と麗華は左の道なのでここでお別れになる。
じゃあまた月曜日に学校で、と別れのあいさつを三人で交わしてそれぞれ歩き出す。
文人と麗華の歩調はずれることなく並んで歩く。そのまま麗華の住む高層マンションへと到着する。
「なあ麗華、俺文芸部にも入部するって言ったじゃん? 考えたんだけど、文芸部はやめとく事にしたよ。銃芸部を中途半端にこなすのはもったいないから」
麗華は一瞬目を見開くがすぐに細める。
「そう、なら誘った甲斐があったわね」
それだけ言って、くるりと文人に背を向けてマンションに向かう麗華。その後ろ姿は嬉しそうに揺れていた。
文人も自宅に到着し、自室に入って制服を脱ぎハンガーに掛けジャージに着替える。そして、机の上の銃芸部と書かれた入部届けに自分の名前を記入する。こうして長い半日が終わった。




