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7、コーディネート

俳優として駆け抜けた人生だった。良い時もあれば、消えてしまいたいほど辛い事もあった。


そんな芸能生活50年を目前に、とあるスタイリストを尋ねた。長らく苦楽を共にした男で、既に引退していた。


「今日は天気がいいぞ、清々しいな」


テラスは日差しで眩しい。太陽に優しく抱きしめられた気分だ。2人で肩を並べて、遠くの空を見つめた。


そこで昔話を始めた。話題はいつも決まっている。

 

「アンタはしょっちゅう遅刻したよな。間に合った日の方が少ないだろ」


彼は病的な遅刻魔だった。普段の収録も、大舞台でさえも、必ず遅れてきたものだ。「人が倒れてたんで」「電車が止まってて」などと言い訳を用意していたが、誰も耳を貸さない。


――やっと来たのね、と周りも慣れた態度だった。しきたりの厳しい芸能界では稀有な事だ。


「仕事ぶりが真面目だったしな。そのお陰じゃないか?」


遅刻癖を補って余るほどの才能が、彼にはあった。斬新でありつつも、バランスの整った服飾を用意してくる。着心地も良いので、タレントからの評判も良かった。


そして熱心だ。幕から出ていく1分前ですら、小物の角度を直そうとする。最初は驚かされたが、結果に結びつくので、好きにさせた。


「走り抜けたなぁ、アンタと。長かったような、一瞬だったような」


さっきから返事がない。彼の顔を覗き込むと、静かに舟をこいでいた。頭の動きにあわせて、車椅子が微かにきしんだ。


シワだらけのアゴが細い。また痩せたのかと思い、胸に冷たいものが落ちた。


「寝ちまったかな。長居しすぎたか」


彼は自分より10歳も年上だ。会うたびに老け込んだように見えてしまう。


(次に会いに来る前に、もしかして――)


その予感は、首を横に振って消した。


「アンタは遅刻魔だ。三途の川を渡るのも遅れちまえばいい」


オレは窓の方を振り返った。老人ホームの一室から、スタッフがこちらを見守っていた。一礼をしてから立ち上がった。


「オレ、引退するんだ。その前にアンタに会いたくなった」


すると眠ったはずの彼は、おもむろに片手を持ち上げた。


「起きたのか」と問いかけるより先に、彼はオレの左手に指先を伸ばした。かと思えば、指輪をつまんでは少しずらす。細かく何度も、角度を変えようと回し続けた。


彼は呟いた。


『コーディネートは……』


だがそれきり何も喋らなくなる。とにかく指輪が気になるようだった。


オレは彼の手を優しく包み込み、こう囁いた。


こうでねぇと――。



ー完ー


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