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4、カレー

――こんなものを売りつけやがって


言葉が胸に突き刺さる。地道に信頼を積み上げてきた取引先から、悪しざまに罵られた。思い返すだけで拳が震えた。


辺りは既に日暮れを過ぎ、街は酒の匂いが濃い。道端で酔客の大声も聞こえだす。


身体はクタクタだ。早く家に帰り、ベッドに沈みたい気分だった。だが不思議と足は繁華街をさまよった。


――売上が足りてねぇぞ! とにかく稼いでこい!


上司からは毎日のように怒鳴られた。追い詰められていたと思う。かといって、取引先を騙すように機器を売りつけた事は正当化できない。


恨まれて当然か。これから返金で揉めて、上から更に怒りを買うだろう。そう思うと腹の奥が痛んだ。


「どうしてこうも辛いんだ。ただ生きていくだけの事で……」


目指すものがない。今も、人の流れに沿って歩いているだけ。それで良いのかと、たまに寂しくなる。行きたくもない道を行き、見たくもない光景を目にする人生、それで良いのかと――。


その時だ。突然、横から怒声が聞こえた。自分に向けたものではない。


「何が改装だコラ! こちとら真心を売ってんだ、見てくれなんざ知るか!」


怒鳴られた男が駆け去っていく。その人物は傾いた家屋――小さな食堂から逃げてきたようだ。


真心を売るって何――。


足は既に止まっていた。そんな自分を、邪魔くさそうに通行人が避けていく。


気づけば店の中に入っていた。店主はカウンターに座ったまま、テレビを眺めていた。そしてぶっきらぼうに言う「空いてる所に座んな」


初めての店だ。壁は黒ずんで床も脂まみれ。食欲は失せていたが、もう引き返せない。


「今日のセットをひとつ」


店主は小さく唸ると、厨房に入った。およそ80歳前後。顔のシワは深く、手足も枯れ木のように細い。しかし所作に年齢を感じさせなかった。聞こえる音が心地よいくらいには、手際もよい。


真心を売るって、どういう事だ――。


辺りを見回してみるも、答えは一向に見えない。かわりに、店内に漂う香りが気になった。食欲もいつの間にか湧き始めて、口の中に唾液があふれた。


「はいお待ち」


トレイがテーブルに置かれた。スプーンを素早く掴んで、一口目を頬張る。口の中に広がる濃厚なスパイス、塩味に熱い米――それらが一塊になって喉を過ぎていく。


目頭が熱くなった。瞳に涙が溢れて何も見えなくなる。たまらずコップを掴んでは冷水を呷った。大きく息をつきながら、心のなかで叫んだ。


このカレーは辛ぇ。



ー カレー 完ー

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