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帰送シリーズ  作者: 流浪
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『記想』

深夜のコンビニで、セルフレジがひとりでに喋っていた。

 「ポイントカードはお持ちですか」

 「レシートはご利用ですか」

 「ありがとうございました」

 誰も触っていない。俺しかいない。

 店内は白い蛍光灯で均されていて、影だけが濃い。冷蔵ケースの低い唸りが一定で、揚げ物ケースの油の匂いが薄く残っている。床のワックス臭が、鼻の奥にねっとり張りつく。

 自動ドアの外では、国道を走る車の音が遠くで波みたいに重なって、また途切れる。

 手に持っているのは財布じゃなくスマホだ。いまどき小銭を探るほうが珍しい。支払いも、鍵も、身分証も、連絡先も、写真も、記憶の代わりになるものまで――全部、あの薄い板の中に収まっている。

 きっとレジの誤作動だ。そう頭では片づけられる。

 けれど人は、理由がわかってしまう出来事より、わからないまま残る出来事のほうを面白がる。まして深夜だ。無機質な音声が「人間のふり」をする。それだけで気味が悪い。

 誰もいないのに、会話の形だけが成立してしまう。

 それだけで十分に、話の種になる。

 最近、こういう話が増えている。

 “時代が進んだぶん、怪談もアップデートされた”みたいな顔をして。

 そういう光景を見せられるたび、思う。日常で感じる時代の変化は、怪談の生まれ方まで変えてしまった、と。

 昔の怪談は、場所に縛られていた。

 井戸とか、山道とか、校舎の階段とか。暗がりと湿気が似合う舞台装置があって、そこで「出る」ことで成立していた。

 ところが今は違う。

 暗がりはポケットの中にある。

 湿気はクラウドにある。

 “出る”のは、場所じゃなくてログだ。

 たとえば――。

 「位置情報共有を切ったはずなのに、家の中に“誰か”がいることになってる」

 「ドアホンの履歴に、深夜三時の来客が残ってる。映像は真っ黒で、音声だけが入ってる」

 「見覚えのない端末が、家のWi-Fiにつながってる。しかも端末名が……死んだ祖父の名前になってる」

 俺はこの数年で、こういう手合いの話を嫌というほど聞いた。職場の飲み会だとか、SNSの切り抜きだとか、知り合いの知り合いだとか。形はいろいろだが、妙に共通点がある。

 まず、“便利さ”が前提になっていること。ログが残るのが当たり前で、記録が証人になれる世界だからこそ、「ログに混ざった異物」が怖い。

 次に、“誰も見ていないのに記録だけが残る”こと。昔の怪談は目撃談だった。いまの怪談は記録談だ。目撃者は不要で、代わりに履歴が証言する。

 そして最後に、“終わらない”こと。削除しても戻る通知。ブロックしても届くメッセージ。解約したはずなのに残る痕跡。人が終わらせたつもりのものほど、終わらない。

 ある夜、後輩が真顔で俺に言った。

 「先輩、これ……笑えないっす。家の見守りカメラ、深夜になると『人物を検知しました』って通知が来るんです。映像は何も映ってないのに」

 俺は後輩のスマホを覗き込んだ。

 通知の時刻は決まって、午前二時四十四分。

 録画のサムネイルは暗闇。真っ黒ではない。黒の中に、かすかなザラつきだけがある。暗視のノイズが、そこに“何かがいる”と言い張っているみたいだった。

 画面の下には音声波形が出ていて、それだけが生き物みたいにうねっている。

 再生する。

 最初に入っていたのは、息だった。

 近い。近すぎる。玄関に設置したカメラだというのに、マイクに口を寄せたみたいな距離で、湿った呼気が入る。ひと息だけじゃない。吸って、吐いて、また吸う。誰かが暗闇の中で、落ち着かないまま立っている。

 それから――笑い声。

 いや、笑い声というより、笑い声になり損ねた音だ。喉の奥で引っかかって、外に出てこないまま震えている。声帯のこすれる感じだけが残る。嫌な音だった。

 俺は、思わず画面から目を逸らした。スマホのガラスが冷たく見えて、指先がじわっと冷えた。

 「バグですよね。カメラの。AIの判定が……」

 後輩はそう言いながら、言い切れていなかった。自分でも信じていない声だった。

 俺は頷きかけて、やめた。

 バグで片づけるなら簡単だ。けれど、バグで片づけられない瞬間がある。

 たとえば、それが毎夜同じ時刻に起きるとき。

 たとえば、設定を変えても、機器を替えても、場所を替えても、同じ“癖”がついて回るとき。

 たとえば――後輩が指でスワイプして見せた、別のログ。

 録画が始まる直前にだけ、玄関のスマートロックが必ず一度「解錠」になって、すぐ「施錠」に戻っている。開いていないはずなのに、開いたことになっている。

 鍵穴のないドアが、履歴だけで一度呼吸する。

 喉の奥が、乾いた。口の中が紙みたいになる。唾がうまく飲めない。

 便利さが増えた分だけ、怖さは“入り口”を増やした。

 鍵穴から入れないなら通知から入ればいい。鏡から出られないならレンズの向こうに立てばいい。井戸が埋められたならタイムラインに浮かべばいい。

 ――そんなふうに。

 俺は結局、後輩に具体的な解決策を出せなかった。気休めのように「念のためセンサー位置を変えろ」と言い、ログを保存しろと言い、変なことがあったら連絡しろと言った。

 それ以上のことは言えるはずがなかった。

 言葉にした瞬間、形になる。

 怪談は、そういうところがある。

 そして形になったものは、記録になって残る。

 残ったものは、忘れた頃に戻ってくる。

 帰りの電車で、ポケットの中のスマホが小さく震えた。

 画面は消えたまま、どこかで聞いた声が言う。

 「ありがとうございました」

 一瞬、さっきのコンビニの蛍光灯が脳裏に白く焼き付く。けれど、次の瞬間、それとは違う“白”がよみがえった。

 大学の薄暗い廊下。雨上がりのアスファルトの匂い。安い缶コーヒーのぬるい甘さ。

 そして、こちらを見上げて笑う、変な人。

 俺が“いまの怪談”に戸惑うたび、いつも思い出す言葉がある。昔、あの人が言っていた。

 「怪談とは巡り帰るものだよ」

 もう二十年以上も前になる。その頃、俺には師と呼ぶべき人がいた。

 ……いや、まず俺のことから話すべきか。

 俺――三宅宗介には、師と呼ぶべき人がいた。

 オカルト道の師匠だった。

 恐怖心と好奇心に魅入られながら、オカルトの世界に踏み込んだ俺を、変に真面目に、変に乱暴に、そして驚くほど優しく正し導いてくれた人。俺の青春をオカルト一色に染め上げた人。そして今の俺を形作った人だ。

 俺はあの人を名前で呼ぶことはなかった。名前より先に「師匠」だった。呼び方ひとつで距離が決まってしまうのが怖くて、結局いちばん無難な呼び名に逃げていたのかもしれない。

 あの人については、わからないことだらけだ。学内でも変人扱いされていたし、本人もそれを少し楽しんでいた節がある。

 突拍子もない理屈で人を振り回して、次の瞬間には何でもない顔で缶コーヒーを飲んでいる。

 恐怖と滑稽が同じ場所に同居できることを、俺はあの人から学んだ。

 けれどこれだけは言える。

 俺が体験したあの日々は、たぶん俺の中でまだ終わっていない。スマホが震えるたび、ログが増えるたび、俺は“巡り帰る”という言葉の意味を思い知らされる。

 だから俺は、書く。

 師匠と送ったあの日々を。

 その目が、どこまで捉えているか――そんな問いかけの物語を。


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