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第13話 再会

 瀬名(せな)(あし)に傷はない。ただ、少し足元はふらついていて、消耗(しょうもう)しているのが見て取れた。化け物も消え、しんと静まり返った洞穴(ほらあな)の中で、灯火の光を()()(かげ)亡霊(ぼうれい)のように()れている。

 

「もしかして、その子が藍果(あいか)にあの(みょう)な刀を(わた)した〈通りすがりの人〉?」

「えっとね、瀬名」

「その子が藍果をこんなことに()()んだの?」

「そうだ」

「ちょっと弓丸、今は」

「ふうん、弓丸くんって言うんだ」


 瀬名は私たちの側に寄ると、私の通学リュックを荒々(あらあら)しく置いた。その場にしゃがんで顔を(かたむ)け、ちょうど血が止まった弓丸の手首に(するど)い視線を向ける。出血さえ止まってしまえば、弓丸の傷は(またた)()に消えていった。

 

「……つまり、あんたが厄介事(やっかいごと)()ち込んだ張本人ってわけね」


 ヤドリ(づた)(おそ)われ、さらわれ、(つか)まっていたであろう瀬名は、もはやこの程度のことでは動じなくなっていた。ショーウィンドウに(かざ)られた人形のような(ひとみ)を細め、瀬名は弓丸を(にら)みつける。

 

「もう、私たちに(かか)わらないでもらえる? どこの(だれ)だか知らないけど、正直言って迷惑(めいわく)。これから帰ってさ、私三時間はお説教コースなんだよね」


 弓丸はといえば、(つな)がった左手を閉じたり開いたりしながら、(だま)ったまま瀬名の言葉を聞いていた。特に事情を話そうとするでもなく、(あま)んじて瀬名の(いか)りを受け止めているような——そんな様子に、もどかしさが込み()げる。

 

「……(ちが)う。違うの瀬名」

「何よ」

「厄介事を()き込んだのは私。自分で首を()っ込んで、後戻(あともど)りができなくなった」

「そんなに制服ずたずたにして? それも元を辿(たど)れば藍果が悪いって言うわけ?」


「説明、するから!」


 瀬名の(かた)(つか)み、目を合わせてそう言った。昨夜、最後に()わした瀬名との会話。瀬名は化け物に()い、関わりを持ち、弓丸の姿を見ている。幸か不幸か、やっと説明できる時が来たのだ。

 

「お願い。落ち着いて聞いて、瀬名」


***


「まっことに失礼いたしました!」


 私の説明、もとい弓丸の紹介(しょうかい)を聞いて、瀬名は綺麗(きれい)な土下座を決めた。まぁ、まさか神様が目の前にいるとは思うまい。

 

「別に……気にしなくていい」

「藍果もごめんね。そういう事情とは知らなくて」

「私こそごめん。瀬名まで巻き込んじゃったのは、私のせいだから」


 おそらく、今回の事件の流れはこうだ。

 

 あの男は〈マガツヒメ〉という人物からヤドリ蔦の実を受け取った。その実は私の血から作られており、それを食べることで私の記憶(きおく)幻覚(げんかく)として味わった。服用を()(かえ)すうち、ヤドリ蔦に(おか)されていった男は、何らかの経緯(けいい)——十中八九マガツヒメの指示だろう——によってこの洞穴に()みついた。そして、ヤドリ蔦の実に見せられた〈(うらや)ましい〉人間を、手当たり次第(しだい)に襲っていたのだろう。

 

「それにしても、歩道橋にバナナの皮を捨てる人なんているんだね」

「ね、ほんとにねー」

「僕はバナナの皮なんてもご」


 (あわ)てて弓丸の口を(ふさ)げば、(やわ)らかい感触(かんしょく)が手のひらに当たった。

 

「わいあ」

「ご、ごめん」


 パッと手を(はな)すと、弓丸は少し気にしたように(くちびる)を指で()った。幼い顔立ち、(うで)の中に収まる体躯(たいく)。つい子ども(あつか)いしてしまうが、そういえば弓丸の精神年齢(ねんれい)はいくつなんだろう。八百(さい)というには、まだ少年らしさが残っているような気がした。

 

 それはともかく。

 

 実は、出会ったときのことについては「歩道橋を歩いていた弓丸がバナナの皮で足を(すべ)らせ、転びそうになったところを助けた」ということにしてある。なってしまった、という方が正しいかもしれない。

 

——ねぇ、藍果はどうやって弓丸と出会ったの?


 咄嗟(とっさ)(うそ)だった。

 本当は、瀬名に嘘なんてつきたくない。けれど、弓丸の(かか)えるものが分からない以上、あれは私が他言すべきことじゃないし、無理に(しゃべ)らせることでもない。だから——。

 ……バナナの皮。それにしたって雑過ぎたか。

 

「うーん。でも、確かに神様っぽいかも。昔の服着てるし、刀も持ってるし、しかも美形。私が小一だった頃に似てる」

「ちょっと瀬名、からかうのは」

「弓丸さん、少しならいいでしょ。ほっぺた触らせて」

「瀬名ってば」


 私が止めるよりも、瀬名の手の方がワンテンポ早かった。弓丸の白くモチッとした頬を挟んだり引っ張ったりしている。ファーストコンタクトであんな態度をとってしまったから、ヤケクソになっているのかもしれない。

 

「やうぇれくれ。いひゃいらろ」

「手首ぶった()っといてよく言う」


 瀬名はパッと手を離して、今度は真面目に弓丸を眺める。きっと、見て分かる情報を事細かに記憶しているのだろう。


「ねぇ、弓丸さんって何でもできるの?」

「いいや」


 弓丸は、少し赤くなってしまった頬をさすりつつも答える。


「僕の持ち物は刀と弓だけ。戦いで使えるものは、目眩(めくらま)しの〈朧月夜(おぼろづきよ)〉の術と神器の力、そして(おのれ)の体くらいだ。(かな)えられる願いの範囲(はんい)は、由緒(ゆいしょ)正しい古来神とは比較(ひかく)にならない。僕に(いの)るより、いっそ(おに)悪魔(あくま)にでも(すが)った方が願い事は叶えられるよ」


「鬼に悪魔に神ですか……」

「アヤちゃん!」


 その声に顔を上げると、アヤが(おく)部屋(へや)の出入り口にもたれながら立っていた。アヤは、仰向(あおむ)けに転がっている男の姿をなんとなしに(なが)め、気だるそうにため息をつく。

 

「にわかには信じがたい話ですけど、先輩(せんぱい)たちが仲直りしてくれたんなら何でもいいです。お客さんもいますし、痴話(ちわ)喧嘩(けんか)はこの辺りにしときません?」


 そう言ったアヤの(かげ)から、ひょっこりとのぞく頭があった。着ていたのは、私たちと同じ高校の制服。

 

「あの、お邪魔(じゃま)しちゃってごめんなさい……」


 ふわり、と蜂蜜(はちみつ)のような(かお)りがした。アヤよりも短く、センターで()()けられたサラサラの黒髪(くろかみ)。女子校にいれば、王子様だなんだと(さわ)がれているであろう甘い顔立ち。百七十センチ近くある身長に抜群(ばつぐん)のスタイル、その上吹奏楽部(すいそうがくぶ)の第一フルート奏者(けん)、部長。


 昨年度の冬、取材をした時以来だ。

 

「……而葉(しかるば)さん」 


 あと、これはどうでもいいことだと思うが、かなり胸が大きい。どうでもいいことだと思うが。

 

「お久しぶりね、早我見(さがみ)さん」


 我らが()()(くに)市立高校三年生、而葉真月(まつき)が——獲物(えもの)を見そめる(たか)のように、すうっと目を細めて()()った。

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