神力の使い方
いきなりのパワハラにぶち切れてしまったと、果胡は一瞬にして反省した。こんな反抗とも取れる態度を取ってしまっては、助けてもらったベルクマン家に恩を感じて従順に従うさすらいの少女の役が演じきれなくなる。はっと我に返って恐る恐るバルドルの顔色を確認した。
「………あ、あの、バルドル、あの、今のはその、すみませ」
「僕のタイプだ、カコは!」
「………はい?」
何だその反抗的な目は、もう一度俺の茶飲んでみるかぐらいのことを言われると思っていたのに、確認したバルドルの様子は、それまでにも増してご満悦の様子だった。何がどうなってこうなった?
バルドルは果胡の頭を抱えていた手を首筋をなぞりながら下ろし、鎖骨に触れ、茶で濡れた肌に指を這わせる。
「僕のお茶をちゃんと飲んでくれるなんて、光栄だなぁ…!ちょっと零しちゃったけど…、ほら、ここに、」
「…っ」
茶が流れた痕を辿って、申し訳程度にある胸の谷間へ指が下りていく。茶の熱で脆くなっているのか、皮膚が捲れるような感触がした。肌と骨の感触を楽しむように、ゆっくり、ゆっくりと下りて行った指は、これ以上は行けないと服のストッパーに引っ掛かった。バルドルはくすりと笑ってそこに顔を近付ける。
何をする気だと身を引くよりも早く、ねっとりとした感触が肌に這った。
「…っ…」
「火傷してるじゃん、零しちゃうから…。消毒しておかないとね」
「や、め…っ」
胸、鎖骨、首筋と、赤く腫れているところを舌が這う。渇いていないままの茶を舐めとるようだった。手指の怪我ならまだしも、消毒といってそんなところを舐められたことなどない。経験のない気持ち悪さに、必死に身を捩って逃れようとしたが、抱きかかえられるように背中に当てられた手がそれを許してくれなかった。
結局零れた茶を全て舐め終わるまで、果胡はじっと不快感を我慢するしかなった。最後にキスをするように鎖骨の辺りから離れた唇が、ちゅ、と音を立てる。
「カコ、肌すーべすべ」
「……何、するんですか…」
「言ったでしょ、僕子どもじゃないって。…そんな顔すると、続けてほしいのかなと思うけど?」
「そんな顔ってどんな…。手枷を外してくれれば自分で拭きますし、バルドルの手を煩わせることなどなかったんですけど」
バルドルは満足行ったのか、だが手枷はやはり外してくれなくて、元の自分が座っていたソファの位置まで戻った。テーブルに乗り上げた所為でバルドルの方のカップは転がり、残っていた茶がぶちまけられている。食器類はかろうじて割れていないけれど、テーブルから滴った茶が床の絨毯にシミを作っていた。
普通ならメイドでも呼んで片付けさせるのだろうが、バルドルはそんなところもワンオペだ。慣れた手付きでテーブルを拭き、絨毯のシミを叩いて布巾に吸わせる。いい夫になりそうである。
手伝ってやりたいが、手枷が邪魔だ。どうすることも出来ず、果胡は床に跪くバルドルを冷静に見下ろした。
「…子どもじゃないって言ってますけど、だったら一体何歳なんですか?失礼ですが、見た目は十歳そこそこにしか見えないのですが」
「そりゃそうだよ。身体は十歳そこそこだからね」
「はい?」
ある程度拭き終わると、バルドルは布巾とカップを片付け、別のカップを取り出してきた。再び自分と果胡の分、どちらもに茶を注ぐ。また先程と同じことをするのではないかと肝を冷やしたが、バルドルは深く椅子に腰かけたまま動かずに話を続けた。
「僕の本当の年齢は、そうだなぁ…大体、もうすぐ四十くらいになると思うんだけど」
「……は?」
「意外とオジサンでびっくりでしょ?よく言われる」
「でしょうね」
正当に突っ込んでいる場合でもない。まだ三十代だよ?という足掻きも彼の姿では意味もない。
珠のような肌に柔らかそうな体躯、所謂坊っちゃん刈りと言われる髪型がよくお似合いのこの少年がアラフォーだと言うのだ。何をどうしたら信じられるというのか。
疑いの目しかしようのない果胡の様子を察したのか、バルドルは柔らかに微笑んで丁寧に説明を続けた。
「ところでカコは、神力のことについてどのくらい知ってる?」
「…どのくらいって…、…そうですね…。魔力を動とするなら神力は静、魔力ほどいろいろなことが出来るわけではないけれど、人の努力ではどうしようもないことを可能にする力、といったことでしょうか」
「ははっ!やっぱりカコは分かってる!そうだ、その通りだよ!」
お望みの答えになったようで、バルドルは上機嫌になる。神力というものを特別だと思っているこの男に合わせた答えだったが、強ち間違いではない。
魔力による魔法というものは、言うなれば事象の自動化、便利にするものだ。例えば物を動かすという事象は、魔法を使えば身体を動かすことなく可能になる。だが、やろうと思えば手を使ってまたは身体の一部を使ってでも出来るのだ。魔法でなければ出来ないということではない。
それに対して神力というものは、物を動かすという、魔法なら簡単なことでも出来ない。代わりに、魔法でもアナログでも叶わないことが可能になる。代表的なものに治癒がある。怪我を治すという事象は、例え薬や魔法で痛みを取り除いたり回復を早めたりすることは出来ても、その場で細胞を再生させ、なかったことにすることは出来ないのだ。どんなにいい医者が診ても、どんなに優れた魔法士が診ても、結果は変わらない。
起こってしまったことを無に変えるような、理から外れた力。それが神力だ。勿論そんな力、神力が蔓延っていたとしても日常では必要とならない。そうなる時は恐らく世界が崩壊する時だ。
便利でも何でもないのだが、ないものねだりというか、俄かに神力のことを知っている者はこの力を特別なものと考える。出来ないと思ったことが出来るようになる、万能な力だと。
「…それが、どうかしましたか?神力について、あなたが今更知りたいことなどないと思いましたが」
「ふふっ…。そう…、そうだね。ではカコ、神力の使い方を知っている?」
「神力の使い方?」
神力を持っている者に何を言い出すのかと思った。神力の存在が薄い国から来たという設定なのであまりペラペラと喋ってもまずいと思い、調べれば分かる程度のことしか言わなかったのだが、それがバルドルの神力を語りたい欲に火をつけたとでも言うのだろうか。
だが違った。
「神力はね、人間の生も操れるんだ!」
感動の吐露。
尊敬の表意。
人への冒涜。
神力とは神の力だと、彼は豪語した。




