表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/185

歓迎のお茶会

たくさんの使用人がいるはずなのに、バルドルは自分で食器を用意し、茶を淹れ始めた。果胡は半ば強制的にソファに座らされ、楽しそうにティーセットを用意するバルドルを目で追う。

カチャカチャと食器同士がぶつかる音、お湯の沸騰する音、注がれる音。ふわりと鼻腔を掠める匂いは、上品で癖のない紅茶の香りだ。トレイに二人分のカップとティーポットを乗せ、テーブルまで運んでくると、どうぞ、と果胡の前にも沈む直前の夕日のような色の茶を差し出す。丁寧に用意してくれ、丁寧にサービスしてくれたのはありがたいが、ついでに手枷もはずしてはくれないだろうか。せっかく用意してくれてもこれでは目で楽しむだけだ。

手枷の存在を気付いていないはずはないのだが、バルドルは飲まないの?と動かない果胡を不思議そうに見つめる。自分は優雅にカップを傾け、音もたてずに茶を楽しむ。実に洗練された動きだ。名家の当主とはこういうものなのだろうか。


「どうして黙ってるの?カコ。僕は君とたくさんお話したいのに」

「………」


それは果胡にだって訊きたいことがごまんとある。だが、安易に口に出せないものばかりだ。相手の反応とタイミングを見計らわねば取り返しのつかないことになる。喋ろうと思えば喋れるのだが、何を言っても起爆しそうで躊躇していた。

バルドルは口を開かない果胡に不満そうにし、痺れを切らしたのか、カップをテーブルに置いてソファに深く腰掛け直した。


「君が話さないのなら僕から話すよ。男がレディをリードするのは当然の役目だからね」


ふふ、と大きな目を細めてにこりと笑う。最初は無垢だと思ったこの笑顔を、今はもう邪推してでしか見れない。見ているだけで疲労が溜まりそうだ。

バルドルは何から話そうかと暫く考えると、ああ、と思いついて手を打った。


最初から、決まっていたくせに。




「君は神力を持っているということだったよね」

「……はい」




元より話題にされることは分かっていて明かしたことだ。それなのに緊張が解けない。もうずっと肩に力が入っていて明日はきっと筋肉痛だ。


「僕は神力を持っている人間に興味があるんだけど、君がここに来たのは偶然かな?それともわざと?」

「…半分偶然、半分わざとです」

「というと?」

「ミカから聞いているかもしれませんが、私はここより遠い地から逃げ果せて来た身です。そこでは神子様の存在もそれほど知られていないし、神力など持っていたところで何の役にも立たない。知識がない所為か、周りの関心もありません」

「それはまぁ勿体ない…」


わざとなのか、本気でそう思っているのか、バルドルは表情を大袈裟までに歪ませて心を痛める素振りをする。勿体ないと思っていることは事実、心を痛めているのは虚構といったところだろうか。


「母国は戦争の絶えない地で、身寄りもない私はうんざりして国を出ました。宛もなく彷徨い、その途中で神子様が現在はルヴィフィア国にいることを聞きました。神子様がいる国だったら少しは私のこの神力を求められることがあるのかと思いまして、こちらにやってきたのです」

「成程。君は賢いね。賢明な判断だ」


バルドルの反応はまずまずだ。ミカには詳しく明かさなかったこの設定は用意していたものだ。何もかもが偶然にベルクマン家に辿り着いたというのは少々無理がある。偶然と言いながら少しだけここを目指してきたという事実を織り交ぜながた方が真実味があるのだ。バルドルは恐らく頭のいい人間。有り合わせの話だけではすぐに嘘がバレる。

全てを信じてもらえたかどうかは分からないが、バルドルは果胡の話に興味は持ってくれたようだった。声を弾ませて続きを促してきた。


「このお屋敷に辿り着いたこと自体は偶然です。弱っていたところをミカに助けてもらい、神子様が崇拝されるルヴィフィア国内だったらもしかしてと思って、神力のことを打ち明けました」

「そう…、そうなんだ…、ふふっ、そうなんだね…!」


バルドルの笑顔は深く、深く、悍ましいほどに深くなっていく。

心を無にすればただの可愛らしい子どもの顔が、四方八方どこから見ても鳥肌の立つもとと成り果てた。

テーブルに両手をついて触れる直前まで顔に近付けたバルドルは、三日月形に細めた目をして喜ぶ。






「よく来てくれたね、カコ!ベルクマンは君を歓迎するよ!」


「………っ、」






息が止まる。

呼吸をしなければ死んでしまうと、代わりに生唾を呑み込んだ。


それを喉が渇いたと勘違いしたのか、バルドルは果胡の分の茶を手にして口元まで持ってきた。茶はまだ湯気を立てていて、唇に触れたカップの口まで熱を侵食していた。

傾いた赤茶色の水面が口の中に入って来る。


「…あ、つ…っ」


果胡は猫舌ではないけれど、鋼鉄の皮膚を持っているわけでもない。口を閉じれば茶は顎から首に伝って胸から服の中に滴っていく。それでもバルドルがカップから手を離すことはない。それどころか、テーブルの上に膝をついて乗り上げ、逃さないように果胡の後頭部に手を回して固定した。今彼に吹き出しをつけるなら、『俺の茶が飲めないというのか』である。

口の中に入って来るものも、身体を伝うものも、じわりとした刺激と共に皮膚を炎症させていく。どうせ火傷するなら内か外か。迷った結果、果胡は口を開けて残りの茶を飲み干した。一応女だし、見えるところに痕が残るのはよくない。


「…っげほっ…っ」


最後の一滴が口の中に落ちた時、舌と喉の奥はヒリヒリと痺れていた。息が通っていくのも痛い。勿論味なんて一ミリも感じなかった。




「美味しかった?僕が淹れたお茶」




満足そうに首を傾げるバルドルを、果胡はひとしきり噎せ終わった後に目を向けた。呼吸だって痛いのに、声を出すなんてもっと痛い。けれど言ってやらねば気が済まなかった。







「……ごちそうさまでした」







顎から滴って来る水滴を肩で拭って、果胡は満面の笑顔でそう言った。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ