こんにちは、僕
果胡は一瞬、自宅の自分の部屋に入ったかと思った。連れてこられたところはそれくらいにアットホームで質素な雰囲気をした部屋だった。城でキングサイズのベッド、体重がバレそうに沈むソファ、重厚感ばかりで機能性の怪しい家具諸々に目が慣れてしまっただけで、普通と言えば普通なのだが、それにしても屋敷の大きさから考えると少し浮いている感じもする。
大して広くもない部屋に簡素な家具類、部屋内の装飾も多くなく、気持ち程度である。使用人の部屋か何かだろうかと岩男に訊こうと振り返れば、岩男はいつの間にか姿を消していた。入って来たドアはノブが回らず、どうやら岩男が出て行く際に外側から鍵をかけて行ったらしい。
岩男はただここに連れてくる為の案内人だったらしいが、果胡が何故ここに連れてこられたのか、部屋を上下左右と見回したその最後の視界に、その答えはあった。
忽然と、少年がいたのだ。
「っ、」
一人称視点のホラー映画でも見ているのか思った。確かに部屋に入った時にはいなかったはずなのに、どこから現れたというのか。思わず出そうになった悲鳴が喉の奥で逆流し、息が詰まる。
少年は小首を傾げて真っ直ぐに果胡を見ていた。十歳くらいだろうか。天使の輪が出来る綺麗な黒髪が、金持ち家庭のお坊ちゃんを思わせる形で切り揃えられている。紺の瞳が大きい所為か、小さな顔がより小さく見えた。七五三でよく見る半袖半ズボンサスペンダーの三点セットが良く似合っているのは、どこからか漂う高貴な雰囲気の所為か。子ども特有の筋肉の殆どない滑らかな肢体が袖口から伸び、人形のようにそこに佇んでいた。
「こんにちは」
声変わりもしていない澄んだ声が、少年から響く。小さな口が弧を描いて無邪気な笑顔を見せる。
「…こ、んにち…は…?」
「君がカコ?」
ん?と人懐っこい表情で訊ねられては、子どもにいきなり呼び捨てにされたことも気にならない。挨拶には挨拶を、質問には答えを、ただただ応えるだけなのに、果胡はしどろもどろになっていた。この少年が、ただの子どもだとはとても思えなかったのだ。純粋で、どこも欠陥のない子どもで、それが違和感だった。子どもの純粋さは時に恐怖を抱かせることがあるが、その類でもない。少年はただそこに立っているだけで異様だと感じるのだ。
「あなたは…?」
「僕?僕はこのベルクマン家の人間だよ」
「…息子さんか何かでしょうか…。無知ですみませんが、ベルクマン家にあなたくらいの子どもがいるとは思わなくて…」
「子ども?ああ、子ども、ね」
一瞬分からないような表情になった少年は、それが気分を害したということでもなく、すぐに納得して笑顔に戻った。貼り付けたような笑顔の中に、本当に楽しそうなものが見え隠れする。
「そうだねぇ。傍から見たら僕は子どもか。見ようによっては」
「どこからどう見ても子どもですが。私の目が牢の暗さでやられていない限りは」
「ははっ。ああごめんね?牢に入れたことそんなに怒ってる?」
「……いいえ。私は怪しい人物だったんですから、賢明な処置だったと思います。私でもそうするでしょうし」
「だよねぇ。君は話が分かる子でいいねぇ」
少年はベッドの縁に腰かけ、サイドテーブルに飾ってあった花を一輪抜いて香りを嗅ぐ。無臭だと呟いてつまらなそうにするが、花を手放そうとはしなかった。彼が花粉症でないことは確認できる。
「……私がここに連れてこられた理由を、あなたは知っているんですか?」
「勿論」
プチ、プチ、と花びらを一つずつ千切って落としながら、少年はニコニコと楽しそうに頷いた。鼻歌でも歌いそうに床につかない脚をブラブラと遊ばせている姿はやはり小学生だ。だが、その無邪気な笑顔は、ずっと見ていると道化を見ているような気分になる。
「だって、僕が君をここに呼んだんだもん」
「────…え?」
道化の、本性を化粧で隠しているような。
「僕、バルドル=ベルクマン。宜しくね、キナリカコ」
最初から彼の笑顔は寸分たりとも動いていない。




