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地下の話し相手

地下の虚空にきゅるるるるるというカモメの鳴き声のような音が響き渡る。何かと音の出所を探せば、探すまでもない、目の前でうるせぇ馬鹿!と自分の腹を殴っている男がいる。


「…あ、あの、ミカ?大丈夫ですか…?お腹減っ」

「減っていない!減ってないからな!?」

「は、はぁ…」


これだけ会話をしておきながらいつまでも門番と呼ぶのもどうかと思って、名前を聞いたら正直にミカ=ロドニーだと答えてくれた。

果胡の心配を食い気味で否定してくる辺り、空腹なのだろうが、本人は断じて認めようとしない。腹の音は恥ずかしいかもしれないが、気合いでどうにかなるものではないから殴って止めようとしない方がいいと思うのだが。血気盛んな若者なのだから食べても食べても腹が減るのは自然な事である。囚人となっている果胡に隠すようなことでもないはずだが、ミカは終始腹の音を消化の音だと言い張った。


「無理しなくても…。ご飯まだ食べてないんですか?私大人しくしてますから、食べてきてもいいですよ?」

「無理してないし飯は食ったし多分お前大人しくしてないし食べてもこない!」

「見事な早口」


その間にもミカの腹はぐぅぐぅと鳴っている。可哀想になるくらい。本当に大人しくしているからどうぞ夕食を摂ってきてほしい。

ミカはこうしてずっと果胡の見張りをしているが、門番の仕事は投げ出してきたのだろうか。果胡の心の中だけで沸いた疑問だったが、知らぬうちに声に出してしまったらしい。ミカは心外だと即座に否定してきた。どうやら果胡の即刻処刑を免じてもらった代わりに、ミカが果胡の見張りをすることになったらしい。本人は門番も見張りも似たような仕事だから大して変わらないと言うが、見張る対象がいるかいないかは精神的負担が変わるはずだ。結果的に果胡を庇ったことでミカの負担が増えてしまっている。彼には本当に助けられていると言っていいだろう。そして腹の音が煩い。


「ミカ、だからご飯食べてきてくださいって。そんなに不安なら、ここに持ってきて食べればいいでしょう?食事をするのにいい場所とは言えないけど」

「だから変な気遣うなっつってんだろ!大体、食事はお前にやったので全部────……」

「え?」

「やべ…」


ミカはあっと自分の手で自分の口を塞ぐが時すでに遅し。果胡はミカが言いかけたことに眉を顰め、鉄格子の隙間から手を伸ばしてミカの服を掴む。ミカが付いている間、手枷だけは外してくれているのだ。仕事中である以上、そんなことはないとは思うが、今にも逃げ出しそうな顔をしていた。


「ちょっとミカ、どういうことですか?さっき持ってきてくれたパン、もしかしてミカの…」

「違う!俺は別で食べて、残りなんてないくらい沢山食ったから、今日支給された食事はお前が食ったパンで最後だっていう意味だよ!」

「何で怪しい私の為にそこまでするんですか。ミカは明日も仕事でしょうに、ちゃんと食べないと体力持ちませんよ」

「だから違うっつの!聞けよ人の話!」


いくら否定しようが、残念ながらミカは顔に感情が出るタイプだ。それはもうありありと。どんな鈍感な人間でも自分が鋭いと勘違いさせるほどに。彼に隠し事は向いていない。潔く認めればいいものを、最後まで否定し続けるところがまた涙ぐましい。

口では否定しても腹がぐぅ、と肯定してしまい、ミカは観念したようにため息を吐いた。果胡の納得いかないと訴える瞳に耐えきれなかったこともある。




「…ずっと、ろくに食べてないんだろ。お前十六って言ってたよな。その割には棒切れみたいな身体だし、成長期の真っ只中で栄養摂らないと、いつまで経っても出るとこ出な…いでででででで!?!!」




考えるよりも早く手がミカの頬を伸ばせるだけ伸ばしていた。

ミカに悪気がないのは分かっている。純粋に殆どものを食べていないという果胡の言葉を信じてくれ、心配してくれただけなのだと分かってはいるけれど、残念ながら昨日の夜は景気づけにステーキを食ってやったし、野菜もデザートもたらふく食っている。それでも棒切れのような身体であるのだから、そこを指摘されてはどうにも聞き逃せなかった。しかもいらぬ心配までされている。憧れのボンキュッボンになる夢は全く捨てていないから安心してほしい。


「何すんだカコ!」

「すみません、手が勝手に」

「ふざけんな!せっかく少ない食事を分けてやったっていうのに…」


ミカは解放された頬を擦りながらブツブツと文句を漏らす。果胡の心を刺した悪意のないナイフは確かにあったが、同時に身を犠牲にして盾になってくれたことも事実だ。未だ鳴り続ける腹を殴るミカの手を掴んで止め、ペコリと頭を下げた。


「ありがとうございます、ミカ。最初に私を見つけてくれたのがミカで良かったです」

「…っ、なっ、んっ、…そん、ばっ…!」

「ん?何て?」

「バカコ!」

「何故!」


お礼を言ったら悪口が返ってくる。彼なりの『どういたしまして』だと変換して捉えることにしよう。








ミカが持ってきてくれた毛布も、恐らくミカのものだ。訊いてみたら酷く動揺して違うと言っていたから確認は取れている。果胡が毛布を使ってはミカが寒いのではないかと思い、一緒に包まるかと誘ったら死にそうになっていた。果胡が悪いと思う。

どうせ見張りで寝れないのだから毛布は使わない、自分のじゃないけどな、と言い切ったミカの言葉に甘えて、毛布は借りることにした。正直寒くて眠れそうになかったから有難い。

それにしても、これからどうしたらいいのか。逃げ出すにもミカは本当にこうして四六時中ついている様子だし、ロッテがこの屋敷にいるかどうかすらもまだ確認が取れていない。いずれ城から誰か助けに来てくれるだろうが、目的の一つも達成せずに帰るわけにもいかない。

一応このまま計画通り強行することも不可能ではないが、今の状況だと些か危惧することが多く、少し考えなければならない。夜も更けてしまったし、とりあえず今日中になにか出来ることはなさそうだ。

果胡は冷えた空気に触れないように毛布に包まるが、地面は石だし、どこからか隙間風は入るし、こんなことなら服をこんなにボロボロにするんじゃなかったと後悔する。この世界に存在するのであれば、ホッカイロとか内側に貼っておけばよかったななんて思いながらくしゃみを二度連発した。


「大丈夫か」

「へ…、あ、はい。大丈夫です。ミカは寒くないんですか?」

「俺は着込んでるし、割と松明の火が熱をくれる」


壁に掛けてある松明とは別に、ミカは手持ちの松明を足元に置いている。鉄製の入れ物の中で焚いている火は、小さな焚火のようだった。確かにミカがいる辺りの空気は少しだけ温かい気がする。


「……そっち、行っていいですか?」

「は?」

「牢から出せっていうことじゃないですよ。鉄格子越しでいいので、火の近くにいけば少し暖かい気がしますし」

「あ…、あー…」


ミカは視線を泳がせ、頬をポリポリと掻くと、肯定の返事の代わりに出来るだけ鉄格子の近くに火を置いてくれた。不本意だとでもいう彼の表情は、少し赤い。きっと火の色の所為だけど。

お礼を言って近くに寄ると、本当に暖かかった。きっと普段なら気付かない程度の温度の差なのだろうが、気持ちの問題でもありそうだ。

これなら眠れそうな気がする。瞼を落として僅かにしかなかった光を遮ると、音を過敏に感じる。外気音と、二人の呼吸、火が燃える音。あまり音に集中しすぎると、神の声が入ってきそうになって慌てて振り払った。こんなところで神託を乞うても、どうせ嫌味しか言わないのだから体力の無駄遣いになる。だが眠りに堕ちるまでのこの時間、無機質な音しか聞こえないのがどうにも暇になって、背中を向けたままミカを呼んだ。彼は仕事全うするためにしっかり起きている。


「ミカはいつからここに仕えているんですか?」

「いつだったかな…。十二、三歳くらいの頃だったから十年前くらいだったと思うけど」

「意外と長いんですね。まだ新人かと思ってました」

「悪かったな、出世してなくて。俺はこの仕事で満足してるからいいんだよ」


ミカはそう言いながらも不満そうに口を尖らせる。

一般的に門番とか見張りとかは、衛兵の中でも新人がやる仕事に分類される。ミカはベルクマン家に仕えてからずっと門番の仕事を請け負っているという。聞けばベルクマン家の中ではあまり部署異動はなく、ミカのように長く仕えている者でも、新人の時からしている仕事を今でも続けているという人はザラにいるらしい。決してミカの実力不足ということではない、と彼は二度言った。大事なことだったらしい。


「て言っても、中には戦となれば前線に出る衛兵たちもいる。俺は…、あまり剣を使うことは好きではないから、結局このままでいいって思ってるんだよ」

「ここにはやっぱり、戦う人達も雇われているんですね。人材が豊富そうです」

「確かに、以前はダウズウェル家に次ぐ、もしくは肩を並べる戦力を誇り、ベルクマン家がルヴィフィア国を治めていても不思議ではないと言われていたからな。全盛期の時ほどとは言わねぇけど、今でもある程度の戦力はあるし、屋敷に仕えている人間も執事、メイド、兵、全て合わせて二百を超える」

「それはまた…」


一般的には、一家に仕える人間は多くても百人程度だ。その殆どが執事やメイドなど、生活の世話係であり、衛兵はいても数十人程度、屋敷の警備として雇われるくらいだ。戦となれば国から兵が出されるのが普通であるし、個人的に戦地に赴く兵士がいる家はそうそうない。


「…珍しい家なのですね。未だにそんなに兵が必要になることがあるんですか?」

「さあな。俺みたいな下っ端には知りようもないけど、当主は前から神力を持つ人間を探しているっていう噂だ」

「……そう、なんですか」


一瞬、心臓が跳ねたことを悟られないよう、果胡はこっそり深呼吸をした。鼻が詰まっているので難しかったけれど。


「神力なんて何に使うか知らねぇけど、何かおっかないことになりそうだから、俺はあまり関わりたくないと思ってる」

「へ、へぇ」

「昔から当主は何考えているか分からない人だしな。俺は殆ど会ったことないし、多分向こうも俺を認識していないと思うけど、是非そのままでいてほしいものだよ」

「へ、へぇ」

「まぁ、最近は面白い玩具を手に入れてきたような顔してたし、興味を奪われた()()があるみたいだから、そっちに夢中だろうけど」

「へ、へぇ」

「カコ?どうした?さっきから生返事だけど。具合でも悪くなったのか?」


生返事というか、どう返事したら正解なのか迷った結果だ。ミカの話はちゃんと聞いている。寧ろ興味津々で聞いている。一字一句取りこぼさず。

それを体調が悪いと勘違いしたミカは、振り返って鉄格子の先に腕を伸ばし、果胡の腕を引っ張る。直に肌に触れてしまったことに驚いて一瞬力が緩んだが、果胡の方が自分から身を起こしてミカに向き直った。


「ミカ」

「?」


体調不良というよりは覚悟を決めたような眼をして、果胡はミカを真っ直ぐに見た。怪訝なミカの表情が果胡の瞳に映るが、気を遣ってやる余裕はない。タイミングが大事なのだ。








「実は私、神力を持っているんですけど」









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