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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第二章 秘められた事実
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再生と消滅

オリヴィア=ダウズウェルの名を目にした瞬間、果胡に流れ込んで来たのはオリヴィアの記憶だった。いや、記憶だけではない。オリヴィアそのものだ。彼女が約十年間生きた彼女そのものが、果胡に刻みつけられた。というより、元から刻まれていたものをさらけ出したのに近い。覆っていたヴェールを剥ぎ取ったのだ。


果胡は今だから分かる。

自分が異世界(ここ)に来た理由も、責任も。


果胡の魂はかつて、オリヴィア=ダウズウェルのものだった。






「説明してくれ、オリヴィア。一体何がどうなっている?お前は何をした?」

「だから私はオリヴィアではなくカコです。理解力足りませんね。さすが史上初幼等部落第記録保持者」

「オリヴィアじゃないと言うんなら、人の恥ずかしい過去をいつまでも鮮明に覚えてる癖どうにかしろよ」


そうは言っても、詳しく教えろ、証明しろと言ったのはリタの方だ。教えろというのはどうも骨が折れそうだが、果胡の魂がオリヴィアの物だと証明するには、希成果胡が知らないはずのリタの情報を披露してあげるのが一番手っ取り早い。オリヴィアの記憶も、リタとの関係値も、当時のように取り戻せる。


「……そうですねぇ。リタでも分かりやすく説明したいのは山々なんですが、私も全て把握しているわけではありません。魂はオリヴィアのものですが、キナリカコのものでもあるんです」

「カコの分、オリヴィアは完全ではないということか?」

「まあ、平たく言うとそういうことです。成長しましたね、リタ」


果胡は魂に刻まれたオリヴィアの存在を把握したが、希成果胡の存在もまた消えてはいない。一つの魂に二つの人間が存在するということは、全て収まりきるものではないということだ。

現在の魂の持ち主は言わずもがな希成果胡である。よってオリヴィアの記憶を取り戻したところで、果胡の存在が優先され、入り切らない情報はオリヴィアの分が削られる。だが、削られているだけで消滅したわけではない。()()()()()という現象に近く、機会があれば思い出せるものだ。


「私が現在覚えているのは、私が神子だったこと、その神子の力を使って魂を転生させたこと。大まかに言えばこういうことです」

「ざっくりしすぎていて要領を得ないな。魂を転生させた理由は覚えているのか?」

「いいえ。何かがあってその手段を選んだんだと思いますが、はっきりとした理由や目的はあまり覚えていません。()()()()()ということ自体は覚えているんですが」


オリヴィアの記憶も感情も、カンニングをしたように取り出せるのだが、そもそもの土台となる答案用紙がないものの抽出は難しい。

果胡は覚えていることを雑多に並べ立てた。

リタとは幼馴染だったこと、彼は見た目のやる気のなさの割に意外と知り合いが多いこと、両親は早くに亡くなっていて、オリヴィアの両親が自分の子どもと同じように育てたこと、人間の人格形成に大事な時期に寂しい思いをした弊害か、オリヴィアが最後に確認したリタはクズで駄目な男に育ちつつあったこと。たまたまモテ期で、リタに愛を告げようとした同級生同士が喧嘩した際は、俺モテるんだと勘違いして、オリヴィアをわざわざその場に呼んで見せびらかしてきたこと。二人の同級生には裏拳とアッパーを食らって残っていた最後の乳歯が抜けたこと。


全てリタのことばかりだ。


「おかしいですね。一応他にもちゃんと覚えてることあったんですが」

「なんか削っていい記憶ばかり覚えてない?」

「削ってはいけないと魂が判断したんでしょう。グッジョブ私の魂」

「本当にお前は何の為に転生したんだ…」


果胡自身は、個人的にはこんなにもリタの事を覚えているというのは都合のいいことであった。でなければこの状況をリタに伝えきる自信と証拠がない。お陰でリタは果胡の信憑性に欠ける曖昧な話を表面上だけでも信じてくれたし、オリヴィア自身も自分の存在を確立できた。良かったと思う。リタの目は死んでいるけど。


「そういえばこの服、何か見覚えのあると思ったら私の服ですね?何でこれをリタが?」

「あん?…ああ…」


リタの後ろにある鏡に、対面する果胡の姿が見切れている。収まるように身体を傾ければ、ふわりと膝丈の裾が広がった。

この服を渡された時、果胡が違和感のないことに違和感を感じたのは、これがオリヴィアのものだったからだ。リタの変態的な趣味ではなかったことに少し安心した。


「……お前ここでよく寝泊まりしてたろ。自分の部屋に着替えを取りに行くのが面倒だからって何着か置いていってたのがそのままだった」

「そういえばそんなこともありましたね。…ってあれ?私お城にそんな簡単に出入りしてたんですっけ?」

「は?何言ってんだ。まさかそんな重要事項を覚えていないわけじゃないよな?」

「んー?ええっと…」


果胡は広がる袖を中にしまうように腕を組んで考える。覚えてはいる。覚えてはいるから、単なる情報の整理だ。オリヴィアの全名はオリヴィア=ダウズウェル=ルヴィフィア。




「ああそうか───、私王女」


「この城は、お前の家だよ」




オリヴィア=ダウズウェルは、世界トップクラスの武力と権力を持つルヴィフィア国を治める一族、ダウズウェル家の第一王女だ。




忘れていたのは、多分本人に自覚がなかったからだ。潜在的に意識していなかったものは転生したって意識しない。ただ、事実は変えられないから覚えてはいるけれど。


「そういえばそうでした。自分の部屋は広くて寒くて寂しいしつまらないから、よく夜中に抜け出してここに来てましたね!一晩中ポーカーをして遊び明かしたこともありました。リタが鬼弱くて相手になりませんでした」

「余計なことを思い出さなくていい」

「でも楽しかったなぁ。罰ゲームに涙を浮かべるリタ、哀れだったなぁ」

「人を哀れに思う顔じゃないからなソレ」


高所恐怖症のリタに、屋根に登って下りられなくなった猫を救いに行かせるという救世主の修行を兼ね備えたハイブリッド型罰ゲームだ。当時のオリヴィアはなんてナイスアイデアだと胸を張っていた。リタは猫を胸に抱いたところで動けなくなってしまい、結局オリヴィアが一人と一匹、救出に向かうこととなったのだが。


「お前の所為でお前の親父からはしこたま怒られるし、俺は必死でお前の破天荒ぶりを抑えようとしてるのに、オリヴィアの雑な人格形成は俺の所為だと噂されるし、俺の存在価値が地に堕ちていた頃だ」

「そんなことないですよ。父様は何だかんだ言ってリタのことを気に入っていて、だからこそ本気で怒っていたんですし、母様なんて毎日リタにべったりだったじゃないですか。私はちょっと嫉妬しましたよ」

「あの人はまあ…、愛情表現が特殊で、それはそれで大変だったけどな」


果胡はオリヴィアの母親に絡まれる度、リタの目が死んでいたことを思い出す。嫉妬はしたが同じ目に遭いたくないというのも本音だ。擦過傷になるまで頬擦りされたくはない。

とはいえ、オリヴィアの両親がオリヴィアにもリタにも愛に溢れさせていたことには変わりない。だからこそリタは当時と同じように未だにこの城に身を置いているのだろう。


そういえば、と果胡は不意に思い出す。




「父様と母様、元気ですかね?」




一番オリヴィアに近かった存在。たくさんの愛を与えてくれた存在。

残念ながら、オリヴィアはその愛を死という仇で返してしまったけれど、安否を気遣うくらいの権利は与えられるだろうか。

応えてくれるのは、本人達ではなくて寂しそうに微笑むリタだったけれど。




「相も変わらず親バカな人達だよ」




そう聞いて、果胡は胸を撫で下ろす。


そして、思い出したことがもう一つ。











「でもまあ、あの人達の中に私の存在はもうないんですけどね」











オリヴィアは転生魔法と同時に、リタ以外の人間の記憶から自分を消した。









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