繋がったものとは
オリヴィアは過去にロッテと接点があったという事実に、リタは声を発さなかったが、驚いていることには変わりなかった。険しく顰められた形のいい眉がピクリと動いた。
「前にも少しだけ思い出したと言ったと思いますが、その時はベルクマンと名乗るその人が誰だか分かりませんでした。まさかロッテだとも思いませんでしたが…」
「確かなのか?」
「ええ。確かにロッテと言っていましたし、容姿や声も面影があります。どんなシチュエーションでロッテと会ったのかまでは分かりませんが、私たちはお互い、手を取り合って…笑い合った気がするんです…」
会ったその日に、歯車が噛み合うように打ち解け、自己紹介をしたのは別れの寸前。きっとまた会えると保証のない確信を抱き、再会の約束さえせずに手を振った。会えると思ったのだ。会おうという努力もせずに偶然また顔を合わせることになると多分お互いに思っていた。
一方は記憶を取られ、一方は命を取られるとも知らずに。
だがある意味確信は現実のものとなったと言っていい。まさかこんな形で、お互いが”再会”だとも意識せずに実現するとは思いもしなかっただろうが。
一方は立場を与えられ、一方は立場を奪われるとも知らなかったから。
「俺は殆どお前と一緒にいたけど、ロッテと会ってたなんて知らなかったし、話も聞かなかったな。少なくとも城で会ったんなら分かりそうなものだが…」
「私もそれは思ったんです。リタがいないところでロッテに会っていたとしても、後でその話をしそうなものですけど、リタが知らないというのならもしかしてロッテに口止めされていたのかもしれません」
「オリヴィアをダウズウェル家の人間だと認識していたのなら有り得ない話ではないな。…でもお前が俺に隠し事…?出来たのか?」
「失礼な。私にだってリタに言っていない秘密の一つや二つありますよ」
「ほう。例えば」
「体重とか」
「よんじゅ…あ痛っ!?」
リタの脛に果胡のつま先がめり込む。蹲る旋毛の髪の毛も数本抜いてやった。どうやって手に入れた情報かは分からないところが恐ろしい。
軽蔑の視線を送って先に歩いて行った果胡を、リタは目尻の涙を拭いながら追う。と言っても、果胡が戻ろうとした医務室はもう目と鼻の先なのだが。
「カコ」
「はい?」
不機嫌が滲む表情で振り返った視界に影が落ちる。二十センチ以上の身長の差を埋めるために、リタが腰を屈めて額を旋毛にくっつけてきたのだ。そんなに近付かなくたってちゃんと見えるし、ちゃんと聞こえる。けれど近付けば近付くほど縮めたくなる距離というものはあっていいと思う。
「お前は俺に隠し事なんて出来ないから諦めろ」
「……っるさいですね。そのくらい出来ますよ」
何の自信か、何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべ、リタは無理するなよ、と呟いてから去っていった。
この後、国王による神子が受けた神託の伝達がある。
***
果胡は神託発表の場に行くはずだったのだが、思いの外医務室の仕事が忙しくて参加はできそうになかった。だが、窓から覗けば後ろからではあるけれど様子も見れるし、拡声器のような魔法具を使った声は充分に聞こえる。
人が集まり、溢れかえりそうになったタイミングでバートがエーベルハルトを呼ぶ声がする。
先日用意したテントから百八十を超えるガタイが悠々と姿を現し、観衆からわっと声が上がった。アイドルが現れた時のような黄色い歓声ではないが、感嘆が漏れる程の人望がこの人にあったとは果胡も初耳だった。どちらかというと、その辺にいるオジサンが実はちょっと偉かったというような感覚だと思っていたから。
「カコ、手が止まっているぞ」
「あ、はい。すみません」
エリスに指摘を受け、包帯を丸める手を再開させる。これが終わったら消毒液の補充、器機の消毒、シーツの交換、患者の体調チェック。やることは窓の外の観衆ほどに溢れている。あわよくば途中からあの場所に参加できまいかと思ったが、恐らく無理だろう。手を動かしなら耳を傾けておくしかない。
小さな咳払いの後、エーベルハルトの話が始まった。他愛もない、どこの国王も話すような内容だ。国の様子がどうとか、環境がどうとか、最近齢の所為か老眼が始まったとか、町はずれのパン屋さんが美味かったとか、この前風邪を引いたのに誰も心配してくれなかったとか。いつの間にか世間話と愚痴になってきて、横でバートの鋭い視線がエーベルハルトを刺す。後ろから身の危険を感じたエーベルハルトははっとしてもう一度咳払いをした。
そして、気を取り直すかのように本題に入る。
「えー…、では、神託であるが────…」
やれやれと聞いていた観衆の意識が一気に集まる。ここに集まっている人間は本来これを聞きにやってきているのだ。国王のよもやま話を聞く為ではない。
エーベルハルトはバートから手渡された紙を広げ、そこに書いてあるものを一旦飲み込むように押し黙る。そして少し多めに息を吸い、それまでのダラダラと喋る声とはガラリと変えた通る音が町中に降り注いだ。
国でたった一人、エーベルハルトの声だけが響く瞬間になる。
「『時は来る。神の下に神子が集い、人間が集う。決して侵されぬ世界の理は、今は神のみぞ知る』」
「……んだ、それ…」
恐らく忙しく動き回る医務室の中でも、誰もがその瞬間だけは意識を傾けていたであろう。しん、と静まり返った中で、果胡は容赦なくそんな呟きを漏らした。自分だけに聞こえる小さな呟きだったけれど。
エーベルハルトが持つ紙を静かに閉じると、一斉に観衆の声がわぁっと広がった。お預けにされた神託を聞けた感動か、神託の内容に対する感動か。どっちでもいい。どっちにしても”神託”だということだけで皆は喜んでくれる。異常だと言えばそうかもしれない。
人は、神と神子がいなければ生きていけぬのだ。
盛り上がる観衆の中、エーベルハルトと果胡は同じような表情を宿している。それから、リタもだ。何かが腑に落ちないような、ともすれば憤りを感じているような。何に対してかは恐らく本人達でさえ分からないのだろうけれど。




